◎ 第008夜 任務開始
朝だ。いつも通り、夜開け前に目が覚める。
朝は修行。昨日の森なら広いから修行にはもってこいだろう。
少しぼやける目を擦りながら、私は昨日逃げ惑った通路を歩く。昨日で大方の通路や部屋は覚えてしまったため、迷うことなく森へと出た。
まだ日が差していない外の景色。森の中だからだろうか、空気が澄んでいてとても気持ちがいい。
私は腰のベルトから武器を取り出そうとするが、そこでふと気づく。
――…忘れてた。
そういえば武器はコムイに渡したのだ。
私の武器の通常形態は短剣2本。
コムイに見せたらかなり驚いたような顔をされた。長く使っているためボロボロで、破損した部分がいくつかあったからだ。
だが別に戦うのに支障はなかったし、思い入れもあるため手を加えたくはなかった。
それでも改良した方が使いやすくなり、その方がシンクロ率も伸びると言われ、悩んだ挙げ句に引き渡すことにした。教団の人間は信頼していないが、いくらなんでも聖戦の勝敗を決する武器をめちゃくちゃに改造することないだろう。
森を少し歩くと、丈夫そうな木の枝を見つけたのでそれを拾う。これならいいだろう。
私はヒョイッと木の上に飛び乗り、ある木の実に狙いを定める。目測狂わせまいと集中し、ダッと勢いよく木を蹴る。
狙いの的が迫る。
そこで、
「おい」
――…え?
次の瞬間、ドガッと鈍い衝突音が森中に響く。
『……っ』
痛い。すっごく痛い。
思いきり木へと衝突してしまった。
痛みをジンジンと感じながら木を蹴り返して下に降りる。
――何?
多少混乱して状況を把握するのに時間がかかる。
声が聞こえたのだったか。
私は真上を見上げる。
――…最悪だ。
そこにいたのは神田。
何だか忘れてることが多い気がする。ここはやつの修行場だ。
どうせ神田のことだから、
「ここは俺の場所だ。邪魔だ、消えろ」
――…ほら来た。
というか謝れよ。森はあなた様のものですか。ハイハイ、分かりました。去りますよ、去ればいいんでしょ。
「…声が出ない分顔に出てんぞ」
一人心で叫んでいると神田が呆れ顔で言ってくる。
――……うるさいな。
私は少しふてくさり気味に立ち去ろうとする。
そこでふと名案が浮かんび、私は薄く笑いを浮かべる。
呼びかける手段が思い浮かばなかったため、神田に向かって手招きする。
「あ゛…?」
神田の注意が完全にこちらに向いた。
それを確認すると右手に持っていた枝を振り上げ…渾身の力を込めて投げてやった。
――くらえ…!!
枝はまっすぐ神田に向かって飛ぶ。
「バカが…」
神田は刀でいとも簡単に枝を真っ二つにした。斬られた枝は下へと落ちていく。
そして、
「がっ」
――よし!!
心の中でガッツポーズをとる。
神田の頭には見事別の枝がクリンヒット。
神田は木の下へと落下しそうになっている。
――…バカが。
あまりの間抜けさに私は肩を揺らして笑いを堪える。
実は神田に分かるように真っ正面から枝を投げたのと同時に、別の枝も投げていた。ブーメランのように旋回させ、時間差をつけたのだ。
「テメェ…」
悪いがこちらは何気に頭脳派だ。自身の身体能力と五分五分の分析力と高い計算力を持っている自信がある。
それじゃお望み通り去ってやる。
私は嘲笑を残し、踵を返して走り去る。
待ちやがれ!という怒鳴り声、そして後ろで燃え盛る怒りの炎は完全無視。全力で森を疾走し、逃げ切った。
――…ま、いいか。
昨日、就寝したのはかなり遅い。
丁度いい、今日はたまの休みにしよう。
ご飯でも行くかな。
☆★☆
「あらー新入りさん?料理人のジェリーよ。よろしくねー!何食べる?何食べる?何でも作っちゃうわよ、アタシ!!」
――…オカマ口調。
初めてリアルに耳にしたことに戸惑いを隠せない。
しかも注文式だとは予想外だ。バイキング形式だと思っていた。こんな大勢の食事をこのような形で作ってるなどとは思わないだろう。よく間に合ってるな、と感心する。
だが注文など出来ない。喋れないのだから。
成す術なく、私の取る手段は必然的に無言となる。
「あれれー?どうしたのー??」
――…どうしよう。
このまま無言で立ち去ろうか、と少し考え込む。
「ジェリー!」
「アラん?」
――…リナリー?
リナリーはこちらに駆けてくると、私の肩にポンッと手を置いた。
「この子はフィーナ。昨日新しく入った子よ」
「フィーナちゃんって言うの!かっわいーッ」
「ふふ、そうでしょ?でもこの子口がきけないの。だから注文の時はこれを受け取って」
そう言ってリナリーが取り出したのはメモ用紙とペン。
私にその2つを渡すとリナリーはニコッと笑う。
「注文したいものを書くといいわ。ジェリーったら何でも作れるんだもの」
私は安堵し、コクリと頷く。
――…助かった。
リナリーはいい子らしい。きっと誰からも好かれる存在なのだろう。
――…でも……
でもエクソシストを許すわけにはいかない。心を開いてはいけない。上辺だけ仲良くしていればいいのだ。
わずかにボーッとしていた私だが、どうぞと促されたため、慌てて好きな食べ物を書きこみ、その紙を渡す。
「はーい!!――…アラ?フィーナちゃんも多目ね。作りがいがあるわ!ちょっと待ってねん」
――…も?
食事自体が好きなためいつも多彩なものを食べるようにしているが、他にもそんな奴がいるのか。
一体誰か疑問に思ったが、紙を受けとったジェリーの動きに気がいく。それはとにかく早い。そして無駄にしなやかだ。
「よかったわね、フィーナ。あ、それとね、兄さんが呼んでたわよ。初任務じゃないかしら」
ジェリーとのやり取りを見守っていたリナリーが言う。
――…任務……。
改めてエクソシストになったことを実感する。自分が憎み、恨んでいる存在に。
「ご飯食べたら兄さんの所に行ってね。じゃあ私、リーバー班長の手伝いがあるから」
リナリーが手を振って戻っていくのを見、私も笑顔で手を振った。
もちろん、その笑顔は本物ではない。
本物ではなかったが…今ほど喋れないことを歯痒く思った時はなかったか。
☆★☆
――…美味しい。
目の前にはずらりと並べられた多彩な料理。
歩き様にそれを見た探索部隊が目を疑うようにこちらを二度見する。
――そんなに多い…?
そんなことを思いながら黙々と朝食を食べる。よく考えれば助け出されてから初めての食事だ。
一口食べた時、あまりの美味しさに涙が零れそうになった。ジェリーは本当に何でも作れるらしい。
次はもう少し豪華なものを注文してみよう。
「何だとコラァ!!」
――…うるさい。
何故か向こうから怒鳴り声。
見るとそこには探索部隊らしいバズという男、そして神田が対立していた。
どうも仲間の追悼をしていたバズに神田が文句を言ったらしい。放っておけばいいものを。
とにかくうるさい。
私は耳を塞ぎ、早く立ち去ろうと手早く食事を済ませた。
するといつの間にか2人の間にアレンの姿がある。どうやらいざこざを止めに入ったようだ。…放っておけばいいものを。
アレンと神田は何やら言い合ってゴゴゴゴゴゴゴと互いの間で炎が燃え盛っている。
仲が悪いようで。人のことは言えないが。
「神田!アレン!フィーナ!」
丁度その時、私達3人が呼ばれた。
見るとリーバーが資料のような物を腕に積み上げてこちらに叫んでいる。
「10分でメシ食って指令室に来てくれ。任務だ」
――…忘れてた。任務だ。
さっき言われたばかりだというのに。
ここに来てから急激に物忘れが悪化した気がする。
「フィーナ、まだ食べてたの?」
リナリーがちょっと驚き顔で言う。
いや、既に食べ終わった。
――…先に行くか。
私は一足先に席を立ち、食堂を出る。
後ろからアレンがモグモグと料理をとたいらげていく音が聞こえる。
――…アレンだったか。
そんなことを思いながら私は指令室へと向かった。
☆★☆
「リナリーちゃんが結婚するってさー」
リーバーが眠りこけているコムイの耳元で囁く。
すると叫んでも殴っても起きなかったコムイが目を覚まし、何やら訳の分からないことを叫び始める。
リーバーはもう慣れっこ、リナリーはやれやれといった顔。他一同は揃ってドン引き。
兄妹というのはここまでのものなのかと少し疑問に思う。思うまでもないか、異常だ。
リナリーも苦労しているな、とわずかに同情する。
つい先程、通路で合流し、アレンと神田、リナリー、リーバーと共に指令室に来たのだ。
「いやーごめんね。徹夜明けだったもんでね」
コムイがやっと正気に戻った。
まぁ、戦闘専門じゃない奴らも大変なのかもしれない。教団は人員、設備、費用など様々なところの規模が大きいため、それなりの労働力が必要なのだろう。
アレンと神田はソファーに腰掛け、私は遠慮して傍の本棚にもたれかかる。
「さて、時間がないのであらすじを聞いたらすぐ出発して。詳しい内容は今渡す資料を行きながら読むように」
私はリナリーから資料を受けとる。
「3人でコンビをくんでもらうよ」
――3人か…
流れ的にそうなることは予想していたし、初任務で1人なのは心配だからこちらは別に不満はない。
喧嘩ばかりで相性最悪の神田とアレンは別のようだが。任務中に何もないといいのだが…。
「でもわがままは聞かないよ」
コムイが地図を広げる。
同時に先程のダラダラな態度からは想像できないくらい真剣な表情になった。
「南イタリアで発見されたイノセンスがアクマに奪われるかもしれない。早急に敵を破壊してイノセンスを回収してくれ」
私は資料を片手にフッと笑う。
――…アクマ、か。
正直アクマとか伯爵とか、そんなものはどうでもいい。こちらの目的は教団の壊滅なのだから。興味ない。
だが復讐を成しえるためには任務の遂行とアクマの破壊は絶対。信頼されることで教団壊滅の策を巡らしていくことが最もな近道だから。
だから、アクマは壊す。
教団の最大の敵は伯爵だが、加担する気は全くない。誰にも頼らずに復讐は遂げる。利用出来るものは利用するまでだ。
――…行くか。
私は踵を返して指令室の出口へと向かう。
「あ…待ってください、フィーナ!」
「ち…行くぞ」
神田とアレンも付いて来るのを確認し、私は早足で水路に向かった。
☆★☆
――…でかい。
団服の着用を命じられたため仕方なく着たのだが、かなりでかい。
コムイは伸び盛りだから仕方ないという。
見ると腰には武器を入れるベルトが付いていた。これは便利。
神田とアレンは船へと乗り込んだ。
だが私は硬直したままだ。
「……?どうかしました?」
「おせェぞ。早くしろ」
そんなこと言われても。
私はため息をつき、コムイに連続でジェスチャーを繰り出す。
「え?何?」
いきなりのことでコムイは何のことかさっぱりのよう。
私は懸命に伝えようとするが、コムイは困惑するばかり。物悲しいったらありはしない。
数分の時、そして神田やアレンの助言からやっとコムイに伝わった。
“私は武器を預けたままだ”と。
「そうだったねぇ」
コムイは私の武器を取り出す。
昨日の夜から科学班に預けたままだったのだ。…というより任務に武器なしで行かせようとしたぞ、この人。
私はコムイの手から武器を受けとった。
――……綺麗。
武器からは傷も消えていて、新しく装飾もついている。
「化学班で頑張って改良したんだ。名前は双燐―そうりん―」
――双燐…。
幾度となく私を守ってくれた武器。新しいパートナーだ。
私は腰のベルトに双燐を刺し、船へと乗り込もうとする。
そこでコムイに呼び止められ、ある物を渡された。見るとそれはメモとペン。
先程の物はジェリーに預けてしまっていたため、リナリーが気にかけてくれたらしい。
*リナリーにありがとうって伝えて*
私はメモをちぎってコムイへと渡す。
それを見てコムイは笑う。
「いってらっしゃい」
船が水路に沿って動き出す。
それは流れに沿って進んでいき、やがてコムイの姿は見えなくなった。
第8夜end…
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