◎ 第006夜 記憶
――………?
誰かの話し声に途切れていた意識が戻る。ボヤボヤだった音も拾えるようになり、会話も徐々に聞き取れるようになってきた。
「コムイさん、何で逃げられたりしたんですか」
「いやぁ、ごめん。油断していたよ。動けないと思っていたからね」
「ち…面倒かけさせやがって」
意識がだんだんはっきりし、ボヤける視界が徐々に開けてゆく。
――あぁ…まだお腹痛い。
あいつめ、殴るときは容赦しなかったな。嫌な部分で本気になりやがって。
「悪かったよ、神田君。リナリー、手当てしてあげて」
「分かったわ…あ、兄さん。目が覚めたみたい」
目を開けた私にこれまた同じくらいの年だろうか、リナリーと呼ばれた子が気づいた。
黒服にローズクロス。この子もエクソシストだろう。
「起きたかい?どう、気分は?」
――…最悪。
私は首を左右に振り、周囲の状況を確認する。
寝かされているのは先程目覚めたのと同じ場所、同じベッドの上。結局逆戻りか。
リナリーと呼ばれた子、最初に会ったコムイという名の男、先程戦ったアレンと神田。計4人がその場にいた。
全員が私を見つめている。いや、その内の1人は睨んでいるという表現の方が正しいか。
「大丈夫?怪我よりも栄養失調の方がひどそうだけど…」
リナリーが心配そうに聞いてくる。
見ると私の腕には点滴が繋がれている。
そう言えば、閉じ込められてから何も食べていなかった。よく今まで動けたものだと自分で感心する。
「力ずくで捕まえたりして悪かったね。でも、君には話を聞いてもらいたかったから、ああするしかなかったんだよ」
コムイは申し訳なさそうに言うと、私のベッドの脇に座る。
『………』
私は軽く腰に触れてみる。覚悟はしていたが、やはり武器は取り外されている。二度同じドジは踏まないということだろう。
「悪いけど武器は預からせてもらったよ。話を聞いてくれないかい?」
武器がないのに気づいた様子の私にコムイは言った。
――話、ねぇ…。
別に話を聞いて教団に共感する気も加担する気もない。ましてやエクソシストを許すわけもない。
あの場では私が逃げ切ることはおそらく不可能だった。
だから決めた。だったらここへ入団してしまおうと。
隙を見て逃げ出そう…最初はそうやって安易に考えていたが、今は違う。
気が変わったのだ。
教団を潰す。
そしてここの奴らを1人残らず殺してやる。今まで私が味わってきた不幸や悲しみをこいつらにも味わわせてやる。こいつらに復讐してやるのだ。
だからわざと足掻いて、捕まった。
話は成り行き的に聞いた方が早そうなため、コムイの問いにコクリと私は頷いた。
コムイは私の考えを知ってか知らずか、ニコリと笑う。その微笑みは初めてコムイを見た時と何ら変わりなかった。
「君、どうしてあんなところに閉じ込められたか覚えてる?」
『………』
閉じ込められていたところ…それは洞窟。
私は中央庁の戦闘部隊である鴉に追われていた。
ずっと記憶を辿っていく。随分前のことのような気がするが、鮮明にそれは記憶として甦っていった。
☆★☆
「もう逃げられません。私達と共に来て下さい、使徒様」
逃げ惑っていたのは森。
緑ではない。赤い森。
涼しく風の吹く森ではない。熱い森。
そう、森は燃えていた。
鴉達は森へと火を放ち、完全に逃げ場を無くしていた。
ずっと追われ続けてきたが、ここまで追い詰められたのは初めてだった。今思えばかなり油断していたと思う。
辿り着いたのは暗い洞窟。炎で包まれる森の中、私は迷うことなく入って行った。
「秘術“縛羽”」
鴉の元から札の様な紙が何枚も飛ばされる。
『…!?』
いきなり体の動きが鈍る。
――体が、重い…
一瞬にして何倍もの重力が加算されたかのような重さが体中にかかる。
「さあ!来るんだ!!」
さらに体にかかる重さが増える。
――嫌だ…
動かすだけで精一杯の腕を振り上げる。
――…エクソシストになんて…なるものかッ!!
私は武器を第2形態にすると、言うことのきかない腕で滅茶苦茶にそれを振り回した。
鎖は岩に当たり砕け、短剣は土壁へと突き刺り、ヒビを入れる。
やがてゴゴゴゴゴ…という轟音と共に岩は崩れ、壁には次々と亀裂が入る。
「まずい!退け!!」
崩れていく洞窟に焦り、鴉達が引き上げていく。
だが私は逃げ遅れ、崩れゆく洞窟の下敷きになってしまった。
第6夜end…
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