長編 | ナノ

 第014夜 土翁と空夜のアリアE



「今すぐその人形の心臓をとれ!!」


神田は私とアレンに言い放つ。何の躊躇いもなく“人形を殺せ”と。
だが私とアレンは動かない。
――…出来ない。
出来るわけがない。
私にもアレンにも2人の時間を壊す意思はない。神田にだって、それを命令する権利はない。
もちろんここに来たのはイノセンスを回収し、保護するためだ。だがそれに犠牲を伴うようなことはあってならない。わずかな時間を待てばいいだけの話なのだ。
それなのにすぐに神田は奪うという選択をした。ララとグゾルの気持ちなど知らず…


「…と、取れません。ごめん。僕は取りたくない」


アレンは言った。アレンは甘いが、優しさは本物だ。2人の本当の願いを知ってそれを奪うようなこと出来るはずがない。
神田は敷いていたアレンの団服をアレンへと投げ、立ち上がる。
手当てはしたが、今動き回っていいような怪我ではない。
私は止めようとするが、手を振り払われる。


「犠牲があるから救いがあるんだよ、新人」


神田はララへと…イノセンスの元へと歩き出す。
私の横を通りすぎた。
――………は?
私は立ち尽くす。
犠牲があるから、救いがある?
――そんなの、おかしい。
私はギロリと神田を睨む。


では、犠牲とは何か。救いとは何か。


犠牲を生んだ救済など、所詮まやかしじゃないか。そんなもの、救いとなど言わない。犠牲を望まない者を踏み台に救済されたものに価値などない。背負うとすら許されない罪を犯していることになるのだ。
――それなのに…
それなのに、それを自覚せずに救われた者は悠々と生きている。
犠牲者は救われない。永遠に苦しみ続ける。
犠牲の上に成り立つ救いなど…
本当の犠牲を知らない人間が…
私は神田の前に立ち塞がり、長剣にした双燐を神田の胸元に突きつけた。


「…!てめぇ…」
『………』


犠牲があるから救いがある。そんな言葉など所詮、綺麗事でしかない。
それなら犠牲者の救いは一体何処にあるのか。犠牲者は犠牲でしか周りを取り巻いていない。救いの手などありはしない。
そんな存在がいるのに、引き換えに救済されるものが存在するなんておかしい。
自分達が助かるための言い訳でしかないのだ、そんな言葉…。
――…助からなかった人のことなんか知らないで…
恐らく今の私の目には悲しみはない。あるのは淀んだ憎悪。
その目で神田を睨み、無言で言葉を投げ掛ける。


“2人を引き裂くのは許さない”と。


「何だ、その目は」


神田も負けじと睨んでくる。


「落ち着きましょう、フィーナ」


アレンが言葉をかけてくるが無視し、私は一点に神田だけを睨みつける。
きっとこいつは影にある犠牲などには目も向けず、その存在を知っても目を背けてきたのだろう。“仕方のないことだ”と。
何も分かっていない奴が犠牲の言葉を口にすることが許せない。


「…まさかお前、さっきわざとこいつら逃がしたのか」


神田はララとグゾルを見て言う。
私の態度を見て感じ取ったのだろう。
ララは心配そうに私の顔を見上げるが、それに私は笑って首を振った。2人は悪くない。
こんな時にどうかと思ったが鈍感な神田に言葉なしは無理だ。
私はメモを取り出し、片手で書いた。


*だったら何?*


別に気づかれたところで今更言い訳しようとは思わない。間違ったことをしたとは思っていないから。
神田は目に宿す怒りを弱めることなく言った。


「裏切りだ」


次の瞬間、ドカッと私の腹に一撃が来る。


『……っ!!』


双燐を不意に押し返され、真横へ突き飛ばされた。
私の身体は壁にぶつかり、同時に双燐の発動が解ける。


「フィーナ!!」
「フィーナ殿!!」


駆け寄ってきたトマに私は身体支えられ、起こされる。
受け身をとることはいつもなら容易なことだが、不意打ちだったし怪我のせいもあって動きが鈍くなってしまった。
先程打った腹がさらに痛み、私は顔をしかめ、咳き込んだ。


「お願い。奪わないで…」
「やめてくれ…」


ぐらつく視界に写ったのは2人に刀を向けている神田。


『………』


それを見た瞬間、理性を保っていた私の思考が停止した。
――……もう、いいや。


「フィ…フィーナ殿…」


私は身体に走る痛みとトマの声を無視して立ち上がり、神田の元へと歩み寄る。
復讐よりもまず、こいつだ。こんな奴がいるから犠牲が増えていくのだ。
言って分からないようならもういい。
――思い知らせてやるから…。
私はララに剣を向ける神田の背後に立ち、ニヤリと笑って双燐を取り出す。
いくら殺気に敏感だからといってそんな体では感覚も鈍るだろう。
今なら、殺せる。
どうせこいつを殺しても私がどうにかなることはない。何故なら私は教団にとって大事な大事な使徒なのだから…。
今まで私を締め上げてきたもの、それを逆手にとってやる。
私は双燐を振り上げた。
――犠牲を知れ!神田…!!



☆★☆



「じゃあ僕がなりますよ」


ピタッと私は双燐を降り下ろす手を止める。
――…アレン?
アレンがララとグゾルを庇っている。
それを見た瞬間、自分からわき出ていたものがフッと消えていく気がした。殺意が薄れていく。


「…フィーナ殿」


かけられた声に振り向くと、トマが後ろに立っていた。
トマは私の腕に手をかけると下へ下ろす。
私の行動に気づいていたのはずっと後ろから見ていたトマだけだった。


「誰にも言いませんから、もうむやみに仲間に対して武器をとらないでください」


トマは小さい声で私に言った。
こいつは探索部隊なのに今朝の奴らみたいに険しい目をしていない。穏やかな目だ。


『………』


私は黙って武器をしまう。
うん、もうしないよ。
――仲間にならね。
アレンは自分が犠牲になり、アクマを破壊すると言う。


「犠牲ばかりで勝つ戦争なんて虚しいだけですよ!」
『…!』


アレンの言葉に私はわずかに驚く。
――……教団にも、こんなこと言う奴いるんだ…。
犠牲を生む救いなど望んでいない、救いの下に折り重なる犠牲を見過ごしておけない奴が。
アレンの言葉を聞いているとだんだん分かってくる。自らのためにアレンはエクソシストとして動いている訳じゃない、と。2人を本当に救いたいと思っているようだ。
私はアレンに近寄ろうとするがその瞬間、神田の拳がアレンの顔に直撃した。
――えぇー…
あまりの容赦ない一撃に顔が思わずひきつる。
まぁ私も先程突き飛ばされたわけだが。
アレンが腰を落としたところで私は駆け寄る。


*大丈夫?*


アレンはニコリと笑う。


「大丈夫ですよ」


――……。
アレンの目には全く怒りが混じっていない。
私とは比べ物にならないくらい目が澄んでいる。屈託のない意思を固める目。復讐とは違う、もっと別の意思を固める目だ。


「神田殿!!」


――……!
トマの声に振り返ると神田も膝をついている。大怪我してるのに無理したからだろう。全く、誰が手当てしたと思ってるのか。
怪我人とは思えない大声で神田はアレンに怒鳴る。
お前に大事なものはないのか、と。


「大事なものは…昔無くした。僕はちっぽけな人間だから、大きな世界より目の前のものに心が向く。切り捨てられません」


――…甘いなぁ。
アレンは本当に甘い。
私が目を向けるのは犠牲になろうとしている者のみ。破壊者であり、復讐者だから。
だがアレンはどんな存在でも助けるだろう。例えそれが犠牲を生む者だとしても。アレンはエクソシストで破壊者のはずなのに。
本当に甘い。甘くて、優しすぎる。それがアレンの欠点だ。


「守れるものなら守りたい!」


私はフッと笑う。
――でも…それが…


ビリ…


――……っ!!
突然の殺気。
私はとっさに振り向く。


『…!!!』


視界に写ったのは妙なもの。それは…ララの体内から出る触手。
触手はララとグゾルの体を貫通している。貫いている、2人の身体を。


「グゾル…」


触手は2人を連れていく。
アレンは必死に手を伸ばしていた。
だが、届かなかった。
2人は砂の中へと引きづりこまれてしまった。


「奴だ!!」


――…っ
私はゴッと地面を殴る。何故、今出てくるのだ。
奥歯を噛み締めながら私は双燐を抜く。


「イノセンスもーらいっ!!!」


砂で溢れかえる部屋。その中からララとグゾルを触手に突き刺したアクマが現れた。
ドサッと2人は地面へと落とされる。
――ララ…グゾル…!!
私は2人の元へと駆け寄る。
しゃがんで見ると、ララはイノセンスを取り外されてただの人形になってしまっている。意思をなくし、話さない。グゾルの名を呼ばない。


『………』


ララは死んでいる。
身体を貫かれ、隣に倒れているグゾルも恐らくもう…
私は2人のそばから立ち上がる。
――2人は…
2人はただ静かに最後の時を迎えたがっていただけだった。最後の最後まで、共に在ろうとしただけだった。たったそれだけ。それだけだったのに…
――…許さない。
私はアクマへ向き直り、双燐を構えて発動した。


破壊する。


「返せよ、そのイノセンス…返せ」


アレンの声のその声で私は周囲を取り巻く凄まじい殺気に気づく。
言われずとも分かる。この殺気の主はアレンだと。
見るとアレンの武器である腕が歪な形へと変形している。
――何、これ…
私はその場から飛び退き、神田とトマの元へ戻る。
アレンはどうしたと言うのか。キレておかしくなったのか。
神田はアレンから目を離さずに言う。


「寄生型の適合者は感情で武器を操る。宿主の怒りにイノセンスが反応してやがんだ」


――…感情で?
アレンは私や神田と違って寄生型だ。自らの肉体にイノセンスを宿す特別な存在。イノセンスを自分の体に宿す代わりに適合者はその力を大きく発揮出来、思うように操ることが出来る。
だが武器の組み替えまで出来るとは思わなかった。
寄生型の適合者はごくわずかである。アレンが本当に選ばれた者なのだと実感する。
アレンは地を蹴ってアクマへと飛んだ。


「バカ!まだ武器の造形ができてないのに…」


神田が叫ぶ。
――いや、もう造り変えてる…。
私は武器を構えるアレンを見る。
アレンは自分の武器である腕を銃器へと造り替えていた。背筋が凍ってしまいそうな鋭い殺気をその身に纏わせて。





第14夜end…



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