長編 | ナノ

 第007夜 誓い



――………。
私は再び頷いた。
よくあんな状況で生きていられたものだ。運が悪かったら岩に潰されていたか土に埋もれてしまっていた。
悪運だけは強いのか、わずかにできた隙間の中で私は生き延びた。


「君はあの洞窟で2ヶ月間埋もれていたんだ」


2ヶ月。そんなにも埋もれていたのか。ずっとあんな所にいては時間の感覚も狂ってしまう。
だがどうしてそんなにも生きていられたのか。生き埋めになって奇跡的に生還していたとしても普通なら餓死しているだろう。


「本当にすまなかったと思ってるよ。どうやら君を生かしていたのはイノセンスのようだね」


コムイは果物ナイフを取り出すと林檎を剥き始めた。
――イノセンス…
イノセンスが私を生かした…?
イノセンスは神の物質。神が私をこの世界へと留めておくのに使ったのだろうか。


「イノセンスが?」
「んな話、聞いたことねェぞ」


リナリーと神田が口を揃えていう。
イノセンスについてあまり深いことは知らないが、それが人を救うこと自体に前例はないようだ。
ようするに“異例”


「どうしてイノセンスがそんなことをしたのかは分からないけど、フィーナちゃんが無事で良かったよ。あ、この事はみんな内緒にしてね。混乱はなるべく避けたいんだ」


コムイは林檎の皮を剥き続けながら言う。
――…遅い。
皮は切れ切れだし、時々つまるし見ているとイライラしてくる。
それにも気づかずにコムイは鼻唄を歌っている。


「鴉達が色々君のことを教えてくれてね」


――……?
私は顔を上げてコムイを見る。


「鴉達は君の故郷での一件以来、ずっと追っているからね。君の名前や素性も報告は受けていたよ」


ピクッ
コムイは林檎を剥き終えた。
実の部分をいくらか削り取られ、歪な形になった林檎。


「あの、コムイさん…故郷での一件って?」


今まで黙って聞いていたアレンが怪訝そうにコムイに聞く。


「あぁ、でもそれはね…」


そこでとっさに私はコムイの手からナイフを奪い取る。
そして、コムイにめがけて振り上げた。


「兄さん!!」


リナリーが叫ぶ。
医務室にキン!!と、甲高い金属音が鳴り響く。
コムイまで数センチというところ。そこで私の持つナイフは神田の刀によって軽々と止められていた。
リナリーとアレンは驚いている。


「テメェあまり調子に乗るな」


神田は刀を片手に睨んでくる。
単なるナイフと対アクマ武器の刀。勝敗は目に見えている。


『………』


私は神田を睨み、神田が止めているナイフをコムイに向け続ける。
だがコムイは笑みを絶やさず全く動じていない。


「皆に教えるつもりはないよ」


コムイは私に手のひらを差し出す。


「君が話したくなった時に話せばいい」
『………』


――…ムカつく。
私はナイフを下ろし、コムイの手の上に置く。
まぁ今殺しては都合が悪いのは分かっていたが。
神田も刀をしまい、元通りに腕を組む。


「キミへの償いは約束するよ。僕らの仲間になってくれるかい?」


コムイは手を差し出してくる。
――償い?仲間?
コムイの言いように再び殺意が芽生える。
そんなもので今まで私に降りかかってきた不幸を無なかったことにしようとでもいうのか。そんなキレイ事を並べて許しを請おうとしているのか。
――…許さない。
これから一生。
エクソシスト、そしてこいつも…黒の教団は、決して許さない。
私は再び復讐の意思を固め、コムイの手を取ったのだった。



☆★☆



「それじゃあ、後でヘブ君の所へ行こうか」


――ヘブ君…?
どうやらあだ名のようだ。
見ると何故かアレンが苦笑いしている。


「やっぱ連れてくんですね…」


その言葉にリナリーが笑う。


「そっか。さっきアレン君も行ったのよね?」
「はい…」
「あまりあれは嬉しいことじゃないもんね…。――あ、アレン君、看護士の人が呼んでるよ?」


はいはーいと言ってアレンは駈けていく。
どうやらアレンも今日入団したようだ。私と同じ日か、などと思ってみても別に親近感は覚えない。ただの偶然だ。
だが何故アレンは複雑そうな表情だったのか。


「ふふ…」


――…?
見るとリナリーが何やら笑っている。
私が見ているのに気づくとリナリーは顔を近づけてきた。


「入団パーティーしなくちゃね。楽しみにしててね、フィーナ」


リナリーがアレンには聞こえないように耳打ちしてきた。アレンには秘密のようだ。
私はキョトンとする。
今の言葉が聞こえていなかったのは腕の手当てを向こうで受けていたアレンだけだった。


「チッ…」


――…ん?
何やら舌打ちが聞こえた気がしたのだが。神田の気がするよ、ねぇ。


「何よ、神田」
「何でこいつなんかのために…」


――……は?
いや別に祝ってくれとか頼んでないから。祝われたくないから。
エクソシストに何かを祝福されること自体嫌だ。散々なことをしておいて今更祝う?冗談じゃない。


『………』


私は嘲笑を混ぜた軽蔑の視線を神田へと向ける。


「あ゛?言いたいことがあんなら言えよ」


神田が鬼の顔になる。
あぁ、こういう感じの奴なわけか。何か掴めた気がする。


『………』


それでも無言を突き通す私に神田はさらにイラついた様子になる。


「何だよ、お前。戦ってるときも無言。話しかけられても無言。気持ち悪いんだよ」


気持ち悪いという言葉は少し心にくる。
だがそれと同時に憎悪も沸き上がってくる。お前がそれを言うのか、と。


「…?フィーナ、どうかしましたか?」


戻ってきたアレンがボーッとしていた私に聞いてくる。


「神田っ!謝りなさい!」
「はっ…別にホントのこと言っただけだろ」


神田とリナリーが口喧嘩を始める。
なんか揉めているようで…。まぁ勝手にやっていればいい。
――…どうせどうにもなんないんだしね。
諦め気味に私はため息を漏らす。


「あぁ、ゴメンね。いい忘れてた。フィーナちゃんは口がきけないんだ」
「「「…え?」」」


ハモった。お見事。
コムイの言う通り、私は口がきけない。この教団に来てからのことではない。もっと前にきけなくなった。あの時以来…
これもみんなこいつらの、エクソシストのせいだ。私は何もかも教団に持っていかれた。


「く…口がきけないってどういうことですか?」
「病気なの?それとも後遺症とか?」
「あぁ、でもそれはね…」


先程と同じ口調でコムイが口を開く。
それと同時に私は身を起こし、ナイフを再び手に取る。
だが、


「大丈夫。言わないよ」


攻撃前に釘を刺された。


「言ったよね?キミが話したくなった時に話せばいい」
『………』


私は不服に思いながらもベッドに元通りに腰かける。
紛らわしい。
気に入らず仏頂面を作る。


「…何だかフィーナは秘密がいっぱいね」


様子を見ていたリナリーがちょっとおかしそうに言う。
続いてアレンも笑って言う。


「誰にも秘密はあるものですよ。気にしないでください」


空気を悪くしないように気を使ってくれたのだろう。
2人が笑いかけてくる。暖かく。
だが優しそうで心を許してしまいそうになるその笑みは、2人がエクソシストであると認識しているだけでとても受け入れることは出来ない。どんなに親切心を向けられてもエクソシストを恨み、殺すことを望む私が心を許すことは出来ない。
だが教団を潰すには内部から壊していかなければならない。そのためにはエクソシスト達に信頼されておいた方がいい。
私はアレンとリナリーに笑いかけた。
精一杯に作った笑いだったが、2人は疑うことなく偽りの笑顔を信じたようだった。





第7夜end…



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