長編 | ナノ

 第???夜 新たな居場所



私はふかふかの布団の中で寝返りを打つ。気持ちがいい。
布団のいい匂いに心地よさを感じ、深く顔を埋める。


『天国みたいだ…』
「さっきからそればかりね。布団で眠ることは少ないの?」
『わりとね。でもまぁご飯食べられればいいんだけど』


あら、と言ってノエルは笑い、つられて私も笑う。
ノエルの家にはノエル専用のベッドと、さらに組立式の予備が1つだけあった。
ノエルとザシャの言葉と、何よりも元帥の威圧感によりやむ無くここに泊まることになったため、こうやってふかふかのベッドにありつけることが出来ている。
ただ本人のベッドを陣取ってしまっているのは非常に申し訳がない。私の方が予備を使うと言っても、ノエルは頑なにそれを拒否し、遠慮することを説教されたのだ。
どこからも感じられるノエルの優しさに思わず笑みが零れる。
ちなみに男子共は揃って他の民宿の者達に世話になっている。
元帥が来た時点で色々事情を聞かれるのかと思ったが、今日はもう遅いということでそれは明日に持ち越しになった。


「フィーナは食べることが好きなの?」
『そう。美味しいもの本当に好き。好き嫌いはないよ』
「ふふっ…そうなの。私も食べることは好きよ。でも作る方が多いかな。陛下の食事はシェフと私の2人で作ってるから」
『ノエルの料理かぁ………食べたい』
「明日の朝、作ってあげるわ。お仲間の方とザシャも呼んで一緒に食べましょう」


ノエルの声が少し明るくなる。ノエルの料理を楽しみにしているのは私だが、ノエルはもっと明日が楽しみのようだ。
私は思わず口元が緩んでしまう。


『ザシャのこと、好き?』
「えっ?」


ノエルが珍しく動揺したような声を出し、その反応の可愛さに私は思わず笑ってしまう。


『だって一緒にいる時楽しそうなんだもん。好きなのかな、って』
「唐突ね…そんなこと聞かれても困るわ」
『お似合いだと思うよ。美男美女』
「あっちが美男なのは認めるけど、私は美女なんかじゃないわ。こんな固い性格だから男の人も近寄りがたいみたいなの。私、誰よりもモテないのよ」


どうやらノエルはとんだ勘違いをしているようだ。男の人が近寄りがたいのは確かにその品格のせいもあるのだろうが、何よりもノエルが美人すぎるからのはずだ。こんな美人がモテないはずがないだろう。


「そういうフィーナはどうなの?恋とかはしてない?」
『まぁ…初恋は。でもそれ以降はしてないよ。いるのは大事な仲間だけ』
「仲間か…神田さん達のことよね」
『うん。まだ沢山いるよ。リナリーやラビやクロウリーやブックマンや…あと、アレンって奴。アレンは一番過ごす時間が長かった。大事な大事な仲間』
「アレンさん…1度会ってみたいわ。フィーナの大事な人なんて」
『いつか紹介したいな。何処となく性格が彼女そっくりなの。本当に優しいし、紳士なんだから』
「機会があったら紹介してね。約束よ」
『うん……』
「あら、眠いのかしら?」
『ごめん…言ってなかったけど、私幼児体質だからすぐに眠くなっちゃうの』
「いいのよ。その方が体にもいいわ」


ノエルは体を少し起こし、電気を消す。


「それじゃ、お休みなさい」
『お休みー…』


私は目を閉じる。
渓谷に吹き抜ける夜風が耳を打つ音を心地よく感じながら、私は静かに眠りについた。



☆★☆



あっという間に朝日は登ってしまった。
完全に身に付いた生活習慣のせいで、何の支障もなく私は目覚める。
それからザシャと仲間の3人をノエルの家に呼び、朝ごはんをご馳走になった。


『おいしい…!!何これ、本当に美味しい!!』


あまりの美味しさに感激し、たくさん食べる様を神田はいつもことだと呆れ顔、初めて見る元帥とマリとザシャは少し呆気にとられた顔、料理を作ってくれたノエルは本当に嬉しそうな顔をだった。
この美味しさは本当にすごい。ジェリーやズゥとのコラボレーションを実現したらアレンもびっくりの奇跡の料理が出来ることだろう。


「さて、我々はもう出発しなくてはね」


丁重に朝食と泊めてくれたことに対する礼を良い、私達は早速出発することになった。日本へ向かうのだ、早いところ港に到着しなければリナリー達と合流することが出来ない。
私達は外へと出る。


「本当にどうもありがとうございました。どうぞ陛下によろしくお伝えください」


丁寧なマリの礼を受け、ノエルとザシャは手を胸に当て、同時に頭を下げる。


「「我が国王の歓迎の下、いつでもお待ちしております」」


神田はいつも通りの仏頂面、元帥とマリは快く笑みを浮かべ、踵を返す。


「それじゃ、フィーナ。僕らは向こうでまってるね」
「早く来い。グズグズするなよ」
『……ありがと』


私がお別れをしたいのをちゃんと分かってくれていたようだ。
3人が向こうの方へ歩いていくのを確認した後、私は2人に向き直る。
見ると2人は先程までとは打って変わって寂しそうな顔をしていた。


「…もっといられたらよかったのに。一緒に暮らせたらいいなって思うぐらいだわ」
『……私も…もっと一緒にいたかった』


何だかこちらまで寂しくなってきた。故郷に関わる繋がりなど、とうの昔に断ち切られてしまったと思っていたから。
だが故郷の…彼女の繋がりを見つけることが出来た。
繋がれたこの2人は、心から私との出会いを喜んでくれた。戦力などとは関係なく、最初から私の存在自体を必要とし、受け入れてくれたのはこの2人だけだった。
出会ってまだ1日しか経っていないが、2人は私の大事な人だ。一緒に暮らすことを、夢見てしまうくらい大事な人だ。
私は息を吐き、ノエルに抱きつく。


「…フィーナ?」


ノエルは少し驚いているようだった。
私は昨日も感じたノエルの温もりを再び感じる。そして思う。


『別れたくないなぁ…』


別れたくない、と何の抵抗もなく思ってしまう。離れてしまっている間にこの繋がりが切れてしまったら、と思ってしまう。
そんな不安に駆られる様子の私をどう思ったのか、ノエルはしばらく黙ったままだった。
だが不意に笑ったような声を漏らし、ノエルは私の頭を撫でてきた。


「大丈夫よ。また会えるから。ほんの少し離れるだけ。任務が落ち着いたらでいいから、また遊びに来て。あと1ヶ月ぐらい私達はここにいるから」
「いつでも待ってるからな。また美味いもの食べさせてやるよ」
『ノエル、ザシャ…』
「あなたはやっと私達の不安を終わらせてくれたの。もしかしたらティアナはまだ何処かで苦しんでるんじゃないかって、心のどこかでずっと感じてた。だけど、あなたの話を聞いてやっと彼女の死に確信が持てた。楽になったことが分かって、ほっとしたわ」


あなたと話した時、やっと彼女を悼んで泣くことができたのよ。
ノエルは優しい口調で言う。


「私達は大事な妹を失ったけれど、あなたという繋がりが出来て嬉しかったわ。フィーナ」
『………』
「ありがとう。あなたはあの子何んら変わりない、私たちの大事な人。大事な家族」


ノエルは強く私を抱きしめてきた。
私はしばらく硬直していた。
――か…ぞく…?
家族。その言葉がとても大きく響いてきた。
家族など、私には絶対に恵まれないものだった。これからもそうだと思っていた。
だが、この2人は家族になってくれる。何の躊躇いもなく血の繋がりのない私の存在を受け入れてくれる。
醜い聖戦に全く関係のない、ただ普通の繋がり。そんなもの、戦力を代価にしない通常の幸せなど、手に入らないと思っていたのに。
――家族に…なってくれるの…?
私は視界が歪みかけるのを感じた。いけないと思い、何とかそれを押さえ込む。
だが溢れ出てくる喜びだけはどうしても抑えられなかった。
私はノエルに強く抱きつき、顔を伏せる。


『………姉…さん』
「!!」


ノエルが驚くが分かった。
私は顔を上げ、自分よりも背が高いノエルの顔を見つめる。


『ノエル姉さん』
「フィーナ…」


私はノエルから体を離し、クルッとザシャに抱きつく。


『ザシャ兄さん』
「…お前……」
『2人とはまだ家族になれない。私にはやらなければならない事があるから、まだ家族にはなれない。だけど2人共大好き。2人共、私の大事な繋がり。大事な姉さんと兄さん』


血の繋がりなどどうでもいい。繋がった理由が重要なのだ。
2人は彼女という妹を失った。代わりになれるとは言わない。ただ、過去に空いた共通の穴を一緒に埋めていきたい。
2人は彼女と私は何ら変わりないと言ってくれた。両方大切だと思ってくれた。だったら私が妹になればいい。2人が、私の姉と兄になればいい。
2人はしばらく固まっていたが、やがて明るく笑い出した。


「そっか。あなたにもこんな無邪気なところがあるのね」
「今度の妹もなかなか可愛いな。連絡なんていらないからいつでも遊びに来い」
『…待っててくれる?』
「ああ。ずっと待っていてやる」
「家族になれるその時まで、ずっと待ってるわ」


ありがとう、私はそう言って笑い、2人を渓谷の天辺まで引っ張っていく。


『姉さん、歌おうよ。彼女の歌』
「え?」
『一緒に歌おう。彼女が歌ったこの場所で、2人で歌おう』
「歌?私はいいけど…お仲間さんが心配するんじゃない…?」


うーん…と私は唸る。


『姉妹水入らずなんだし、ちょっとぐらい大目に見てくれるよ!』
「あの子とはまた違った無邪気さね。いいわ、歌いましょう」


私達は渓谷の先端に立つ。
彼女が歌ったこの場所で、ノエルと初めて出会った場所で、私達は風を受けながら立ち、そして息を吸い込む。
私達の視線が1度合う。目を閉じる。


『「Finden Sie einen Schmetterling im Himmel des Sternenlichtes…」』


歌声が、重なる。新しい旋律が生まれる。
メロディーが風に乗せられ、運ばれる。
私達は渓谷に向かって歌い続ける。
途中で綺麗な笛の音が重なる。ザシャが吹いているものだった。
私達3人は1度目を合わせ、そして各々の音を響かせる。
彼女の歌だ。


――星明かりの天国で 蝶を見つけなさい
満月の光に照らされる大地を見つけたら 沈黙の丘にたどり着く
その地で何も思わず さあ祈りなさい
未来を見据えないで 
今だけを求めて さあ呪(まじな)うのです

熱い氷柱を携えて、少女は丘の上へと辿り着く
少女は遥か遠くを見つめ 歌を聴いたのです
黒い光と白い闇の狭間で少女は歌を聴いたのです
孤独を嘆く 神の赤子の歌を

ああ 私が叶えてもらう願いとは何だっただろう
私を取り巻く無限の愛はすぐそこに
もう孤独を嘆かない 代わりに祈ろう
果てない愛の永遠を
未来を恐れず 終わりない大地を踏むことを――


私達は目を開け、お互いを見る。
新しい歌の誕生の喜びが、私と同じ喜びが2人からも伝わってきた。
私は2人に体を向け、1歩2歩と後ろへ下がる。


『本当にありがとう。この任務が終わってやることを終えてから、また来るからね』
「ええ。待ってるわ」
「食べすぎには注意しろよ」
『尽力します』


私は笑い、バック宙で渓谷の崖を飛び降りる。
地面が近づく前に私の体は何かに引っかかる。マリの弦を準備してもらっていたのだ。
私は弦を滑っていき、どんどん向こうの下へと降りていく。行き着いたのは当たり前のように待っている3人のところだ。


「おかえり。お別れは出来たかい?綺麗な歌が聞こえてきたけど」
『うん、お陰様で』
「じゃあ出発しようか」


元帥を先頭に私達は歩き出す。


『あ、そうだ』


私が立ち止まり、皆が振り向く。


「どうかしたかい?」


元帥が問いかける。私は少し迷った末に、頭を下げた。


『色々すいませんでした』


神田とマリは目を丸くする。
元帥はしばらく黙っていたが、


「はて、何のことかな?」


しらばっくれた末に先に行ってしまった。
拍子抜けしながら顔を上げる。同時にこちらに振り向く元帥は、相変わらず微笑んでいた。





第??夜end…



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