長編 | ナノ

 第011夜 土翁と空夜のアリアB



私と神田は2人を支え、マテールの街を飛ぶ。
先程とは違った涼し気な風が頬を撫でるが、それは殺気に満ちていてとても心地よくは感じられない。
私達が支えている2人というのは老人と女の子。恐らくどちらかがイノセンスが埋め込まれた人形なのだろうが、それならもう片方は何なのか。手が塞がっているこの状態では書いて伝えられない。
わずかに虚しくなっていると女の子の方が地下通路に入ってはどうか、と提案した。


「地下通路?」


話によればこの街には地下住居があるらしい。入り組んではいるが、出口の一つに谷を抜けて海岸線に出るものがあるという。


「あのアクマという化け物は空を飛ぶ…地下に隠れた方がいいよ」


確かにその方が無難だ。一時でも安全な場所に避難するなら、出来ればすぐには見つからないとこれが望ましい。入り組んでいる迷路は危険だが、隠れるのには最適だ。
私は神田にメモを渡す。


*地下に隠れよう*
「………」


ある通路で私達は降り立った。
そこでジリリリリン!と何処からか音が鳴る。
見るとそれは神田のゴーレムだった。
黒電話のような呼び出し音に突っ込みたくなるが、メモの無駄遣いはやめておく。


「トマか?そっちはどうなった?」


トマは神田の計らいで向こうに残っていた。現在はアクマを見張っている。
トマ曰く、アレンの安否は不明。現在はアレンのゴーレムを襲っているとのこと。


「わかった。今、俺のゴーレムを案内に向かわせるからティムだけを連れてこっちへ来い。長居は危険だ。今はティムキャンピーの特殊機能が必要だ」


神田は通信を切る。
特殊機能という言葉に何のことか疑問を持つが、それよりも神田はティムだけ連れて来いと言った。安否不明のアレンのことなど気にも止めていない様子だ。
――やれやれ…
本当に見殺しに出来るんだなと感心すると同時に呆れる。
だがまぁ残念なことに安否不明であっても恐らくアレンは無事だ。根拠を問われればそれは言えないから伝えることはないが。とりあえずアレンの心配はしなくて良さそう。
さて、こちらはこちらで早く隠れなければ。アクマの足止め役を担っていたアレンが戦闘から外れてしまったのだから。
神田は2人に道は知っているかと問う。


「知って…いる」


返答したのは老人だった。


「グゾル…」
「私は…ここに五百年いる。知らぬ道は無い」


500年。ということはこのでかい老人が人形か。
書いて確かめようとしたその時、一瞬だけ人形の顔が見えた。
私は思わず目を見開く。それは資料に書いてあった通り、醜やかだ。


「くく…醜いだろう…」
「お前が人形か?話せるとは驚きだな」


全く驚いていないような声で神田は言う。
だが歌を歌う人形なのだから話せても別におかしくはない。
それよりも意思があることに驚いた。


「そうだ…お前達は私の心臓を奪いに来たのだろう」


もう状況は分かっているらしい。まぁそれなら話は早いということだろう。
今すぐにでも心臓を回収させてもらいたい。神田が言うが、ずっと寄り添っていた少女が人形を庇うように塞がる。


「ち、地下の道はグゾルしか知らない!グゾルがいないと迷うだけよ!!」


――そうだ、君…誰?
人形じゃないなら一体何か。
問えば人形は人間に捨てられた子だと言う。
私は資料に迷い混んだ子供を引きずり込むと書かれていたことを思い出す。その子供というわけか。


「神田殿。フィーナ殿」


呼ばれた方を見るといたのはトマだった。どうやらティムを連れて戻ってきたらしい。
神田が立ち上がる。


「悪いがこちらも引き下がれん。あのアクマにお前の心臓を奪われるわけにはいかないんだ」


ドクンッ…


――……?


「今はいいが最後には必ず心臓をもらう」
『………』


そう、この聖戦に勝つにはイノセンスが必要。世界を救うために、奪われることがあってはならないのだ。
イノセンスを宿す人形にかける情けなど教団にはない。
当然のこと。分かりきったこと。
――……。
でも何か、違和感があったような。それに反応して大きく心臓が脈打った。
だがそれが何か分からない。
一体何…?


「巻き込んですまない」


神田が言った。神田にしてはまともな台詞だっと思う。
私はその言葉に顔をあげた。
神田の目を見た瞬間、また心臓が大きく脈打った気がした。



☆★☆



神田はトマとティムの映像を見ている。ティムの特殊機能というのはどうやらこれだったようだ。
話してる内容からすると、どうやらアレンの腕はアクマに写しとられてしまったらしい。腕の力だけではなく、アレンの姿形までも。
やはりアレンだけを残してきたのは間違いだったのかもしれない、と少し後悔してきた。
――それにしても…
私はわずかに上を向く。
そのアレンは今頃何処をほっつき歩いているのか。
無事なのは分かってる。だったらさっさと出てきてほしいものだ。いないならいないで何かと厄介なことが起きそうな気がするのだ、直感的に。
まぁ姿を写し取られてるから簡単に出てきてこられても困るわけだが。
何もかもが面倒な状況だ。
私は息を吐いて上に向けていた視線を神田に移す。
――神田は全く気にしてないね。
アレンがいようがいまいが関係ないという風だ。
私は首を振り、壁にもれた。


『………』


先程から何かが私の思考を騒ぎ立てる。
分からない。だからイライラする。
違和感が今なお続いているのだ。
神田の言葉が何度か頭で再生される。
――人形…。
グゾル…と言ったか。
イノセンスはグゾルの体内にある。体からイノセンスを抜けばその動力源を奪うということになり、恐らくグゾルは停止する。
それは“死”
――あの子…
グゾルに寄り添っていたあの子は、グゾルが死んでしまったらどうなるのか。
親に捨てられた可哀想な子。グゾルがいないならあの子は1人孤独に生きていかなければならなくなる。
イノセンス…それを身に宿していたせいでグゾルはあの子を失わなければならないし、あの子もグゾルを失わなければならない。
私は双燐を取り出して眺める。
私も昔、失った。大切なものを。失い過ぎる程、失った。みんななくしてしまった。


一緒にいたかった。


ずっとそばにいたかった。死ぬまで共に在るはずだった。
それなのに急にそれが叶わなくなった。ねじ曲がり、狂いだした。
そして、全部壊れた。
全て教団のせい。聖戦のせい。
こちらの思いなど知らず、醜い戦争のために私達は生け贄は捧げられた。
聖戦の犠牲になる存在。
それが…――


『…!』


私はバッと顔をあげる。
――………なんだ。
ずっと引っ掛かっていたものはこれか。
グゾルは私と一緒だったのだ。
神のために、聖戦のために身を捧げられ、犠牲になる。
そして…あの子も一緒になろうとしている。大切なものを失い、孤独に生きていくことになってしまう。
そんなの見たくない。
あの子までそんな目を見るべきではない。
引き離されることがあってはならないのだ。私のように。
だったら結論は簡単だ。
――……逃がすか。
それしかない。逃走がどれくらい大変なことか昨日、身をもって思い知った私がこれを考え付くのも何だが。
地下通路はグゾルだけが知っていると言っていた。だったらそこへと逃がすのが最も利口な手段だろう。
そうと決まったら早速行動。
私は立ち上がり、2人がいるであろう角を曲がる。


『…!!』


2人は、いた。
いたのだが、2人は地へと空いた穴へ入ろうとしていた。
要するに逃げようとしていた。


「あ…!」
「………」


こちらにあの子とグゾルは気づき、その顔が恐怖と絶望に染まるのが私には分かる。
私はただ2人を見据える。
――…なるほど。
手を貸さなくてもこの2人は自分達で逃げ切ろうとしていた。自分達の力だけで互いの存在とこれからの時間を守ろうとしていた。
私はフッと自分の表情が緩むのが分かった。
――…私も、守れたら良かったのにね。
守られてばかりではなく、守ることができれば。この2人のように、大切なものを、守れていたら…
私は顔を上げ、再び2人を見る。
――この2人には決して、同じ道は辿らせない。
辿らせてはならない。だから…


「おい」
『……!!』


神田がこちらへ来る。まずい。ヤバい。どうする。
2秒弱悩んだ末に、私は2人に向き直る。
多少荒いやり方だが仕方ない。
メモに書く時間も惜しかったため、口パクと神田には見えない右手で2人に伝える。


に・げ・ろ


「…えっ!?」
「お前…」


2人は驚いている。どうやら伝わったらしい。
だが今は本気で急いでもらわないとまずい。


い・け


ほんの数秒2人は戸惑っていたが、決心したようだ。


「…ララ」
「うん。――……ありがとう」


あの子はそう言うと人形と手を繋ぎ、いくつかある穴の1つへと落ちていった。
――…よかった。
深そうな穴だが、人形がいるなら大丈夫だろう。
本当は神田達を置いてでも2人を逃げ延びさせてやりたかった。少しでも2人がアクマと遭遇した場合のリスクを減らしたかった。
だが、私には目的がある。下手に消えたりしたら流石にまずい。


「どうした」


神田がこちらに来て問う。
私は先程まで2人がいた場所を指差して首を振る。“いねェぞ、あいつら”という意味だ。
伝わらなかったようで、あ?といいながら神田は私の指差す角を曲がる。


「…!!2人がいない!!」


だからそう言っているだろう。


「おい!何でいねぇんだ!!」


私はあからさまにため息を漏らし、メモに書く。


*知るか*


ブチッ


そう聞こえたような気がした。気のせいではないだろう。
見ると神田がものすごい形相で私を睨んでいる。


「てめェ、何逃げられてんだよ」


――めんどくさ…。
私は再びメモに書く。


*私が逃がしたって言うの?*
「お前近くにいたろ」
*見張っとかないあんたが悪いんでしょ*
「あ?俺はトマと話してたんだよ。お前は暇だったろ!」
*は?別に暇だった訳じゃない。考え事してたの*
「考えてても見張ることはできるだろうが!」
*だったら話してても見張ることはできるでしょ!*


――…イライラする。
終わったことグダグダ言わないで欲しい。


「お二人共…」
「あ!?」


――何っ!


「後ろ…」


トマが私と神田の背後を指差している。
私は空気に八つ当たるかのようにバッと振り向いた。





第11夜end…



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