長編 | ナノ

 第???夜 赦しと繋がり



「まず、この写真を見て」


ノエルは小さなアルバムの中から1枚の写真を取り出し、テーブルの上に置く。
そこには私よりもわずかに年下くらいであろう女の子が写っていた。髪は、白色だ。


『これ、もしかして…』
「えぇ、私よ」


私は思わず写真を手に取り、そこに映る少女に見入る。
写真の中のノエルは、今のノエルとは全く異なっていた。少女の白くて長い髪には癖があり、頭には黒いリボンがシンプルにつけられているだけだ。着ている服も黒い肩紐のついた白い洋服だし、何よりもその表情が、暗い。まるで明日に絶望しているかのような、何の夢も希望も持っていないような表情だった。


「私ね、両親が亡くなったことが本当にショックだったの。同時に大事な人が2人共天国に行ってしまうなんて考えられなかったから…。2人がいなくなってから、毎日が苦痛だった。毎日泣いたわ」


当時のことを思い出したのか、ノエルは少し辛そうな顔になる。


「ここに引き取られても、それは変わらなかった。おばさんは本当に優しくしてくれたけど、どう接していいかなんて分からなかったわ。私には両親が全てだったから。何とか私を笑わそうとして撮られたのが、この写真だった」


私から写真を受け取り、ノエルは自嘲気味に笑う。


「本当に暗い顔ね…これが3年も続いたの。3年間、私は誰にも心を開くことなく、この場所でただ息をするだけの生活をしていたわ。もう死んでもいいとすら思った。そんな時ね、私が9歳になった時、ある人たちがここに尋ねてきたの」


ノエルは写真をしまい、私をじっと見つめる。


「風の使者…そう名乗った人達がね」


目を見開く私を、ノエルは優しい瞳で見据える。


「私は外の出来事なんて興味なかったし、おばさんも私に気を使ってくれていたみたいで知らなかったんだけれど、当時この近くの2つの都市が当時、争いを起こしていたの。もうすぐ戦争になるって言われたわ」


争い。戦争。この言葉を聞いてつながった気がした。
――……そういう、ことか…。
私はフッと笑い、ノエルを見る。


『…それを止めに来たんだよね。その人達は』
「そう。厳粛な顔をした方達ばかりで、とても怖かったのを今でも覚えているわ。でもそんな人達の中に紛れて見つけたの。私よりも幼い女の子が、自分の体よりも大きな武器を持って、一生懸命大人の人の話を聞いているのを」


本当に懐かしいわ。
ノエルは目を閉じて言う。


「その人達がここに来たのは、私達に万が一、戦禍が及ぶようなことがあったら護衛するという報告をするためだったの。そういうことだったら、ってこの民家に住む人達はその人達に出来る限りの支援をすることに決め、民家をしばらくの宿屋としてその人達に貸与することにしたの。もちろん私たちと同居で、だけど」
『その程度の戦争に送り込まれる使者の数はおおよそ4、5人。民家の数は十分だったんだ』
「そうよ。使者の方1家1人、お泊めすることを民家の皆が話し合って決めたの。そこで私の住むおばさんの家に泊めることになったのが、彼女よ」


ノエルはニコッと笑う。


「あの子はいつだって明るかったわ。お仕事から帰ると、よくおばさんの手伝いもしていた。だけどその姿が過去の私と両親と重なって、とても辛かった。だから私は散々彼女のことを避けたわ。話しかけられてもとことん無視。それでも…」
『ぶち当たり続けたわけだ』
「えぇ。ある時、無理矢理腕を掴まれて言われたわ。「何でそんなに辛そうなの?笑ってないと幸せはやってこないよ?」って。私は思わず大きな声で言い返したわ。「あなたには何もわからないわよ。どうせ幸せなんて二度とやってこない」って」


ノエルは目を瞑り、過去を鮮明に思い出しているようだった。


「次の日の朝、彼女の姿は家の中にはなかった。彼女は出て行った、そのことに安堵するのと同時にとてつもない罪悪感がのしかかった。だけどその時、外から声が聞こえてきた。渓谷中に響く、とても綺麗な歌声が」


ノエルは目を開け、窓の外を見る。


「彼女は渓谷の天辺で歌っていた。さっきの歌を。朝日を浴びながら、鳥と楽しそうに戯れながら、さっきの歌をいつもの笑顔で歌っていたわ。私は知らない間に泣いていた」
『………』
「彼女と打ち解け合ったのはそれからよ。戦争を止めるのに戦力は必要ないと大人の使者人達が判断したみたいで、言葉での交渉はそれなりに時間がかかったの。その1ヶ月間、私達は時間が許す限り一緒にいたわ。徐々に私は笑えるようになって、気づけば両親と居た時みたいに明るく誰とも接することができるようになっていた」


ノエルはもう一度、過去の自身の写真を見る。


「その時の私にはこの写真は本当に自分なのかって疑ってしまうほどだったわ。それくらい彼女と過ごす時間は笑いが絶えなかった。彼女が私を変えてくれたの」


ノエルは笑みを浮かべる。それは本当に、写真の中のノエルとは比べものにならないくらい明るく、優しい笑みだった。


「争いの全てが片付いて、とうとう彼女は帰っていくことになったわ。お別れの時、彼女は誰にも聞こえないように私をこう呼んだのよ「お姉ちゃん」……って。私のこと、本当の姉だと思っていてくれていたみたいなの。私も本当の妹のようにずっと感じていた」
『妹…』
「えぇ…。私達はお互いを姉妹だと思って生きることを約束した。血が繋がっていなくても、もう会えなくても、ずっと本当の姉妹だよって。だから彼女は今でも、私の大事な…大事な妹なの」


ノエルは自分の膝をポンッと軽く叩く。


「これで私の話はおしまい。ちょっと短すぎたかしらね。仕事上、報告は短縮するように習慣づいてしまってるから」


これを職業病というのかしら、と言い、ノエルはそう言っておかしそうに笑みを浮かべた。
だが私には先ほどまでのように笑うことは出来なかった。
私は震えてこわばっている唇を何とか開ける。


『ノ…エル……彼女は…今…は……』
「分かっているわ。亡くなっているんでしょう?」
『…っ!!』
「誰にも内緒にしていたみたいだけどね、私達は月に1度、手紙のやりとりをしていたの。お互いの近況を知らせたり、たまに一緒に暮らす仲間のことも書いたりしたわ。だけど…別れて3年経った辺りの時、ぱったりその手紙が来なくなった」


ノエルは今まで保っていた微笑を崩し、悲しそうな顔になる。今にも泣き出しそうで、その顔は明らかに彼女の死を悟っていた。


「彼女ね…ちゃんと私に伝えていたのよ。“私から手紙がこなくなった時、多分それは、もう私がこの世に居ない時だよ”って。“それでも私はいつまででもお姉ちゃんの妹だからね”…って…っ」


ノエルの目から涙がこぼれた。
彼女がいなくなって5年。ノエルはずっと妹の死に耐えていたのだ。戦による死だと思って、ずっと妹の死に悲しみ続けていたのだ。
――だけど…


『ノ…エル…』


私は震える声で言う。


『私のせい…なんだ……私が…私のせいで…彼女は…』
「…違うわ」


ノエルはすぐに否定した。私は驚いてノエルを見る。
ノエルは涙を拭いながら、小さく笑った。


「手紙に、書いてあったもの」


ノエルは立ち上がり、近くの引き出しを開ける。
中からとても古びた封筒を取り出し、さらにその中から1枚の紙を抜き取って、私に手渡した。


『これ…』
「彼女の手紙よ。あなたのことについて書かれた1枚。読んでみて」


私は恐る恐る折りたたまれた手紙を開く。手紙には彼女の言葉で、不格好な文字で彼女の思いが綴られていた。
私が目で文字を追うのと同時に、ノエルが目を瞑って言う。


「私が死ぬ時はね、絶対にフィーナを守った時。
フィーナはたくさん私を守ってくれたから、私は命をかけてフィーナを守るんだ。
私がどんな死に方をしてもフィーナはきっと自分を責めるだろうから、お姉ちゃんがいつか伝えてあげて…」


私は声を出して読み上げる。



『「フィーナのせいじゃないんだよ。フィーナは悪くないんだよ…って…」』



私は震える手で手紙の端を握り締め、歯を食いしばる。
泣いてはいけない。涙をこらえながら、私は体をくずおる。


『………ずっと…っ』


私は何かが溢れてくるのを必死に抑える。


『…ずっと、思ってたの。私が殺したって…私のせいだったんだって…』
「…そう……」
『でも…違うって言ってくれた…否定してもらえたんだ…っ』


何よりも言って欲しかった言葉を、誰よりも言って欲しかった人の言葉を聞けた。
ずっと背負っていた肩の荷が降りた気がした。背負うものが、一つ減った気がした。


『ティアナ…っ』


私は彼女の名を呼び、手紙を握り締める。
ノエルは立ち上がり、震える私の肩に優しく両手を置いてくれた。
もう、背負わなくて済む。自分が背負うべき一番の罪から解放されたのだ。赦されることで、解放されたのだ。


「…よかったわね、フィーナ」


ノエルは微笑みながら言い、私のことを抱きしめる。
私は頷いた。暖かいぬくもりの中で何度も、何度も頷いた。
私はしばらくノエルに体を預け、彼女のことを思って目を瞑っていた。
気持ちが落ち着き、立ち上がったとき、もう日が傾いていた。



☆★☆



「ごめんな。こんな貧相なものしかなくて…」
『とんでもない。本当に美味しい』


私は自分のグラタンをパクッと口に運びながら言う。
只今夕食中。他人がいきなり一家の夕食にお邪魔するのはあまりにも厚かましいと思ったので遠慮したところ、何とノエルの幼馴染の男が夕食をノエルの家まで持ってきてくれたのだ。
どこまで優しいのか、と本当に思う。ノエルもいい男を捕まえたものだ。


「そう言えば名前聞いてなかったな。何て言うんだ?年は?」
『フィーナ・アルノルト。15歳。あなたは?』
「オレはザシャ。ザシャ・ハイン。ノエルと同い年。よろしくな」
『よろしく。ザシャってドイツの名前だよね。ドイツ人なの?』
「あぁ。だからノエルも合わせてくれて俺達の会話は常にドイツ語さ。まぁ一応、俺の方も英語と中国語は話せるけど。使い分けが面倒だな」
『え…中国にいるんだから中国語は話せるだろうけど、何で英語?』
「万国共通の英語での会話は国際的な交流手段の1つだろ?王宮に仕える奴は話せないとやっていけないのさ」
「そうね。――そういえば言っていなかったわ。私達、同じところで働いてるの。働いている役職も時間も場所も休暇も皆、同じ」
『…ビックリだね。だからそんなに仲がいいんだ…』


私の言葉を聞き、2人は同時に笑う。


「ふふ…仲がいいですって、ザシャ?」
「お前、こいつの昔の頃知ってるか?オレら、しょっちゅう喧嘩してたんだぜ。普段は口数少なかったくせに、オレが話しかけると「無神経ね!私に話しかけないで!何であなたっていつもそうなの!?」って説教されたんだ」


ザシャの言いように私は思わず吹き出す。
今のノエルからはとても想像できない一面だ。本当に変わったということなのだろう。
だが口数の少ないノエルが説教できるほどザシャに心を開いていたということでもある。やはりこの2人は昔から、それなりにお互いのことを思っていたようだ。


「そんなこいつが変わったのはあの子が来てからさ。凄くいい子だったな」
『……そっか。ザシャも会ってるんだよね』


ザシャは頷く。
一応、ザシャはノエルから彼女の訃報を聞いているようだった。


「よく一緒に遊ばせてもらったよ。たった1ヶ月だったけど、あれだけ楽しい時間は初めてだったな」
「ザシャもあの子とは本当に仲がよかったものね。お別れの時、彼のこともおふざけで「ザシャお兄ちゃん」って呼んだのよ。ザシャ、本当に喜んだんだから」
「だって新しい妹ができたら嬉しいだろ?もう一度呼んで欲しかったな…」


妙にしんみりとした雰囲気になる。
そこでノエルがザシャ、と呼びかける。
ザシャはハッとしたように私を見る。


「ごめん…つい懐かしくて…」
『ああ、私のことは気にしなくていいよ。そっか…彼女を覚えてた人が2人もいたんだね』


初めて知ったことだったが、案外ショックではなかった。
私に黙っていたことは仕方の無いことだったし、何よりも彼女との繋がりを今、こうやって感じられることが嬉しいのだ。
私は2人を見、笑みを浮かべる。


『彼女を大切にしてくれてありがとう。2人のこと、最後まで忘れていなかったと思う。宿命を終えられたなら、きっと2人と暮らす道を選択したと思う。それだけザシャとノエルの存在は彼女の中で大きかったんだよ』
「フィーナ…」


彼女は外界にこんなにも自分を思ってくれる存在を感じていた。それは何よりの幸せだっただろう。自分を求められていることに幸せを感じていただろう。
彼女を大切にしてくれた人達は、私が大切にするべき人達だ。
2人は私の笑みを嬉しそうで、でもすぐにでも泣き出しそうな顔で見つめる。
ノエルがやっとのことで言葉を発しようと口を開く。
刹那――、ドゴオォ!!と派手な破壊音を立て、ノエルの家の戸が破壊された。





第??夜end…



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