長編 | ナノ

 第???夜 和解



私は歌い終わり、一息つくと、隣の女と目を合わせる。


『挨拶が遅れました。初めまして』


私は小さく笑みを浮かべて挨拶するが、女は驚いた顔のままで何も言わない。
怪訝に思い、私は首をかしげる。


『あれ?えぇと…ドイツ語でいいのかな?この歌、ドイツ語だったから』
「え、ええ…」
『よかった。知ってる言葉、全部試さなきゃならなくところでした』


私は愛想良く、ニコッと笑ってみせる。
じっくり見ると女はかなりの美人だった。年齢は…20歳くらいだろうか。
白い髪を団子風に上にまとめて先を下ろしている、落ち着いた柄の着物を羽織った女だ。
思わず見とれてしまうくらいで、綺麗としか言いようのない。
木の実を象った赤い髪飾りが印象的で、白い髪をより鮮やかに見せている。


「…あなたは?」
『怪しい物ではないですよ。綺麗な歌声に魅せられてノコノコやってきた、ただの生意気なお子様です』


私の言葉に女は一層不思議な顔をする。


「珍しいわ…こんなところに人が来るなんて。大分歩いてきたんじゃない?」
『そりゃもう。夜明けに最寄りの街を出てきたんです。あなたのお名前は?』
「ノエルよ。ノエル・イーリー。22歳」
『え…あの、英国出身の方ですか?』
「ふふ…そうよね。皆、最初は驚くわ」


ノエルは小さく笑う。その笑いは少し控えめで、ノエルの品の良さを感じられた。


「居る国は中国。歌っている歌の歌詞はドイツ語で、着ているものは何故か和風の着物。おまけに名前まで別の国だったら流石に驚くわよね」
『ちょっとビックリです。結局何処なんですか?』
「名前のとおり、英国よ。でも母は日本人なの。おかげで白髪なのに目も黒くて、和服もそれなりに合ってるの。歌がドイツ語なのはたまたまよ。この歌が好きなの」
『やっぱりハーフですか。凄く綺麗な色ですよね』
「あら。そう言うあなたも綺麗な目と髪をしているわ。でもその色は珍しいわね…」
『半世紀に一度に生まれるか生まれないかの、少し特別な掛け合わせらしいです。群青色って言うらしくて…あまり好きではないんですけど』
「私も同じ。外見が特徴的だと大変よね。皆からは羨ましいって言われるけれど、自分だとその良さもよく分からないわ」
『全くです』


私達はお互いの顔を見合わせ、笑った。私の笑いは、偽りだけれども。
私はノエルから向こうの景色に視線を向ける。本題に入るとしよう。


『ちょっと聞いていいですか?』
「ええ。いいわよ。何?」
『今歌っていた歌、どこで?』
「歌?」


私の問いにノエルは怪訝そうな顔になる。


「そう言えばさっき、あなたも歌っていたわね。聞いていて覚えたんだと思っていたけれど、違うみたいね。この歌を知っているの?」
『質問しているのはこっちです』


唐突に私は口調を厳しくする。焦らされて会話を長くはさせたくないのだ。


『答えてください。その歌、何故あなたが?私以外、誰も知らないはずなのに…何故?』


かつてこの歌を歌った者はもういない。
かつてこの歌を作った者はもういない。
私以外知る者がいないはずのこの歌を、何故この女は知っているのだ。何時、何処で聞いたというのか。
私はノエルを軽く睨むように見上げる。
だがその瞬間、私は驚いた。
ノエルは全くと言っていいほど表情を変えていなかった。先程までの微笑を保ったままで、突然豹変した私の態度を気にも留めていないようだ。
――何なの、こいつ…
気味の悪さ以上ものを感じ、私は思わず手をマントの下の銃剣に持っていく。
動揺を悟られたくなくて何か言葉を発しようとするが、それよりも先にノエルの口が動いた。


「そう…あなたが…まさか会えるなんて思わなかったわ」
『何のことですか?』
「あなた、フィーナちゃん…じゃないかしら?」
『!?』


私は鋭くしていた目を大きく見開く。
私はノエルに名乗っていない。ノエルが私の名を知るはずないのだ。


「当たりみたいね。聞いていたとおり、分かりやすい子だわ。外見のことは聞いてなかったから見ただけじゃ分からなかったけれど」
『誰かに私のこと聞いたんですか?誰に…?』
「その答えはあなたなら分かるんじゃないかしら。ここでその右手をどうするべきかどうかも。頭のいい、あなたなら」
『…あなた、一体……』
「それと、慣れない敬語はもういいわ。私ならすっかりあなたを信頼してるから、もう余計な言葉はいらないでしょう?私もそろそろ本当のあなたとお話したいわ」
『………』


私は沈黙の後、マントの下の右手を銃剣から手を離す。
それから張り詰めていた緊張を解き、大きく息を吐く。



『完敗だね。ここまで人のことを読める奴は初めてだ』
「そうでもないわよ?人を警戒して試すということも人のことをうまく読んでいるということ。その点においてはあなたも十分に長けているわ」
『……いや、やっぱり負けかな。敵わないよ』


私は苦笑する。
戦力を持っている時点で調子に乗ったのが仇となったのだろう。
全てにおいて上位に立っていたつもりだったが、ノエルのほうが一枚上手だったようだ。


『改めて紹介させてもらうよ。私はフィーナ・アルノルト。15歳。色々失礼なことしてごめん』
「いいのよ。私こそ軽率だったわ。この歌をこんな形で歌ってるんだから」
『そうだ、ねぇ…』
「分かっているわ。お話ししなきゃいけないことがありそうだものね。落ち着いて話しましょう」


ついてきて、そう言ってノエルは歩き出す。落ち着ける場所に移動するつもりなのだろう。
私は慌ててついて行く。


「あぁ、そうだったわ。お連れの方達も一緒の方がいいんじゃないかしら?」
『…いや、私1人だから』
「こんな渓谷を食料や生活用具無しで踏み込む程、あなたは馬鹿ではないはずよ。色々持ってくれている仲間がいるんでしょう?」
『参ったなぁ…』


ここまで鋭いとノエルに何も嘘がつけなくなってしまう。正直に白状したほうが身のためのだということか。


『確かに仲間は3人いる。1人が大柄だから色々持ってくれてるの』
「そう…でも、何故あなた1人なの?はぐれたのかしら?」
『はぐれたって言っても、ほとんど一本道だったこの渓谷をどうやってはぐれたのかって、また指摘するでしょ』
「そうね。やっぱり頭のいい子だわ」


ノエルの言葉に私はフッと気の抜けた笑いを返す。本当に鋭い女なことだ。


『これから話すことについて聞かれたくないから置いてきたの。多分、今頃探してる』
「大丈夫なの?心配してるんじゃない?」
『仲間には悪いけど、今は戻れない。私は話を聞かなきゃいけないから。それに私がいないのなら遠くへは移動しないはずだよ。しばらくこの辺をさ迷ってるだけでしょ』
「そう…だけど、それなら早くお話が済むように努めなきゃいけないわね」
『お願いするよ』


私はそう言い、ノエルの後ろについていく。
私達はしばらく渓谷の上を歩き続け、やがてそこは2本の道に分かれる。変わらず続く平面の道と、下へと下る坂道だ。
ノエルは坂道の方を行くので、私も続く。
下ってみて初めて気づいたが、降りていく方に小さな家々が見える。村というには小さすぎる、数件の民家というところだろうか。
私達はどうでもいい雑談をしながら坂道を下りきって、民家の前へと辿り着いた。
それからノエルに、向かって一番右にある家の前に誘導される。


「私の家はここ。一人暮らしよ」
『一人暮らし…?』
「意外だったかしら?」
『あ、いや…』
「遠慮しなくていいわ。父と母はね、私が9歳の時に病死したの。祖父も祖母も既に他界していたから、私は1人になった」
『…1人?』
「そう、1人。私を引き取ってくれたのは元々ここに住んでいた、母の知り合いのおばさん。そのおばさんも2年前、亡くなったけどね」


ノエルが予想以上の過去を持っていることに驚いた。
多くの者の死を目にしてきたものとは思えないほど、ノエルの表情は優しかった。いや、それ故に人と優しく接することが出来るのかもしれない。


「どうぞ」


ノエルは笑顔で木製の少し大きめの戸を開け、中に入る。
続いて私も中に入ると、きちんと身の回りのものが整えられた、わりかし簡素な空間が広がっていた。
必要最低限のものだけを揃えているという感じで、余分なものは一切置かれていない。
ノエルと会ったばかりの私にはこれがノエルらしいのか、そうでないのかは分からないが、どちらにしろ意外だった。こんな人里離れた民家なのだから、もう少し何か必需品が整えられていると思ったのだ。


「ビックリしたでしょう?こんなにシンプルな家だものね」
『もっと何かいるものがあるんじゃないの?流石にこれだけじゃ生活していけないでしょ』
「その通りね。でも、ここで生活するのは一年の中でたった2ヶ月なの。他の10ヶ月は別の所で暮らしているわ」
『別のとこ?』
「ええ。ここから少し離れたところにある宮殿に、数年前から雇っていただいているの。中国国家の陛下のところにね。だから普段はずっと泊まり込み」
『随分豪勢なところに勤めてるね。じゃあ、今は休暇中?』
「そうよ。1日たりとも休めない仕事だから、1年に1回、陛下がお暇をくださるの。その間だけ故郷のここで過ごして、2ヶ月経ったら戻るの繰り返し」
『大変なんだ…』


それにしてもノエルは一体何の仕事をしているのだろう。
王宮で雇ってもらっているのなら使用人という考えが普通だが、何となくそれはノエルの雰囲気に合わないような気がする。誰かに仕えているというのは納得がいくのだが、荒仕事が多い使用人にしては何においてもノエルは上品過ぎる。
2ヶ月も一度に休暇をもらえるという面から見ても、もっと上の職のような気がするのだ。
聞いてみようとは思ったが、さすがに国のことであるし、他国の余所者に話せることもわずかだろうから、あえて聞かないでおく。


「座って。コーヒーでも飲む?」
『生憎お子様なもので。水かジュースでお願い出来る?』
「そうだったわ、ごめんなさい。いつもの来客は私と同い年だからつい」


こんな人の行き来もまばらな場所に来客がいるというのか。聞き返そうとしたその時、少々勢い良く出入口の扉が開け放たれた。


「お邪魔しまーす。ノエルー、ウチの家族の気まぐれでたまの御馳走作るらしいから、よかったらお前も……って、あれ?ごめん、お客さん来てたんだ」


突然誰かが入ってきたかと思ったら、それは艷やかな黒髪を少々長めに伸ばした、若い男だった。


「いいえ、大丈夫よ。――来客っていうのは彼。隣の家に住んでいる幼馴染なの。よく家に来て色々良くしてくれているわ」
「大したことなんてしてあげられていないけど。来客中なら出直す事にするよ」
『ああ、私のことはどうぞお構いなく。よかったら用件だけでも伝えていって下さい』
「そうかい?じゃあ遠慮なく…って言いたいところだけど、今ほとんど喋っちゃったからなぁ…」
「いいわよ、もう一度聞いてあげるわ」
「じゃあ改めて。婆ちゃんが母さんの料理にいちゃもんつけて、母さんが爆発したのを父さんが止めたら、何故か父さんと母さんの料理のどちらがうまいかってことになって、その言い合いに妹が「わたしがいちばんだよぉ」って入ってきて、それなら皆で対決だァ!っていう競争に発展したおかげで今、うちの中は料理人で一杯さ」
「分かりやすい解説ありがとう。出来ればもう少し短縮してくれたら嬉しいわ」
「ウチの家族を文字列に置くこと自体が無謀なのさ」
「ふふっ、相変わらず言うわね」


2人は楽しそうに笑う。
――お似合いだよなぁ…
美男美女。まさしくお似合いだ。
2人にそういう意識があるかはさておき、いずれ結ばれる仲であることは見てよく分かった。


「じゃあオレはもうすぐ上がることになる煙の後始末の用意してくる。変な爆発音聞こえても驚かなくていいから。キミも良かったら来なよ。それじゃ」


男は一通り言いたいことを言うとバタンッと戸を閉めて出て行った。


『……楽しそうですね、あの人』
「何かといっても家族のことが大好きなのよ、彼。優しい人よ」


にこやかにノエルは微笑み、ジュースをコップに次ぎ、それをテーブルに置く。


「さて、私達もそろそろお話を始めましょうか」


椅子に座るように促され、私は素直に従う。
ノエルはわずかに深呼吸を挟み、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。





第??夜end…



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