長編 | ナノ

 第079夜 焦躁



『渓谷を越したかと思ったら今度は山道。もう勘弁して欲しいね』
「まぁ…このあたりは自然地帯が多いと聞くからな」


だとしてももう自然の空気を吸うのは飽き飽きだ。一体何日歩き続けたことか。もうどんな意味でもとにかく早く港に着きたい。


「そう言えばフィーナ、1つ聞いていいかい?」
『どうぞ』
「改造アクマくんて、一体どういう仕組みになってるの?」


唐突だ。


『ごめん。今この瞬間、あんたがその思考に至ったまでの経緯を説明して』
「大したことでもないよ。ただ改造アクマくんが話してたよね?時間がないって。あれってどういう意味?」
『あぁ…そういうこと』


元帥が言うのは、弥七が私の元から離れる際の会話のことだ。
別に躊躇う理由もないし、その辺のことは話しておいた方が良さそうだ。


『改造アクマはいつまでもただ自我のまま動いているわけじゃない。クロス元帥が改造することによって抑えられていた殺人衝動を徐々に取り戻して、いずれ人を襲い出す』
「殺人衝動が?そんな改造アクマくんを野放しにしといていいの?」
『時間がないとは言っていたけど、まだ大丈夫だと思う。それに殺人衝動が来たら自爆するようにセットしてあるらしいから、人的被害の心配はない』
「自爆するという時点でそれこそ人的被害の恐れがあるんじゃないのかな。彼のことが心配なのは分かるけどね、少し軽率だよ」
『…反省してる』


元帥の言う彼とはもちろん、アレンのことだ。
ノエルとザシャと別れて数日。元帥にはアレンのことは説明していた。
ノアとの戦いによりアレンのイノセンスがダメージを受け、今はほぼ戦闘不能の状態であり、アジア支部で療養兼鍛錬中だということ。そのアレンのことが心配で弥七に少し様子を見に行ってもらったということを。
この前は頑なに口を閉ざしていた私だったが、ここまでなら言っても大丈夫だと思ったから話すことにした。
元帥は話してくれてありがとう、そう言った。
何故そんな状態のアレンをおいてきたのか。何故一人で、そのへんをウロウロしていたのか。一番聞くべきところを、元帥は言及してはこなかった。この緊急事態で情をかけてもらったことに感謝するしかない。


「まぁ改造アクマくんが大丈夫だって言うなら信じるしかないけど、いつになったら彼は戻ってくるんだい?」
『それが分からない。もう数日経つのに連絡すらこない。ゴーレム持っていってるはずなのに…さっさと帰るように言ってやろうかな』
「こっちから連絡するにしても、向こうが何らかの緊張状態にいるとしたらそれはかえって危険だ。無効の音沙汰が一向にしれない今、やはり向こうからの連絡を待つのが一番無難だろう」
『そうは言うけどね、マリ…』
「マリの言うとおりだよ。クロスの命令もあってか、彼は我々に移動手段を与えてくれるようだ。その命令を果たすまでは彼は多分大丈夫だと思うよ。たとえ改造されていても、アクマは誰かの命令に依存しなければ生きていけない。兵器なんだから」
『…確かにそうだ。アクマは兵器だ。でも、弥七は…』


私は言いかけるが、そこで中断する。
それからグルッと周りを見渡し、そうして体を一周させる。


『…?』
「どうした」


私は軽く頭を描き、顔をしかめる。


『……風向きが、変』
「変?」
『四方八方から同じ地点に向けて風が吹いてる。自然現象じゃない』
「へぇ、それはおもしろい。ちなみにその地点ていうのは何処なんだい?」


元帥は子供のような好奇心を覗かせる表情になる。
元帥自身、既に分かりきっていることだ。もしかすれば私が感づくよりも前に気づいていたのかもしれない。
だが、敢えて言う。


『ここ、だよ』


同時に私達を取り囲んでいた山々が、落ちたスイカが砕けるように弾け飛ぶ。
次々に気持ち悪いほどの黒い大群が私達を取り囲み、ある意味で統一され、またある意味で不統一である蠢きが私の視界を埋め尽くす。


「どっかの蛆虫か?こんなに湧いてきやがって」
『たとえが悪いね。蛆虫は蛆虫なりにもっと遠慮深く沸いてくる』
「つまりオレらは蛆虫以下ってことかぁ?」


まぁそういうことだ。
私は再びグルッと周囲を見渡す。
信じられないくらい大群のアクマが私達の周りを取り囲んでいる。
ここまでの大群に何故もっと早くに気付かなかったのだろう。いや、気づいたところで囲まれていたわけだからどのみちこういう結果にはなってはいただろうが。


「やっと見つけたぜぇ?随分探したんだからな」


全てのアクマは殺意に歪んだ各々の目で私達1人1人を品定めするように見てくる。
その場で私達を見つめながらゆらゆらと揺らめいているその様は、まるでゲームの中で待機状態にあるモンスターがプレイヤーの指示を心待ちにしているような光景だ。この場合は既にプレイヤーは指示を出していて、アクマ達が殺し方や引きちぎる部位など、余分な私情を入れているだけなのだが。


『ここまで数がいるってことは確実に狙いすましてきたね。元帥狩り?』
「まぁな。お前達は元帥の護衛か?」
「その通りだ。元帥に手は出させない」


元帥の右手に神田、左手にマリ、正面に私という戦闘体形で、それぞれの武器を持ち、構える。


「いけるかい?」
『まぁ数だけだからね。ほとんどレベル2だし』
「私と神田で主攻撃する。フィーナはこぼれ落ちたアクマから元帥の護衛を」
『ラジャー』


私が返事をすれば、神田とマリは地をダッと蹴り、同時に飛び出していった。
アクマ達も獲物が動き出したことに興奮したのか、殺意に顔を歪めながら私達に飛びかかってくる。


「悪りぃけど、オレらの食事になってちょうだいな!」


飛び出してきたアクマ達は元帥から右手は神田、左手がマリ、そして2人から溢れ落ちて元帥に直接攻撃を仕掛けてくるアクマ達を私がそれぞれ破壊していく。
戦闘時になって思うのは、ティエドール部隊の戦い方はクロス部隊にはないスマートさがあるということだ。
神田は持ち前の高い身体能力によるスピードによって、マリは弦という多くのアクマを捕らえられるイノセンスによって、一度に多くのアクマを破壊出来る。言うならばクロス部隊は連携した攻撃が主で、ティエドール部隊は個人による攻撃が主なのだ。
どちらもそれぞれのスタイルがあっての戦い方だろうが、どちらかと言えばスピード派である私はティエドール部隊の方が性に合っている。
1人で好き勝手できるという面においても、今の状況はわりと戦いやすかったりする。


「てこずらせやがって…!」
「お前らが雑魚を抑えてないからだろ!」
「だったらテメェが抑えてろよ」


なかなか攻撃のチャンスが回ってこないアクマ達は焦れたのか、何やら揉め始めた。個々の殺人衝動が強すぎるために連携をさほど得意としないアクマ達の中ではわりとありがちなことである。
それにしても倒せないくせして私達を雑魚弱ばりするとは何とも失敬な。


「おいおい、変に言い合うのはやめろってぇ。今は元帥狩りだろぉ?」
「だけど、こいつら手強いぜ?日本によこした分だけもっと連れてこればよかったな」


今まで特に気にもしなかった会話に私は動きを止め、その方向を見る。
――日本に、よこした分…?
私は青嵐牙を持った腕を広げ、元帥を中心に回転しながら周りにいる大方のアクマを片付ける。


『神田!』
「あぁ?」


アクマの破壊の真っ最中だった神田を私はこちらへと呼び寄せる。
神田は何だと言うように、実に面倒くさそうな表情でこちらへと来る。


「どうした」
『こっち飽きた。交代しよう』
「なっ……おい!」


神田の返答を待たずに私は地を蹴ってその場から飛び上がった。
実に自分勝手な行動で申し訳ないが、交代したところでその役割を怠らなければ問題ないだろう。それがどんな形だとしても。


『おい』
「おぉう!?コイツ自分から来…むぐぅ!?」


私は無表情で青嵐牙を、ある1体のアクマに振りかざす。刃を立ててはいないが、重量のある鉄の武器を軽々と振りかざされれば、それなりの衝撃は加わっただろう。
バランスを崩して落下するアクマを私は体を降下させて追い、その状態で大きく振りかぶって青嵐牙をアクマに放り投げる。
やがて苦痛にアクマが顔を歪め、その体を貫いた青嵐牙の刃が地面にめり込んで突き刺さる。急所を外してあるため、言うならば地に貼り付けにされたのだ。


『簡単な質問だから迅速かつ簡潔に答えろ。日本にどれだけのアクマが向かった?これよりも多いの?』
「は…っこんなの目じゃないぜ!ざっと数十倍はいる!今頃江戸で暴れてるだろうなぁ」
『…ふぅん。バイバイ』


私は地に付きさせていた青嵐牙を回転させ、アクマをバラバラにする。
――日本に大量のアクマ、か。
高レベルのアクマが江戸に密集しているということは弥七から聞いていたが、まさかこの数十倍とは。
そんな危険な場所にリナリー達は飛び込んでいったのか。
向かったからにはリナリー達は決して戻ろうとはしないだろう。


『急がないとまずいな』
「ぎゃっ」


私はポツリと呟き、こちらの背を狙っていたアクマを破壊する。
足止めを食らっている暇などない。早急に日本に向かい、リナリー達と合流しなくては。
私は振り返り、次々と集まってくるアクマを片っ端から引き裂いていった。



☆★☆



全てのアクマを破壊した時にはもう日は沈みかけていた。
これから山を越すというのに、この襲撃のせいでかなり体力が削れてしまった。それは神田とマリも同じのようだ。
途中から破壊を手伝った元帥はかなり長い時間戦闘を行なったにも拘らず、涼しい顔で明らかに疲れきっている私達を見る。


「3人ともかなり疲れちゃったみたいだね。もうすぐ日も沈むし、今日のところはこれ以上動かないほうがいいかな」
『…いや、進もう』


疲労を隠しきれていない私の声に、元帥は怪訝そうな視線を向ける。
その口が開くよりも前に、私は言う。


『さっきアクマが言ってた。日本に向かったアクマはこの数十倍だって。その日本にいるクロス部隊はたった5人だ。数が見合っていない。早く合流しないと全滅するよ』
「…その通りだね。でも…」
『でも、じゃない。もし海上で戦闘していたら負傷してるかもしれない。それにクロス部隊は多くの人間を連れてる。とにかく少しでも早く…』
「落ち着きなさい」


元帥が私に一括する。いつものように、元帥の態度は冷静だ。


「早く仲間の所へ行きたいのはよく分かるけど、焦っても仕方がないよ」
『でも…』
「もう日が暮れる。下手に動いてまた足止めを食らったら、それこそキミが会いたい仲間の元へ行くのは困難になるよ。今は耐えなさい」
『………』


私はギリッ…と歯を鳴らし、頷く。
たしかに焦っても仕方がない。慎重に、確実に日本に向かうのが一番無難な手段だ。
元帥は満足そうに微笑み、私達を近くの崖に空いた穴まで誘導した。
一夜一休みするにはいい場所だ。


「さて、キミも大分疲れてるでしょ。少し眠るといいよ」
『いや、いい。襲撃がないとも限らないし…』
「襲撃があったとしてもすぐにキミなら飛び起きるでしょ。一番疲れてるようにも見えるし、休んだほうがいいよ」
「私達もいる。心配しなくていい」
「ガタガタな奴が起きてても邪魔だ。寝てろ」
『……ありがと』


3人がいるから、恐らく大丈夫だろう。とことん苦手だった集団行動だが、襲撃に怯えながら眠らなくてもいいのは心強い。
私は横になり、ゆっくりと目を閉じる。途端に疲労と睡魔に襲ってきた。


「おやすみ」


元帥の声を最後に、私は静かに眠りについた。





第79夜end…



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