長編 | ナノ

 第009夜 土翁と空夜のアリア@



「お急ぎください。汽車がまいりました」


――…やれやれ。
建物を次々と飛び越えてやっと見えた汽車は何故か思いきり走行中だった。船を降りた途端、いきなり走らされたのはこういうことか。
私達は高速で駆け抜ける汽車へと飛び降りる。3人共、無事着地。


「飛び乗り乗車…」
「いつものことでございます」


――いつもなのか…
全く、落ち着きのない集団なことだ。
これが毎回続くのはさすがに嫌だ。もっと時間に余裕を持った移動方法を考えるべきじゃないのか。
一緒にいる探索部隊の誘導で私達は汽車の上から車内へと入る。


「困りますお客様!!」


入った途端、乗務員に注意される。時が時だし、場所が場所だからまぁ当たり前だ。
だが私達が黒の教団の者だと名乗ると、乗務員はお辞儀をし、バタバタと何処かへ行ってしまった。急に態度変えたな、あいつ。


「何です、今の?」


アレンが怪訝そうに聞く。
アレンも私と同様、入団したばかりのため、教団についてあまり多くのことは知らないようだ。
探索部隊によると、私達の団服に付いているローズクロスはヴァチカンの名においてあらゆる場所の入場が認められているらしい。
随分便利なものだと私は感心する。


『………』


だが私にとってこのローズクロスは不快なものでしかない。自分の胸にあるローズクロスさえ見るのが嫌になるくらいだ。
これをずっと見ていると昔の出来事が頭の中を掠めるから…


「ところで…」


そう言う探索部隊。
見るとこいつの胸にはローズクロスが付いていない。
だがエクソシストではないコムイの胸には付いていた。
――……なるほど。
これはエクソシスト、または教団内の重要管理職にのみ与えられるものなのだろう。身に付けられる者はかなり制限されているようだ。


「私は今回マテールまでお供する探索部隊のトマ。ヨロシクお願いいたします」


任務には大体、探索部隊が同行してくるらしい。それが今回はトマ。
私達3人は軽く挨拶をすると通された汽車の上級車両へと入った。



☆★☆



――…マテール。
部屋に入った私達はリナリーから受け取った資料に目を通す。


古代都市 マテール
そこには亡霊が住むと言われている。
調査の発端はそこにある奇怪現象。町を捨てて移住した仲間たちを恨み、孤独を癒すため町に近づいた子供を引きずり込むという亡霊、そんな奴がいるという。


――亡霊…
何とも非科学的な存在だ。
だが奇怪を起こすイノセンスの存在自体がそもそも常識を覆しているようなもの。この世界はそんなものにとらわれていては解決出来ないことばかりだ。固い思考ではやっていけない。


「で、さっきの質問なんですけど…何でこの奇怪伝説とイノセンスが関係あるんですか?」


――あぁ確かに。
私だってイノセンスの存在は前から知っていた。
だがそれが奇怪を起こすということは初耳だ。どうしてそこへと結び付くのだろう。


「チッ…イノセンスってのはだな…」


――舌打ちしないでよ…。
私達は新入りなのだから。
嫌そうな仏頂面だったが、神田は分かりやすく話してくれた。
要はこういうこと。
“ノアの大洪水から多くのイノセンスはそれ自体の結晶の力が働き、人に発見されて様々な形や姿になって存在している事がある。そして、それは必ず奇怪現象を起こす。その奇怪現象がある場所を教団が調べ、イノセンスが原因である奇怪現象の可能性が高いと判断したところにエクソシストを派遣する。”…と。
奇怪現象がイノセンスのありかを教えてくれる。だから教団は世界中の奇怪現象をしらみ潰しに調べているというわけだ。
何故イノセンスが奇怪現象を起こすのかは不明だという。
何となくだが、イノセンス自体が見つけてほしいって言っているのではないかと思う。適合者であるパートナーと巡り会うために…。本当に何となくだが。
私は読むところを読みつつ、パラパラと資料をめくっていく。
――……ん?
私は資料をめくる手を止め、ある項目に見いる。
それは実に信じがたいことだった。
資料の作成ミスを疑うが、疑うこと自体が馬鹿馬鹿しくなる。


“イノセンスに常識は通じない”


私達の非常識こそがイノセンスにとっての常識なのだ。
資料に記載してあるこの項目も恐らく事実だろう。
とは言っても重要事項には変わりない。
私は隣に座るアレンと正面に座る神田の袖を引っ張る。


「はい?」
「何だ」


私は2人の資料のページをめくり、その項目に指を指す。


「!」
「これは…」


2人は食い入るようにその項目を見つめる。
神田でも驚いているところから見て今回のものはかなり珍しいようだ。希にこういうことも起こるということだろうか。


「そうでございます」


トマがドア越しに言う。
今の会話から察したのだろう。


「トマも今回の調査の一員でしたのでこの目で見ております。マテールの亡霊の正体は…」



☆★☆



夜の冷たい空気が風となり、私の頬に当たる。
既に秋に等しいこの季節は夜になると涼しい昼とは打って変わって肌寒い。
そんな外を突っ切っている私達は一体何なのだ。


「マテールの亡霊がただの人形だなんて…」


アレンは1人呟いた。
私は資料に書かれていたことを思い出す。


マテールの民達は孤独を癒すためにある人形を造り出した。躍りを舞い、歌を奏でる快楽人形を。
だが人々は他の世界へ移住してしまう。
置いていかれた人形はそれでもなお、動き続けたという。
五百年たった現在でも…――


それが亡霊化して街に人を引きずり込んだ、と。
それが奇怪の正体。


「イノセンスを使って作られたのならあり得ない話じゃない」


それはそうなのだろうが、何にしても厄介な代物だ。人の手が加えられていて自然に埋もれている方が余程珍しいのだから。探すこちらにとってはかなり達が悪い。
私はため息を吐き、コムイから預かったメモとペンを取る。


*本当に無線通じないの?*
「はい。先程から何度も呼び出してはいるのですが…」


――んー…。
私はグシャッと紙を潰して放る。
そしてザザザザザッと走り、走り、走る。
汽車から降りてすぐにトマが仲間の探索部隊に連絡を取ろうとしたのだが、一向に無線が繋がらないのだ。そいつらは頼みの綱であるエクソシストを連れる仲間の無線すら取れないくらい慌ただしい状況にあるか、もしくは既に…。
そんなこんなで走り続けているため、かなり疲れる。任務に休みはないということは肝に命じておこう。
――…見えた。
マテールの街。
周りが暗いからだろうか、どんよりとして見える。亡霊の出る街と言うに相応しいと思ってしまうほど、気味が悪い。


ゾク…


――……!!
私達は同時に止まる。
低温な空気とはまた別の、凍てついた感覚が体全体を覆うのが分かる。
嫌な感じがする。人が生きてる気配は、しない。


「ちっ、トマの無線が通じなかったんで急いでみたが…殺られたな」
「………」


アレンは悔しそうな顔をしている。
会ったことのないような奴らが殺されたぐらいで…やはり甘い。
だが探索部隊が殺されたとなると、番人がいなくなったイノセンスは無事なのだろうか。アクマに奪われてるなどということになってなければいいが。


「おい、お前ら」


神田が私とアレンに呼び掛ける。


「始まる前に言っとく。お前たちが敵に殺されそうになっても任務遂行の邪魔だと判断したら俺はお前たちを見殺しにするぜ!戦争に犠牲は当然だからな。変な仲間意識持つなよ」


神田は何の躊躇いもなく言い放つ。いきなり何だと思うが、恐らく本気だろう。
食堂の時の言いようにしてもこいつは仲間のことを何とも思っていないようだ。
まぁ別におかしいとは思わない。むしろ教団にはこういう奴がゴロゴロいるというイメージの方が強かったぐらいだ。
それに、こちらとしてはそれが当たり前だ。
私はちらりと神田を見る。


『………』


お前達など、信用していない。この教団の中に誰1人として私の仲間はいない。
仲間意識を持つことは信頼されているということだから歓迎する。だが私が持つことは絶対にしない。するのはフリだけ。
この冷徹さを隠し、アレンの様に仲間を思いやるフリをしていく。
これからは上辺だけの仲間を演じていくのだ。


「……?」


私が見ているのに神田は気づいたようだ。
私は神田と目が合うと、ニッと笑ってみせた。


「!」


どうやら神田とは気が合いそうだ。そういう意味で、だが。
神田は私の表情を見て驚いたようだ。不気味にでも感じたか。
そこで向こうからドンッと、爆音が聞こえてきた。
見ると街の一部で何かが暴れているのが分かる。恐らくイノセンスを狙って来たアクマだろう。
――…早い方がいい。
私は走り出す。


「ちょっと、フィーナ!」


――イノセンス…。
奪われてしまう前に回収しなければ。
私は地を蹴り、建物の残骸が飛び散る場所へと急ぐ。
どうやら2人はちゃんと付いて来ているようだ。


「どんどん撃って――」


――…アクマ発見。
私達は建物の1つに降り立つ。
アクマの姿を見たのも久しぶりだ。
醜い容姿に剥き出しの殺意。最後に見た時と全く変わっていない。
アクマは1人の探索部隊の頭を踏み潰している。あいつはもう駄目だろう。
あのアクマは自我があるところから見てレベル2ぐらいか。
レベル1に命令し、弾丸を放っている。
2ぐらいならまだ倒せないことはないだろうが、面倒そうだ。
とにかくまずはザコを倒さなければ。
――…ってあれ?
簡単な作戦を立てたのはいい。
だが見渡す限りでアレンの姿が見えないのは目の錯覚か。
いや、錯覚じゃない。何処を見てもアレンがいないではないか。
私は神田がいる建物へと降り立つ。


*アレン何処?*


私は紙に書いて神田に見せる。


「…あそこだ」


――む……?
神田が面倒臭そうに指差す先を目で辿ると、そこには何故かアクマに突っ込むアレンの姿。
――な…何でそこに…?
まさか探索部隊を助けるためか。
いい話だが、状況見てほしい。探索部隊は明らかにもうダメだし1人じゃ危険だろう。久しぶりに戦う私もそうだが、アレンにレベル2はきついはず。
案の定、アレンはアクマに蹴り飛ばされた。
――あーあ…
私は頭を抱えたくなる。だからむやみに突っ込むのはまずいのだ。
これからはちゃんと事前に伝えておかなければ。
いや、その前に無事なのか。
場合によってはこれからなんてないかもね、アレン。


「あの馬鹿」


神田がそんな言葉を吐いた。





第9夜end…



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