長編 | ナノ

 第013夜 土翁と空夜のアリアD


――……う…た…?
歌が聞こえる。透き通った、とても綺麗な声。
子守唄だろうか、すごく懐かしい感じがする。
黒く染まったものを全て洗い流してくれそうな、そんな歌。
だけどどうしてか。その美しい旋律に物悲しさを感じる。歌い手が悲しんでいるのだろうか、どこか悲哀の感情が溶け込んでいるような気がする。
だが私が聞くと慰めてもらってるようにも感じられる。私の持っている辛さや悲しみ…そんな負の感情に同調してもらえているような気がするから。
今まで聞いた中でも一番感情がこもっていて綺麗。すごく落ち着く。このまま聞いていたい。


「あ、フィーナ。気がつきましたか?」


――………。
歌声に混じって聞こえたのはアレンの声。
私は一気に夢から覚めた気分になる。現実に再び突き落とされて絶望を覚えるのはこれで何度目か。もうちょっと歌声の世界に浸らせてもらいたかった。
そんなことを思いながら目を開けると、私の身体はアレンに担がれていた。
脇にトマ、肩に私と神田。
どれだけ力持ちなんだ、アレンは。
――…って、神田?
私と同様にアレンの右肩に気を失った神田が担がれている。どうやら神田もやられたらしい。
私はアレンの肩から下ろしてもらう。


「大丈夫ですか?」


アレンが心配そうに聞いてくる。
私は痛む腹をさする。
瓦礫の嵐をくらったからまだかなり痛みが残っているが、大怪我は負ってはいないし、先程だって痛みに気絶しただけだろう。
私はポケットからメモを取る。


*大丈夫。それより神田とトマは?*


私の問いにアレンはチラッと2人を見る。


「大丈夫…とは言えないですね。神田は特にアクマにざっくりやられたから…」


見ると神田の団服からは血が色濃く滲んでいる。やはり私が気絶してからやられたのだろう。
では何のために私は出ていったのか。飛び込んでやられてはい、おしまい…ということか。
自分のあまりの無意味さに悲しくなってくる。
アレンの話によれば神田がやられてすぐにアクマをすっ飛ばしたらしい。
だが怪我人が3人もいる状況で戦うのは危険だと判断し、とりあえず離脱したと。まぁ賢明な判断だ。
私は再びペンをとる。


*ここは?*


私は周りを見回す。
あまりさっきの場所と変わらないからまだ地下通路の中だろう。アクマの姿はないからとりあえず安心だが。


「すいません、よくわからないんです…でもほら!この歌…」


アレンは人差し指を立てて先程聞こえる歌を示す。
どこからともなく聞こえてくる澄んだ歌声。


*きれいな歌だね。子守唄かな?*


この歌を聞きながらもう少し気絶していたかった。
儚く散った望みに私はため息を漏らす。


「いや、そうじゃなくて…」


アレンが苦笑し、私もフッと笑う。


*冗談。人がいるってことだよね?*
「はい。とりあえず手当てできる場所が必要です。行ってみましよう」


私は頷く。
こんな怪我人率が高い状態でアクマに出てこられてはさすがに困る。
いくら私でも神田のように全員見殺しにするなんていう大胆な行動は命取りだ。それはどうしようもなくなった時用の最後の手段でいいだろう。
私は神田とトマを運ぶのを手伝い、歌が聞こえる方へと歩を進めた。



☆★☆



「私は人形だよ?」


――……!
アレンと歩き続けた結果、広い空間へと辿り着いた。
突然聞こえてきた話し声に私とアレンは顔を見合わせる。


「あの女の子って…」


――…人形と一緒にいた子。
先程、私が人形と共に逃がしたあの子だ。どうしてここにいるのか。てっきり逃げてるとばかり思っていた。


「グゾル、どうして自分が人形だなんて嘘ついたの?」


――…え?
嘘をついていた?グゾルという老人が人形ではないのか。
だったら人形は……
そこで私はハッとなる。


「どういうこ…フグッ!」


――危な…。
思わず叫びそうになるアレンの口を慌てて塞ぐ。
右手の人差し指を立て、黙っているように促した。
アレンは静かに頷く。


「私はとても…醜い人間だよ」


――人間…。
グゾルは掠れた声で言う。


「ララを他人に壊されたくなかった。ララ…ずっとそばにいてくれ。そして私が死ぬとき、私の手でお前を壊させてくれ」


その言葉にララと呼ばれたあの子はグゾルをそっと抱き締めた。


「はい。私はグゾルのお人形だもの。次はなんの歌がいい?」


純粋にグゾルに寄り添うララ。
グゾルは涙を流している。


「私は醜い…醜い人間だ…」


――…なるほど。
どうやら私達は大きな勘違いをしていたようだ。
人形は少女のララ。
一見醜く見える老人のグゾルこそが人間なのだ。
恐らく拾われたのはグゾルの方で、全くの逆だったのだろう。
つまり目的であるイノセンスはグゾルではなく、人形であるララの中にあると言うこと。
グゾルはララを奪われるのが嫌で、あの時嘘を…――


「!!」


――……あ。
ララがこちらに気づいた。ヤバい。


「あ、ごめんなさい。立ち聞きするつもりはなかったんだけど…」
『………』


私は頭を抱えたくなる。
逃がしたはずの2人は目の前にいるし、しかもまさかの真実を立ち聞きしてしまうし、さらにそこにアレンもいるし…この複雑な状況をどう切り抜けるべきか。
だが何にしても1つだけ確認しなくてはならない。
ララの頭からは明らかに機械である部分が露出しているのだから。


「…君が人形だったんですね」


アレンがララに言った。
言った途端、ララの表情が一変するのが分かった。
ララはあからさまな殺気を放ち、ガッと石柱の1つを持ち上げた。え。
――……え?
え?え?
あまりにいきなり過ぎる行動に私は困惑する。
要するに知られたからには生きて返すものか、と?あまりにパターン過ぎる!
アレンは弁解しようとするが、こちらの言い分などお構いなしにララは石柱を投げてきた。
私とアレンは一気に青ざめ、地を蹴って各々の方向に飛散して避ける。
見ると半秒前、私達がいた場所は石柱の端が見事にめり込んでいた。
――何てパワーだ…
快楽人形じゃなくて怪力人形の間違いではないのか。何故人形がこれほどまでに力持ちなのか。
だが色々考えながら逃げ惑う中で私は気づく。
ララは私を避けてアレンばかりに攻撃している、と。


「何で僕だけ!?」


私はアレンに石柱を投げ続けるララを見る。
もしかしたらさっき逃がしたことを感謝しているのかもしれない。だから最初の一撃は仕方ないとして攻撃は極力避けている、と。
感謝されているのは大変嬉しいだが、アレンを殺されても都合が悪くなる、何とも複雑な立場の私。


「聞いてくれそうにないな…フィーナ、2人を頼む!!」


――ラジャー。
目でコンタクトをとると、私はアレンから神田とトマを引き受けた。
アレンは手袋を外し、石柱のうちの1つを投げ飛ばした。
バババババ!!とかなりの音が鳴り響く。
だがアレンが狙ったのはララではなく、ララの周りに立つ石柱。攻撃手段から絶ちきろうという何とも大胆な行動だ。
石柱は次々に破壊されていき、まともに残ったはアレンの飛ばした一本となった。これで飛ばせるものは何もない。


「お願いです。なにか事情があるなら教えてください。可愛いコ相手に戦えませんよ」


アレンは投げた石柱をキャッチするとヘコッと言う。
――まったくだ…。
私は大きくため息を吐き、アレンの姿を見る。
今だけ、その甘さに救われた気がした。



☆★☆



「え…あなた話せないの?」
*うん、ちょっと訳ありでね。別に問題ないよ*


私はララと話しながら神田とトマの手当てをする。
一通りの手当てはしたが、トマはとりあえず心配ない。意識も戻ったし、神田の手当ても手伝ってくれている。
重症なのが神田だ。体をざっくりと切られていて未だに目が覚めない。全治何ヵ月という怪我だ。応急処置を学んでいて良かったと思う。
私はアレンとトマに、力を入れて縛るための棒を持ってきてもらうように言う。


「分かりました」


2人が向こうへ拾いに行く。
とりあえずあるもので止血するしかない。
面倒な怪我を負ったものだと私は何度目か分からないため息を漏らす。
そこで私の団服がララに小さく引っ張られる。


「ねぇ…どうして助けてくれたの?」


――……あぁ…。
2人が向こうに行ったタイミングだから聞いてきたのだろう。
私は再びペンをとる。


*ララとグゾルに一緒にいてほしかったから*
「どうして?全くの他人なのに…」
*うーん…強ち無関係でもなかったりするんだ*
「え…?」


私は軽く笑う。


*気にしないで。ただの私の自己満足だから*


腑に落ちない顔でララはいるが話したら長すぎるし、この事は口に出す気はない。
ただ2人を守れたらいい。犠牲になる者が一人でも減ってくれればいい。


「……ありがとう」


ララのお礼に私は笑って頷いた。
そこでアレンとトマが戻り、私は2人の持ってきた棒を受けとる。
なかなかいいのを見つけてきてくれたことに私は礼をいい、2人に手伝ってもらいながら神田の手当てを再開した。



☆★☆



「グゾルはもうじき死んでしまうの」


手当てが終わった辺りでララは訳を話し始めた。
ララはマテールの街に捨てられた幼いグゾルと出会った。
グゾルはララを受け入れ、80年間共に暮らしてきたという。
だがグゾルは人間。500年動き続けてきたララとは違い、格段に寿命が短い。心臓の音がだんだん小さくなっていて、グゾルにはもうじき死が訪れようとしているのだという。


「最後まで人形として動かさせて!お願い…」


ララは自分を唯一受け入れてくれたグゾルのそばを離れたくないらしい。最後まで人形としてグゾルのそばにいて、そして最後の瞬間に壊されることを望む…
だからあの時逃がしても遠くへ行かなかったのだろう。2人は遠くへと逃げたかったわけではなくて、2人だけで静かに最後を迎えたかったから…。
――だったら…
私は顔をあげて2人を見る。
迎えさせてあげるべきだ。2人の望む最後の時間を。
アレンがいる限り、もう逃がすなんて事は出来ないだろう。
グゾルの最後を待ってもらうしかない。グゾルが死ぬ、その時まで…


「ダメだ」


――……!
神田がいつの間にか起き上がっている。目が覚めたのか。


「その老人が死ぬまで待てだと…?この状況でそんな願いは聞いていられない…っ」


神田は言う。どうやら2人の頼みを聞く気は神田にはないようだ。
――…何故?
ただ2人で最後の時間を過ごすだけなのに、どうしてそれを拒絶するのか。


「俺たちはイノセンスを守るためにここに来たんだ!!今すぐその人形の心臓をとれ!!」
「!?」


神田が叫ぶ。
私は神田を睨み、小さく舌打ちした。





第13夜end…



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