長編 | ナノ

 第???夜 迎えた乱入者



「フィーナ!!」


私に向かって勢い良く木製の扉が吹っ飛んでくる。
避けるのは可能だったが、そうなれば2人に危害が及ぶ恐れがあるため、ここは人命優先の措置を取ったほうが良さそうだ。
そう判断するや否や、私は今まで座っていたテーブルに手をかけ、体を空中に浮かせる。


『正面』


私は呟き、それに続いてバコンッ!!と鈍い音が家に響き渡る。
同時に扉は来た方向を逆戻りし、まるでビデオの巻き戻しを行なっているかのようだ。
だが次の瞬間、扉が鋭い刃物によって貫かれ、静止した映像は過去にはない。
やはり現在進行形で起こっている出来事なのか、と実感させられること数秒。
土煙を身にまといながら、そいつは目の前に現れた。


「探したぞ。手間かけさせやがって…」


ここまで敵にしては手ぬるく、かつ味方にしては横暴な手段で乗り込んでくる私の知り合いといったらまず1人だ。
予想外と言ったら嘘になるが、想定していたと言うには気配も察知出来ず、扉を蹴破られたという事実は少し屈辱的である。
何にしてももう少し静かに入って来られないものなのか。


『使徒といえども一般人に何でもしていいわけじゃないんだ。乱暴な手段は控えろ』


いつもアレンに言われている言葉を神田に言う。
もちろん神田が首を縦に振るはずもない。鼻を鳴らすなり、私の腕を掴み、引っ張る。


「こいつが世話になった。――帰るぞ。元帥とマリも探してんだ」
『ちょ…待…っ』


神田は問答無用というようにどんどん引っ張っていく。本当に存在を認識されているのかすら疑わしいほど、私の意見に耳すら傾けてもらえない。いい加減キレようかと自分の中で思案する。
そこで私の手首がノエルに掴まれた。


『ノエル…!』
「フィーナを放してください。身柄を預かっていた我々に状況も理由も話されずに無理矢理扉を蹴破って入られるのはあまりに無礼講ではありませんか?」


綺麗な英語だった。やはりちゃんと話せるようだ。


「悪いが、説明してるヒマはない。金ならここに請求してくれ」


神田はピシャリと切り捨てる。
1枚の紙切れを机におき、私を引っ張って再び歩き出す。
ここまで他人に対していい加減な態度をとる奴でもないのだが、さすがにいきなり行方を晦ますという手段はまずかったのだろう。反省するべきことだが、ここで大人しく返されるわけにもいかない。
何とか説得すべく神田の腕を振り解こうとする。
刹那、その腕は振りほどこうとする前に自然に離れることとなった。


『え…?』


何が起きたか、分からなかった。
突然黒い何かが数回視界を横切ったかと思うと、いつの間にか神田の手が私から離れていた。
私は振り返る。
私の視線の先には神田の首筋に刃物を突き付けるノエルの姿があった。
――はぁっ!!?
ノエルと目を合わせる神田の顔が険しくなり、神田の右手が刀に伸びる。
それを察知したかのように私の視界の脇から再び黒い影が瞬時に移動する。
気づけば神田の手首には短刀が、背中には長刀が突きつけられていた。
2本とも、ザシャが腕を交差させて繰り出したものだった。


『2人共…!?』


何故ノエルとザシャが刃物を所持しているのだ。
いや、その前にいつの間にそこまで神田に接近していたのだ。どうやったのだ。
浮かぶ疑問に頭を困惑させる私を、状況はどんどんと置いていく。


「…その服、黒の教団の方ですね。お噂は聞いております。聖務の遂行、御苦労様です」


ノエルは心の底から敬意を払うかのように俯いて言う。
それにザシャが続ける。


「過去に我が国を助けていただいた恩もあり、陛下も貴方方に協力することをお望みです。しかしながら、休暇中の私共にも与えられている任務がございます」


ザシャは顔を上げ、神田を鋭く見据える。


「“我が国を許可なく踏み荒らすものには、容赦するな。見つけ次第、制裁を下せ”と」
「テメェら…」
「ここにおられる限り、彼女の身も…そしてあなたも、我が国王の命に行使されねばなりません。ご無礼を承知でお願いいたします。どうか、お静まりくださいませ」


ノエルとザシャは同時に頭を下げる。
その様子に流石の神田も何も言えなくなってしまったのだろう、押し黙り、終いに刀を鞘に収めてしまった。私ですら呆ける光景なのだ、無理もないと言えば無理もない。


「「感謝いたします」」


2人は同時に言い、武器を下げ、それらをしまう。その言葉と動作は気味の悪いほど揃いきっており、また慣れているかのようだった。
2人は何事もなかったかのように私の方に振り返り、安堵した表情になる。


「フィーナ、1度4人で話そうぜ」
「そうね。まず状況を整えましょう」


2人の提案に私は数秒開け、首を縦に振る。
未だに状況におい付いていけない自分の頭を整理するには、やはり話し合わなければならないのだろう。
――それに知りたいこともある。
私は複雑な思いを巡らせながら、1人の狼を沈めた者達を見る。
――この二人は、一体何者なのかということを。



☆★☆



『中国皇帝・皇后の護衛ぇ!?』
「ええ。立場上、命を狙われることがとても多い方々なの。だから午後の12時間、私達2人で護衛を担当しているの。午前はまた別の2人」
『そっか…どうりで…』


ノエルの上品な態度と鋭敏な観察力の謎がこれで解けた。どちらも皇帝・皇后様とやらのそばに仕える身として身につけておかなければならないものなのだろう。
今思えば、この2人の言葉の綺麗さはあまりにも上階級のものだった。


『にしてもさっきは驚いた…だって、ノエルが戦闘向きなんて思わないもん』
「私だって自分が戦いに向いているとは思っていないわ。だけど気まぐれで始めた訓練がザシャと競争するうちに、いつの間にか誰かを守れるくらい上達していたの。こんな仕事に就くなんて子供の頃は思いもしなかった」
「この前なんて薬物で半狂乱になった男を力尽くで押さえ込んだんだぜ?刃物持ってたり時には銃持っていたり…随分と野蛮な仕事だ」
「それでもやりがいを感じていられるから、私達は続けているの。忠誠心・服従心を忘れずにね」


2人は顔を見合わせて笑う。
それを見て思う。この2人にある繋がりは、自分が想像している以上に強いということを。それお互いの命を預けている仕事を共にやっているからこそだろう。


「それよりも私はフィーナが黒の教団の人だったということに驚いたわ」
「そうだな。黒の教団ってオレ達の間じゃわりと有名だぜ?よく入れたもんだな」
『いやぁ…』


元々入団は合意の上ではなかったのだが。


「フィーナがあんなに身軽だったなんてな。扉蹴り返すとかありえないだろ」


私達は同時に即席で作った扉を見、苦笑する。


『こんなことなら先に言っておけばよかったね。ちょっとごたごたあって、今はエクソシストやってるの。こっちはこっちで大変なんだよ』


私の言葉にノエルはほんの少し顔をしかめる。
ゴタゴタという言葉に引っ掛かりを覚えたのかもしれなかった。


「おい。そろそろワケを話してもらおうか。こっちはこっちで都合があるんだ」
「ああ、そうだった。悪いな」
『…っていうか、何て説明すればいいのか…』
「私が説明するわ。神田さんもその方が納得するでしょう」


ノエルとザシャの神田に対する態度は一変している。皇帝に仕える者としての対応でなければ、言葉遣いは大して気にしないようだ。
ノエルは私の頭に優しく手を置く。


「この子、私の歌を聴きに来てくれたみたいで、話してるうちに仲良くなったのよ。何だか妹みたいに思えて返すのが惜しくなってしまったの。心配かけてごめんなさい」


ノエルは彼女のことを話さない。話されたくないという都合を知っているからだろうが、わざわざ気遣ってくれたことに感謝する。
ノエルの言い分に、神田は釈然としない表情だ。


「分からんな。じゃあ何であの場で俺達を振り切ったんだ?てっきり逃げたかと思ったがな」
「逃げた…?」


ノエルは怪訝そうに私を見る。
――まずい。
私は少し慌てるが、表情に出さないように努める。


『勝手なことをしたのは謝る。だけど私はただ1人で歌を聴きたかった、それだけのことだよ。それ以上の理由なんかない』
「どうだかな」


納得したのかどうかは分からないが、取り敢えず神田はそれ以上言及したりはしてこなかった。
ノエルとザシャには黒の教団にいることは明かしたが、彼女の死の原因については明かしてない。彼女にとって肉親同然である2人には彼女の最後のことをちゃんと話すべきなのだろうが、今の私にはそれはできない。
今の私は、教団側の人間でもあるのだ。
もし彼女の死の原因が教団にあるということを2人が知れば、その教団側についている私のことを正気かと疑うことだろう。引き戻そうとするだろう。
だが私はしっかり正気なのだ。教団での時間を大切に思うという気持ちに嘘はない。
だからこそ私は誰にも邪魔されることなく自分の意思でこれからを決断しなくてはならないのだ。その決断が降るまでは、2人には何も話せない。
傲慢すぎるとは思っているが、これだけは仕方がないのだ。


『…さて、話すことは全部話した。私はこれでお暇するよ』


私はそう言って立ち上がる。
それにノエルとザシャは険しい顔だ。


「……他の2人のお仲間は?近くにいるの?」
「すぐそばでこいつのことを探してる。だから急いでるんだ」
「急ぐも何も、もう夜だぞ?泊まるあては?」
『いや、野宿のつもりだったんだけど…』
「だったらここの民家に泊まっていくといい。4人なら余裕で泊めてやれる」
「そうね。そうするといいわ」
『でも悪いよ。別に野宿なんて慣れてるし…』
「この渓谷は夜になると月も余裕に隠れる。有害な動物も出現しやすくなるし、先にある分かれ道を藪から棒に進めば何れ迷う。この土地に何年も居る俺達からの警告だ。聞いた方が身のためだぞ」


私は腕を組んでどうしようかと考える。
その言葉に甘えるのもありだろうか、と神田に相談しようとするが、その前に神田は口を開く。


「俺達は先を急ぐんだ。こいつを預かってもらったことは感謝するがこれ以上は世話になるつもりは無…」


神田の言葉が途切れる。
怪訝に思って神田を見れば、神田は背後から自身の肩を掴むものを、忌々しげに見つめていた。
それは、ノエルの手だ。
――また使った…!!


「ここに泊まった方がそちらの都合も早く済むはずだわ。今進むよりも確実にね」


ノエルは微笑を浮かべ、淡々と続ける。


「何より私達はフィーナの安全が気がかりで仕方がないの。彼女は女の子よ?少しは安全に体を休める手段をとってあげた方がいいわ」


余計なお世話だ、とでも言いたそうにノエルの目を神田はギロリと睨む。
ノエルも全く同じように神田を睨む。
バチバチと火花の散りそうな殺気のぶつかり合いに私は思わず後ずさる。


《うーん…それはそうかもしれないね》


いきなり聞こえた声にその場にいる全員の肩が跳ね上がる。
尤も、私が肩を跳ね上げたのはその声が聞き慣れ、かつ明確に私への殺気を孕んでいたからだったのだが。
その声は神田の胸元から発せられたものだった。


「………忘れてた」


神田は団服の中からゴーレムを取り出す。
どうやらそれは通信状態のまま放置されていたようだった。


《取り敢えず話は聞かせてもらったよ。いやー、フィーナが見つかってよかったよかった。見つからなかったらどういう手段で引きずり出そうかと考えてたんだ。いやー、本当に安心したよ》
『「「「…………」」」』


ゴーレム越しに聞こえる陽気な笑い声に私達は一斉に沈黙する。
寒気というか怖気というか、今更ながらそんなものが湧いてきた。神田が私を見つけてくれてよかった、と心の底から思う。
やがてゴーレムから笑い声が途絶える。
そして、さて、と元帥が話題を切り替えた。


《泊めていただけるようだね?お言葉に甘えるとしようじゃないか》





第??夜end…



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