長編 | ナノ

 第083夜 道と道 その間は棘



私は身を横たえ、隣りに立つアレンを見上げる。


『………何で、来たの』
「フィーナやフォーを置いて逃げられないですよ」
『時間…稼いでたのに』
「………ごめん」


謝るアレンを私は一度だけ見、視線を下へと向ける。


『……ありがと』
「!フィーナ…」
『ありがとう。いつも、助けに…来てくれて』


私は薄く笑う。
アレンが来てくれて、一番嬉しく思っているのは紛れもなく私だ。どんな時でも見捨てないでいてくれることを、一番喜んでいるのは私だ。
アレンは、いつだって助けに来てくれるのだ。
私は安堵に近いため息を漏らす。
そこで激痛が再び走り、私は顔を苦痛に歪める。
自分の体を見れば、あちこちにヒビが入っている上に、色素が殆ど元の状態を保てていない。攻撃を受けた時間がわずかでも、限界まで分解されてしまったようだ。
ずっと戦っていたフォーも同じのようで、フォーはついに擬態を解き、守り神の姿へと戻った。


「ハハーン…そういうコトねェ」


とうとうバレてしまった。
本物のアレンは、私の隣りに立つ人物であることに、アクマは気づいてしまった。


「ウォ…カ…」
「フォー、バクさんが泣いてたよ」


フォーが涙を流す。その姿を見て、何となくほっとした。


「で?お前は強いワケ?」
「………」


アレン何故か黙っている。
その顔を見上げれば、アレンは何かを見つめているようだった。視線の先はアクマの背後だ。恐らく、アクマの魂を見ているのだろう。


『アレン、逃げ…て』
「フィーナ…」
『来てくれて、ありがと…でもアレンにはイノセンスがないで……しょ…』
「それはフィーナも同じでしょ?またボロボロ…」
『うる…さ…い…っ』


アレンが小さく笑うのが見えた。
次の瞬間、アクマがアレンに飛びかかった。


「ダークマターに分解されかかってるやつが笑わせるよ!!」


アクマはその体から武器を作り出し、アレンを狙う。


「ホラ!ホラ!消えな、ボウヤァ!」


アレンはアクマの攻撃を素早くかわしていく。フォーとの修行の成果があったのか、前よりも身軽になっているのが分かった。
だが、アレンの左腕はまだ復活してはいない。イノセンスを発動出来ないその身体で戦っても、いずれやられてしまう。


「フォー!!」


そこでバクが水を切り、こちらまでやってきた。
ぐったりと水に浮くフォーのところまでくると、その体を強く抱きしめた。


『…何だ、やっぱり辛かったんだ』
「フィ、フィーナ…!キミまで…」
『まぁいいや。バク、フォーを連れて…行って…』


私はゆっくり起き上がり、ボロボロの身体を手で抑える。


『………戦場に、人間はいらないから』


ここは戦の場だ。そこで向かい合うべきものは兵士と兵器のみ。ただの人間は戦場にいるべきではないのだ。
私は胸に手を当て、大きく深呼吸する。


「ああぁあああぁぁああああああっ」


そこでアレンの悲鳴が耳を打つ。
振り向けば、アレンは水に身体を叩きつけられ、アクマの攻撃をくらっていた。分解され、どんどん壊れていく身体が、ここからでもよく見える。


『ア…レンッ』
「やめんか、貴様ぁ――!!」


アレンを助けようと、バクは散らばった支部の残骸を塊とし、アクマに向かって攻撃を仕掛ける。
だが、それはいとも簡単に破られる。紙を切り裂くような、簡単な動作だった。


「バァーカ!こんなものがアクマに効くワケないだろ」
「……っ」
『バク!いいから…逃げてッ』


私は叫び、アクマに銃剣を投擲しようと大きく振りかぶる。
そんな私の腹と胸に、またあの糸が突き刺さる。


『ぐぅ…っ』


視線向ければ、バクとフォーの身体にも幾本もの糸が貫いていた。
アクマの攻撃が加わる。分解される。


「消えてろ、屑」
『あ…あ゛あ゛あぁああぁああああ!!』


崩されていく。全てが脆くなり、亀裂が入る。
痛みが増す。苦しい。
恐怖が胸を埋め尽くす。
瞬間的に走る全ての物に、絶望を覚える。
――嫌だ…嫌だ…っ
死にたくない。まだ、死にたくはない。
殺されたくない。生きていたい。
助けて、欲しい。


《…また…裏切りに、走るのか…?》


刹那、あの低い声が頭の中に轟いてきた。
また裏切るのか、と。
私は歯を食いしばり、拳を握る。
――そんなこと、しない。
敵に追いすがるようなこと、してたまるものか。私は戦い続けなければならないのだ。全てを選択するその時まで、戦って答えを見つけなければならないのだ。
何度忘れそうになっているのだろう。何度揺らいでいるのだろう。
私は誰にも助けを求めてはいけない。自力で、自分だけで探し求めなければならないのだ。
私は全身の力を抜き、目を閉じる。
息を吐ききり、手を右胸に当てる。
そして静かに、胸の中に呼びかける。


――双燐。
双燐…お前はずっと見ているだろう。私の戦う様を、ずっと見ているだろう。
無様に叩かれるこの様を、お前はどう見る?いい様だと思うのか。自業自得と嗤うのか。
私はお前を置いていった。置き去りにし、逃げ出した。そのことに対する当然の報いと、お前は私を責め立てるだろうか。裏切りだと、私を蔑み、侮蔑を向けるだろうか。
だが私にはわずかも後悔などない。あの時間は、私にとって必要だった。
私を助けてくれる、大事な存在と繋がれた。決して逃げずに戦い抜くことを、仲間に誓えた。大切な人の、大切な家族に会えた。そして、
――お前とまた、戻って戦う勇気を持てた。
大事な人がいる。守りたいくらい、大切な人がいる。
守りたい。助けたい。お前と共に。
共に戻り、共に守り、共に戦いたい。
そのためには今、お前の力がいる。
力を貸せ。共にアクマを破り、共に新たな道を探そう。


『帰れ…帰れ』


私の下に、戻ってこい。





ドクンッ…――


鼓動が、聞こえた。
その鼓動はしっかり脈打ち、やがて私の鼓動と重なっていく。
私と生きることを望んでいる。戦場に戻り、再び戦うことを望んでいる。
私は口元を釣り上げた。


『行くぞ』


私は腕をバッと振り上げる。強く、高く、大きく、振り上げる。


『赴くままに牙を向けッ!破壊を生み出し、地獄を見せろッ!双燐ッッ』





パアァァンッ!!


振り上げていた私の手に、強い光が宿る。それは半球状に私のことを包み込む。眩しくて、闇と確実に異なる光。神の物質、イノセンスの光だ。
しばらく経てば、体の亀裂の入った部分が徐々に治癒していき、痛みも次第に消えていく。全てが浄化されていくのを感じる。イノセンスが、双燐が、治してくれる。
私は自分の手に握られている双燐を見る。
――…これが…
私の目に映ったのは、私の手によって握られている2本の双燐だった。
久々に目にする双燐は、最後に見たときとは明らかに姿が変わっていた。
短剣という形態は変わってはいなかった。
だが鍔の部分からは歪に黒い結晶が生えている。不規則に屈折したイノセンスらしきそれは見たことが無いにも拘らず、存在していることが当然のような錯覚を覚えた。
また形状も大きく変化していた。以前よりも刃は大きく反り曲がっている形となり、攻撃面積が大きくなっている。柄の部分も一定であった握りの幅が細くなっており、機能性が上がっている。
そして両者共、その長さと大きさは明らかに増していた。
この形であるならば、以前のように長剣にせずとも相手の攻撃のリーチの広さを気にせず、一気に責め入れる。毎度のようにまとわりついてきた反撃の恐れも無くなり、一度で急所を突き、仕留められる。
以前の双燐は投擲を主とする攻撃方法に適していたのに対し、今私の手の内にある双燐はただ目の前の敵を凪ぐためだけにある武器のようだった。
バクの改造した武器とは、これなのか。
これが私の、新しい武器なのか。
――……悪く、ない。


ザンッ!!


私は体を勢い良く体を回転させ、自分の身体を包む光を思い切り凪ぎ払う。
光は螺旋を描くようにして切り裂かれ、一気に弾け飛ぶ。
私は近くでアクマの攻撃を受ける2人に走る。
2人は戦士ではないのだから、巻き込んではならない。だから助ける。アレンよりも先に。


「イノセンスよ…」
『……何』


すぐ近くへと迫ったバクとフォーを、何かの光が包み込んだ。
先程の私よりも明らかに強い光で、だが同種のもののように思える。いや、実際にそうであることがここからでも分かる。
あの光は、イノセンスしか発することが出来ないものだ。
光の中にはバクとフォー。そして、2人を守るように水面から突き出されている、1本の腕。
――アレン…?
この光の力は、とてつもなく強い。


「左はアクマのために」


突き出されている腕は光のようで、影のよう。


「右は人間のために」


まるで、何かと何かの調和を図っているかのよう。


「どちらも僕で」


そこから何かが生まれてきて、


「どちらも大切…」


誰かを守る、何かが生まれてきて、


「だからお前に応えよう」


それは、優しく強い、新たな仲間を生み出した。


「人間とアクマを救済せよ」





第83夜end…



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