長編 | ナノ

 第082夜 そして彼は歩いてきた



「オラ!オラ!オラ!」


アクマは鋭い突きを幾度も繰り出してくる。
私はそれらを全てかわし、さらに青嵐牙で防御し、弾く。
さすがレベル3というところか、スピードも攻撃も2以下とはケタ違いだ。
青嵐牙は、攻撃力はあるが、その大きさのせいで速い奴を相手にした戦闘で優位に立つのは難しい。まさに防戦一方な状況に陥ってしまうのだ。
さらに、アクマによる鋭い拳の突きを、私は再び青嵐牙を突き出し、受け止める。
ゴンッと響き渡る鈍い音と衝撃に私は顔を歪める。
そこにアレンの姿をしたフォーが壁を蹴りかえし、横からアクマを狙う。


「フンッ」


フォーに気づいたアクマは、私が盾にしている青嵐牙を鈍く蹴り、その勢いで私の身体を吹っ飛ばす。
空気抵抗すら感じさせない速さで私の体は宙に放り出される。
だが直接体を攻撃されなかったおかげで私自身にこれと言ってダメージはない。フォーの攻撃に対処するために私自身にダメージを与える余裕すらなかったのだろう。
私はニッと笑みを浮かべ、うまく衝撃を逃がしながら柱に足を付け、思い切り蹴り返す。


「ぬっ…!?」


アクマの正面に私が、背後にフォーが回り込む。
視線でコンタクトを取りながら、私達は互いの武器を振り上げた。


『「くらえッ!!」』


一気に二つの武器がアクマに振り下ろされる。
手がしびれる。体が微かに振動する。
先程青嵐牙から響き渡ったような鈍い音が、今度はアクマの頭部から響いてくる。
連携した攻撃は確実にアクマの急所を叩いた。


だが、手応えがないことは先程からずっと、 分かっていた。


『…くそっ』


今まで例外なくアクマを破壊してきた青嵐牙の攻撃が、通用しない。
レベル3にこの武器が太刀打ちできないというバクの意見はどうやら正しかったようだ。
そもそもこの聖戦は部外を絶対に許さない。どんな手段を使ったところで所詮は小細工。限度が確かに存在する。
3を倒すには、イノセンスが必要なのだ。


「レベル3にその程度の攻撃が通用すると思ってんの?」


アクマはそう言うと、その頭部に当てられていた私達の武器を、同時に掴む。


『「!!」』
「なめないでくれない?」


アクマは私達の身体を武器ごと振り上げる。
私はとっさに手を離そうとするが、空気を裂くような勢いがそれを許さない。
それをいいことに、アクマはそのまま私を柱へ、フォーを水面へと叩きつける。


『がっ!!』


全身を打ち付け、吐き戻しそうなくらいの痛みが走る。
何とかそれを押さえ込むと、私の身体は力なく、下に横たわる柱の上へと落とされた。
頭を強く打ったのだろうか、視界が少しボヤける。
モヤモヤと白い霧がかかったような不明瞭な光景が目の前に広がるが、そこに2つの黒い影が行ったり来たりしているのが分かる。
アクマとフォーが、戦りあっているのだ。


『ぐ…』


私は頭を抑えながら起き上がる。
手を見れば、ベットリと血がこびりついていた。青い髪に赤い血液なら髪の毛は紫にでもなっているか、などと呑気な思考を巡らせてみる。
だがいつもながらのこの思考は私がまだ冷静であるという証拠でもあるのだ。
私は青嵐牙を握り直し、再びアクマへと向かう。
フォーを力で押しているアクマの背後へと一気に詰め寄り、青嵐牙を振り上げる。


ガァン!!


『!?』


こちらを見ていないはずのアクマが、フォーと向かい合ったまま、片腕で青嵐牙を受け止めた。見られていなかったのに、完全に見切られた。
アクマの視線が、ゆっくりと私を捉える。


「2度も同じ手を食うワケないよ」
『く…っ』


私は武器を弾き返すことで真上に飛び上がる。
無駄だなんて、認めたくない。終わりなんて、見据えたくない。私はまだ無力でないことを、証明したい。
私は身を反転させる。
ギリギリまで体を反らせ、アクマの真上を取る。
青嵐牙を握り締め、両腕で振りかぶる。


『壊れろッッ』


一点に、振り下ろす。


「終わりにしない?」


アクマは勢い良く拳を突き出してくる。
腕ごとへし折ってやる、そう呟いて青嵐牙を真下へと振り下ろす。
二つが、ぶつかる。





パアアアァアン!!


『―――――え?』


視界が無数の黒い何かに包まれた。
それは不規則に様々な方向へと飛散し、弾け飛ぶ。
時間が止まったような感覚を覚える私の頬に、赤い液体が伝う。
そこで私はようやく理解する。青嵐牙はアクマによって破壊され、そして今飛び散っている物は、その破片だということを。


「だから言ったんだよ。こんなもの通じないって」


飛び交う破片を興味なさげに見ながらアクマは言った。
その一言にとてつもない怒りを覚えるが、それをぶつける間すら与えられず、アクマは無防備な私に向かって、真横から拳を繰り出してくる。


『ぐっ!!』
「フィーナ!!」


私の身体は数メートル飛ばされ、水面を切るように水に叩きつけられる。
何とか体を沈ませまいと、走る激痛を極力無視して柱の上に登る。
青嵐牙が、壊された。もう素手でやるしかない。
私は言う事のきかない足を無理矢理地に立たせ、腰から銃剣を抜き取る。
鋭く尖った鋭利な刃を、私は同じくらい鋭い瞳で、アクマに向ける。


「あんた、馬鹿?」


アクマはフォーの体を横殴りにし、壁に叩きつけた。
――フォー…!!
崩れ落ちるフォーの元へ走るが、アクマがその先に回り込み、行く手を塞ぐ。


「あんたの持ってるそれ、ただの刃物じゃん」
『…だから何?』
「正気か疑ってるの」


――…正…気…?
アクマの言葉に私はわずかに肩を落とす。そして、笑う。


『ははっ…あはははははっ』
「何がおかしい?」


別に何もおかしくなどない。この状況の中でも、確信しただけだ。
私は顔を上げ、一切の表情を消す。


『私は正気だ』
「!」
『戦うことを望む限り、私はいつだって正気だ』


私は銃剣を構える。
ダッと柱を蹴り、一気にアクマの前まで躍り出る。
銃剣を振り上げる。振り下ろす。
ガンッと、もう幾度も繰り広げられた動作が再び生まれる。
アクマが私の攻撃を受け止めたのだ。
飛び退こうとするが、途端に下から顎を掴まれ、上へ突き上げられる。


『あ゛あ゛…!!』
「呆れた。見苦しいにも程がある」


アクマは私の胸に人差し指を乗せる。


「見苦しいから、もう壊れな」
『ぐ…っ!?』


かつてない激痛が左胸に走る。
恐らく先程アレンを分解した攻撃が、今度は私に向けられているのだろう。
痛い。痛い。
だが、口には出さない。助けも求めない。戦い抜くことはもう決めたから、決して何かにすがったりしない。全てを覚悟してこれから先、歩いていくと決めたのだ。
体が分解されてボロボロと崩れていく感覚を体中に感じながら、私は悲鳴を上げる。
とうとう顔までヒビが入り、全てが砕け散ろうとする。
そこに、フォーが割って入ってきた。


「ウォーカー泣かせるのか!しっかりしろ!!」


フォーは私を貫く糸を勢い良く切り裂き、私の身体をアクマから奪い取る。
力が入らずぐったりとする私を見て、フォーは舌打ちし、私をその場に寝かせるとアクマと対峙する。


「何言ってんの?ウォーカーはお前だろッ」
「ぐぁっ」


アクマはフォーを水の中に叩き込む。
その瞬間にフォーの手足のほとんどは形を失い、まともに残るのはアレンの姿をした胴だけとなった。


「もういいよ。いちおー、ノア様の命令は、お前を連れてくることだしね」
『待…っ』
「待たないよ」


アクマはフォーの真上に移動する。
もうフォーは戦えない。このままだとやられてしまう。
私はフォーのところへ行こうとするが、その途端にボロッ…と私の体の何処かが崩れた。それはほんの一部であるはずなのに、身体中にひどい激痛が走る。とても動かせるような状態ではないことが皮肉な程、よく分かった。


「つまらない時間だった。こんなクズにノア様は何の用があったのか。ノアの方舟まで使って…」


私は何とか体を這わせ、フォーの元へ向かう。


「アレン・ウォーカー、何なんだい、お前は?」
「ただの、子供だよ…」
「あっそ。じゃ、壊れな」


アクマは手からあの糸を出し、フォーの頭へ貫かせる。


「ぁあああぁああぁあああ」


フォーの叫び声が響く。
頭を中心にフォーの体にヒビが入っていく。
色素を奪われ、どんどん分解されていく。
――フォー!!
フォーの体が、壊れていく。


『ダメ…バクがいるだろッ!あんたこそ、死んじゃダメなんだよッ!』


私は身を乗り出す。


『殺すなあぁぁ!!』





ドンッ!!


アクマの攻撃が中断された。
その身体に何かが飛び乗ったのだ。


『な…っ』


それはアレンだった。
その左目がアクマを捉えている。呪いが疼いている。
擬態した姿ではない、本物のアレンだ。
――何…で…
何故、アレンがここにいるのだ。何故、逃げていないのだ。
あの壁をどうして、どうやって通り越したというのだ。まさかバクの奴、言い負かされたのか。
――もう…全部、無駄になったじゃないか。
私が小さくため息を付くのと同時に、アレンはアクマの真下からの攻撃をバック宙でよけ、私の隣りに着地する。


「何なんだい、お前?」


足元にアレン。目の前にもアレン。
わけの分からないであろうこの状況を、アクマが問う。


「エクソシストです」


答えるアレンからは、わずかに電光のようなものが発せられていた。ビリビリと全身に電気を走らせているかのようで、それはイノセンスの気のようにも感じられた。それをまとっているアレンの姿は、いつになくたくましく見えた。
少しの間見上げていた私だったが、アレンの姿が、砂嵐がかかったテレビのように横にブレる。
限界は、とうに訪れていたのだろう。
私はその場に崩れ落ち、ぐったりと柱の上に横たわった。





第82夜end…



prevnext

back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -