長編 | ナノ

 第075夜 会談



遅くなりがちになる足を動かし、私は4人の後に続いて高い位置にある大木の下へと移動した。夜遅いせいもあり、ふいの襲撃にもそれなりの対処出来る場所がよかったのだ。
アクマに追い回され、もはやどこにいるのか分からない状況だったが、どうやらここは丘の上らしい。
月明かりに照らされた野の草が神秘的に光る。それを優雅に揺らめかせる少しひんやりとした涼しげな風が心地いい。


「ここでいいかな」


だがじっくりと心地よさに浸っていることなど出来はしない。
大木の真下まで来た辺りで私達一行は足を止め、元帥が皆に円状に着席を促す。
皆は言われるがままその場に腰掛け、私も数秒躊躇った末に渋々それに倣う。
皆の着席を確認すると、元帥は満足げに頷き、慣れた手つきで皆の中心に火を炊く。


「さて。キミ、何があったんだい?団服は着てないし、イノセンスの代わりに見慣れない武器は持ってるし。それにキミはクロスの護衛だったんだろう?」


何かをしながら尋ねてくるのは単に面倒くさがり屋なだけなのか、それとも敢えて目を合わせないで質問するためなのか。状況的に後者の方だろうか。
単独行動。イノセンス不所持。任務放棄。今の私はエクソシストとして、明らかに黒の教団の意に反した行動を取っている。
何かがあった、そうとしか認識のしようがない状況に私はなっていた。
だがここまで的を射た問いならば、答えるわけにはいかない。
私は眉間にしわを寄せ、無言になる。


「言いたくないことなのかい?」
『………』
「コムイはこのことを知ってるの?」
『………』
「他の仲間はどうしたんだい?」
『………』


何があっても私は元帥の問いに答えることはない。
その問いに正直に答えれば最後、私は無理矢理連れ戻されることだろう。教団の破滅の火種となる存在を、元帥が放置しておくはずがないのだから。


「何か話してくれないかなー?」


再び無言。


「うーん。女の子の扱いは難しいねぇ」


元帥は両手を上げてお手上げのポーズをとって見せた。相手が何も話さない状況ほど困ることは無いだろう。
何を言われようと地面を見つめ続ける私にイラついたのか、神田が鞘に納められたイノセンスを私に向けてくる。


「テメェ、何隠してんだよ。さっさと吐け」
『………』
「都合が悪くなった時の手段が無言か。いつもそうだな」
『………うるさい』
「あ゛?」
「あ、しゃべったね」


元帥の言葉を無視し、私は顔を上げて神田を睨む。


『うるさい。あんた達には関係ないことだから話す義務はない』
「は…っ、知られたらまずいことでもしでかしたか」


ブチッ


図星を吐かれた悔しさと神田のしつこさにキレる。


『グチグチうるさいな。何であんたらに話さなきゃいけないの?耳障りなんだよ、黙れ』
「全部話したらいくらでも黙ってやるよ。さっさと吐け」
『尋問される覚えはないね。目障り。消えろ』
「調子に乗ってんじゃねェぞ」
『どっちがだ』


私達は立ち上がり、互いの武器に手を駆ける。
睨み合う両者の間にバチバチと火花が散る。
だがそこにバッと弥七が入ってきた。


「まぁまぁお2人さん!あまりこんなとこでイチャつかないでくれよー目のやり場に困るじゃねェか!」
『「は…?」』
「とにかく落ち着けって。フィーナも挑発口調はいけねェし、神田…だけ?神田も無理矢理聞き出すのはどうかと思うぜ。プライバシーの尊重は個々の人権確立の大きな一歩さ」


私と神田は呆けた表情で、さらに何やらペラペラと1人喋くる弥七を見る。
人でもない奴が人権について語ったところで何の説得力もありはしない。
変な理屈をつけて物を言う弥七にそう突っ込みたくもあったが、敢えてそうせずに私は小さく笑う。
弥七は私の都合を知っている。私がエクソシストに自分の事情を離せないことを知っているから、助け舟を出してくれたのだろう。
当の本人は神田の威圧的な視線に気づいているのかいないのか、ニコニコと満足そうに笑っている。


「おい、この変な奴誰だ」
『名前は弥七。ちょっとウザくて、鬱陶しくて、礼儀のれの字もないような男だけど、根はわりといい奴だから』
「……なぁちょっとあんまりじゃねェ?」
『そうかな。最高の褒め言葉のつもりだけど』


私と弥七のやり取りを見て呆れたのか、神田はため息をついて座る。
そんな神田に人懐っこく寄っていく弥七は本当にアクマ離れした性格だと思う。


「どーも。よろしくな!」
「うるせェ。話しかけるな」
「つれねぇなぁ…まぁ、アクマに対する態度なんてみんなこんなもんか」
「「「アクマ!!?」」」


私と弥七以外の3人がその場からとっさに退いた。
何時も警戒を怠ることがないエクソシストでも、まさか私と一緒にいた人物がアクマだとは思わなかったのだろう。
というかこのことはそんなに軽々しく話していいことなのだろうか。


『まぁ警戒しなくてもちゃんと改造されて今は…』
「ハッ…」


渋々3に弥七の事情を話そうとする私だが、それは神田の嘲笑とジャキッと刀が抜かれる音で遮られる。


「まだ1匹残ってたとはな」
「え…?」
「不意打ち狙ったところでエクソシスト4人に敵うと思ったのか?」
「お、おおい!!待て待て!話を聞けェ!!」
「待つか」


神田は弥七に向かって刀を引き下げる。


「塵になれ」
「ウギャ―――ッ!!」


神田は刀を前につき、弥七の身体を貫こうとする。が、


キイィィン!!


「………チッ」


それは弥七に一切の傷を与えることなく、私の力によって押しとどめられる。
青嵐牙ならば刃1枚で軽く刀など止められる。


「フィーナ、ナイス!」
『そりゃどうも』


とことん無力な弥七に呆れながら顔を上げると、神田はやはりというか、完全にお怒りモードだった。


「テメェ、何の真似だ。そこどけ」
『嫌だね。弥七に手は出させない』
「ハッ…とうとうアクマまで庇うようになったか」


神田の侮蔑に近い言葉で私はマテールの任務を思いだす。あの時にララとグゾルを逃がし、庇ったことを神田はまだ根に持っているのだろうか。
随分小さい男だな、と思うが、ここでキレて状況を複雑にするよりも説明を聞いてもらうことを優先に発言したほうがいいだろう。
私は爆発しそうな怒りを鎮めるために鼻から息を吸い、大きく深呼吸する。
落ち着き、頭が冷え切ったところで目を開けると、神田は私がケンカを中断させる決断をしたことを感じ取ったようで、かなり驚いたような顔をしていた。


『そうだな…言えば、私は弥七をかばってるわけじゃない。弥七を守ってるの』
「言ってることわけ分かんねェぞ」
『ちゃんと話も聞かなくて分かるわけないでしょ。最後まで聞いて』
「………」


神田は武器を渋々下ろし、私も青嵐牙の刃をたたむ。
それから弥七に説明させた。弥七はクロス・マリアンに改造された、改造アクマであるということ。改造アクマはクロス元帥の言うことを聞き、人を決して襲わないということ。
全てを聞き終えて3人はまるで信じられないような顔をしていた。人生の殆どを理性などあったものではないアクマ達と戦ってきたのだ、当然と言えば当然であろう。
だが時々交わされる私と弥七のやり取りで弥七の戦意の無さを感じ取ったようで、最終的には信じてもらえたようだった。


「なるほどね。だけど何でフィーナについていたんだい?」
「クロスにフィーナ・アルノルトの力になってやれっていう命令を受けたからさ」
『私はクロス元帥とは面識はない。こんなことをされる覚えは全くないんだけど…』
「うーん…あいつの考えてることはいまいち分からないからねェ…」


本当にそうだ。私達が必死に捜索しているのを知っているくせに、金まで借りて転々と世界中を逃げ回っている。
しかも青嵐牙を拾ったかと思ったら、何かと便利な改造アクマを送り込んできた。
クロス元帥は一体私の何を知り、何を考えているのやら。


「だけど聞いていることの答えにはなってないね。話を戻そうか」


やはりというべきか、元帥は本題からそれたことを忘れていないらしい。


「もう一度聞くよ。キミは何でこんなところに、そんな恰好でいるんだい?」
『…言えない』
「……あのね、キミ…」
『分かってる。エクソシストとしての任務を担っている私がそれを放棄し、さらに接触した元帥に何の事情も話さないのは勝手だ。我が儘は既に承知の上』


私は少し間を開け、話す。


『でも話せないものは話せない。この行動がたとえ問題になることだとしても、今この状況で私の立場を話すわけにはいかない…誰にも』


私が断固として話すことを拒絶する言葉を聞き、元帥は本当に困ったという顔をする。自分の状況を完全に呑み込んだ上で話すことを相手が拒絶しているのでは、もうどうしようもないのだろう。
もし元帥の立場が私なら焦れてとうに武器を抜いているところだ。武器を抜かれたところで私は絶対に吐いたりしないが。


「……分かったよ」


とうとう元帥が折れた。


「キミが話したくないのなら聞かないで置くよ。話せるときになったら話してね。だけど、これから一緒に行動はさせてもらう」


ピクッと私は身体を反応させ、ただ一言、心の中で呟く。
――…うん、まずい。
明らかにそれはまずいのだ。
私はもう教団を抜けた存在であり、これから逃げなければならない逃走者なのだ。
元帥と共に行動することになればいずれは教団に帰還しなければならなくなるし、それよりも先にアレン達と合流することになるかもしれない。今更そのようなこと出来るわけがない。あってはならない。だが、


『…分かった』


私は俯きながら、そう言った。
ここで「嫌です私一人がいいです」などと言ったところで聞いてもらえるはずがない。
元帥の目をかいくぐる自信はさほどないが、何とか隙を見て逃げ出すやり方を取った方が得策だろう。


「…キミは、本当に賢いよ」


元帥がふと、呟いた。
視線を向けると、元帥は炎の揺れている瞳で私のことを見つめていた。その深い、深い瞳は私の奥深くまでも見抜かれているような錯覚を私に起こさせた。
だから、思う。
――……いや。賢いのはあんたの方だよ。元帥。
元帥の深い瞳を深く見つめ返しながら、私は目で語る。
恐らく元帥は私が考えたことを感じ取ったのだろう。隙を見て逃げ出す気でいることを、元帥は分かっている。
それでもこの状況では互いが一緒にいる理由になり、しばらくの間は警戒して私が動かないことを元帥は知っている。言うならば暗黙の了解のようなものなのだろう。
一時でも私を自分の元へ留めさせられる状況を作りさえすれば、後のことはどうにでもなると思っているようだ。
――…甘く見るなよ。
私は心の中で毒づいた。
私は教団を抜けたのだ。
戻る気は、ない。だから力づくでも逃げ出すしか道は残されていないのだ。
絶対状況に置かれている人間は、本気で何でもやってのけるものだ。私も例外ではないということを、後々思い知る羽目になることだろう。


『よろしくお願いします』


私はペコリと頭を下げる。
他の3人は驚いたような、不思議に思っているような顔を私に向けてくる。
当の私は…眠気に顔をゆがませながら、大きくため息を漏らしていた。





第75夜end…



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