◎ 第074夜 遭遇
『…さて、どうしようか?』
「それはオレだって聞きてェよ…どうするんだよ、マジで!」
私は目を細めながら無表情で、弥七は目の前の光景に慌てふためきながら言う。
しばしの別れを惜しみながら村を出、丸1日。
日もとうに暮れたこの夜の下、私達は何故か全力で走っている。弥七が必死な表情で絶叫するのもこれまた同じ理由だ。
「ケケケッ!人間がいるぞぉ――!」
後ろから発せられた下品な声に振り向くと、そこには私達を追いかけてくる数十体のアクマ達の姿がある。
弥七の背中に乗った移動も割と疲れるもので、地上に降りて休憩していたところに襲撃を食らったのだ。弥七がアクマの姿に戻る間すら与えられず、それから私達は追い回されているというわけだ。
「ていうか何で無表情なんだよ!慌てろよ、少しは!」
『大分慌ててるけど、睡魔のせいで表情出す気力もないの。寝ちゃいたい…』
「絶対に寝るな!頼むから何とかしてくれ!」
『はぁ…面倒くさいなぁ』
私は走るのを止め、ザザッと土煙を立てながら止まる。
追いかけてくるアクマ達はしめたとばかりに私達を取り囲み、その全てがいやらしい笑みを浮かべる。
「やっと観念しやがったな」
『逃走を止めた=殺されるのを承諾した、ていう解釈は間違いだね。低能なアクマめ』
「どっちがだよ!」
アクマのうちの一体が私に向かってくる。
ぎゃー!!という弥七の悲鳴を鬱陶しく思いながら、私は手に持っている青嵐牙を構える。
『お前らがだよ』
ザンッと私は青嵐牙を振りかざし、アクマを切り裂く。
派手な爆発音を合図に私は地を蹴り、一気に周囲を凪ぐ。
「ぎゃっ」
「がぁ!!」
青嵐牙の刃と、そこから発生した風圧によって切り裂かれた全てのアクマが数秒間隔で次々と爆ぜる。まるで小さな打ち上げ花火を見ているかのようだ。
私は飛散してくるアクマ達の残骸を跳ね返しながら着地し、ギロリと他のアクマ達を睨む。
『まだやるの?退いた方が利口だけど』
「テメェ…エクソシストかぁ!」
「舐めてんじゃねェぞ!!」
アクマ達は私の言葉に対する返答を一切返さずにこちらに向かってくる。
この世に何百体ともいるであろうアクマだが、その中に少しはまともな判断力がある奴はいないものなのだろうか。少なくとも私が倒したアクマ達にそういう奴はいなかった。
『本能で生きてる兵器はやっぱり醜いよ』
ブンッと手に持つ青嵐牙を、向かってくるアクマ達に投げ飛ばす。
青嵐牙は私を中心に弧を描き、向かってくる敵を一定の距離の所で引き裂いていく。
おかげでどのアクマもそのテリトリー内は入ってこられない。
「すげェな、フィーナ」
『あんたも戦わない?仮にもアクマでしょ』
「オレはレベル2なの。あいつらと同じな。相内がいいとこなんだよなぁ」
『だったら早く進化しなよ』
「人間がアクマにそれを言…」
弥七の表情が一瞬にして固まる。
「フィーナ!ちょっ、上!!」
弥七の叫びにバッと上を見ると、そこには宙に飛び上がってこちらを狙っているアクマがいた。横から近づけないのなら一定以上の距離を取り、上から襲撃を仕掛ければいいと考えたのだろう。
『フンッ…』
私はその場から飛び上がり、丸腰でアクマの元へ向かう。
無防備な状態を作ってはいても、万が一の状況を打破する思考力と戦闘力は持ち合わせている方だ。
戦闘とは元々想定内で行われることの方が少ない。皆、何かしらの切り札や手段を用意しているものなのだ。私も含めて。
勝ったとばかりにニヤついた顔を見せるアクマに、私は冷たく視線を向け、ピンッとそいつに人差し指を向ける。刹那、
「あがっ」
そのアクマに、青嵐牙の刃が突き刺さった。
馬鹿な、とでも言いたそうなアクマは血走った目で私を見つめるが、私は特に何を言うでもなく、平然と向けていた人差し指を降ろす。
青嵐牙がこちらに戻ってきて攻撃したわけではない。私の周りで旋回を続けながら、4つある刃の一つを伸ばしてきたのだ。それはまるで石が勢いよく水切りするような動きであり、一瞬の出来事であった。
青嵐牙は確かに4枚の刃を持っているが、その一枚一枚に隠し刃を携えている。1か所に集中攻撃しかできない武器の補いどころだ。私自身がその目標をしっかり認識し、捉えることが出来なければ使えないのだが。
だから飛び上がって指をさしたのだ。
まさかそんなことをされるとは思わなかったであろう、貫かれたアクマはブルブルと小刻みに震え、私に向けられていた目を泳がせる。
『視覚に囚われ過ぎるのもまたアクマの短所だね』
要は単純だということだ。
「だが、それはお前にも言えることだろ」
そう聞こえた瞬間、何かが私の横を通り過ぎた。
『…っ!?』
ドンッとアクマが爆ぜるのと同時に、私は下を見る。
そこには下へと向かう別のアクマの後ろ姿があった。
「切り札さえ出し切ったならそこを狙うまでだろぉ!?」
アクマの狙いは言うまでもなく、弥七だ。
『弥七!走って!!』
私はグンッと体を降下させながら叫ぶ。
1枚の刃をここまで伸ばしていると当然、その先端が青嵐牙の旋回の支点となるため、本体を旋回させている今の状況では、二つ以上の刃を別々の方向へ繰り出すことは物理的に不可能なのだ。
旋回を止めてしまえば周囲にいる多くのアクマの襲撃を食らうことになってしまう。
出来ることと言えばこのアクマの一撃を弥七がかわした後に、私が、伸ばした青嵐牙の刃をそのアクマに向けることだけなのだ。
「フィ、フィーナ!!」
『弥七!!』
だが逃げられないことは重々に分かっている。
私達の周囲を旋回している青嵐牙の守る範囲は、体の大きなアクマが容易に狙える、直径5メートルほどのわずかな円なのだから。
――嫌だっ!!
私は手を伸ばす。
遠すぎる距離だと分かっていても、届かないことなど容易に分かっていても、手を伸ばす。
アクマの背後から一瞬だけ弥七の顔が覗いた。
その表情が今までにないくらいの笑みだと悟った。その時、
ドンッ!!
アクマが、目の前で爆ぜた。
『な…っ』
私は下に向かいながら驚く。
私は何もしていないし、体を転換させる暇さえなかった弥七にだって何も出来なかったはずなのだ。
――だったら、一体誰が…
私はストッとアクマの残骸が降りそそぐ地に着地し、顔を上げる。
『…ウソ』
そこには見慣れたような、見慣れてないような、意外な人物が立っていた。
あまりにも突然な状況に言葉を失う私を見、そいつはいつもと変わらぬ仏頂面で私のことを見下ろしていた。
「何やってんだ、お前」
『………神…田』
神田は、動けずにしゃがんだままだった私の腕を引っ張り、体を持ち上げてくれた。
何故?と問おうとすると、神田の後ろから数人の影が見える。視線を移すと、神田の後ろには中年の男と長身で大柄の男が立っていた。
誰だか分からずに困惑していると、中年の男がほほ笑んで前に出てきた。
「見たところ怪我はないようだね。油断したらダメだよ」
見た目はただのおじさんのようにしか見えない男だったが、雰囲気は何処か普通とは言えない物がある気がする。まれに見るような大きな力を感じるのだ。
『もしかして、あんた…』
「おい、話は後だ」
神田は私の言葉を切り、周りを見渡す。
周囲のアクマ達は旋回する青嵐牙から少し離れた場所でこちらの様子をうかがっていた。
青嵐牙の破壊力は凄まじく、しかも予想外の新手が来たことで、まともに突っ込んでいくのは流石に危険だと思ったのだろう。
助かったことで安堵する弥七を見、そして私はギロリとアクマ達を睨む。
『…逃がすつもりはないよ。私今、ちょっと気が立ってるから』
私は何かを招くように手を振り、青嵐牙を呼び寄せ、手に収める。
『破壊されるだけじゃ済まないと思え』
私はそう言い、飛び上がる。
同時に他の三人もその場から飛散し、各々で攻撃を開始する。
一人では結構時間がかかった戦闘だったが、全てのアクマを破壊したのはそれからたった数分後のことだった。
☆★☆
青嵐牙の戦闘形態を解いたところで、大人しくそのあたりで待機していた弥七が駆け寄ってきた。
「よかったな。何とか破壊できたし」
『そだね。ごめん、油断して』
「いいって。結果オーライさ」
弥七の明るい笑みに私も笑って返し、神田に身体を向ける。
『感謝するよ。弥七助けてくれてありがと』
「フンッ…」
「もー素直じゃないなぁ」
「ほっといてください!」
茶化すように言う中年男の言葉に反発する神田。
あの神田が敬語を使っているという事実は驚きである。いや、神田にここまでの態度をとらせる存在がいること自体、驚いた。
私は神田からその肩に手を置く中年男に視線を移す。
『ティエドール元帥?』
「うん、そうだよ」
やはりそうか。
今のエクソシストの任務は共通して自らの師である元帥を守ることだ。神田の師であり、護衛する存在でもあるのがこのフロア・ティエドール元帥なのだ。
だがそれはそれでおかしい。その事実ではなく、この状況が。
『元帥は一度教団へ帰還するようにコムイから指示を受けているはず。伯爵やノアが元帥を標的として狙っている今、早急に教団へ戻った方が誰のためにも賢明だと思う』
「はっはっはっ」
ティエドール元帥はおかしそうに笑っている。底の抜けた笑い方に、本当にお前は元帥か、と本気で問いたくなる。
『笑われても困る。それに、神田。元帥の護衛と教団へ帰還させることが任務でしょ。何やってんの』
「仕方ねェだろ。元帥、新しいエクソシスト探しするって言ってんだよ」
『はぁ?』
私は呆れか驚きかよく分からない声を出す。
『元帥、今はそんなことやるべきじゃない。教団の中でも指折りの戦力を持つあんたの身勝手な行動1つで皆が危険に晒される。駄々をこねないでさっさと教団へ帰還しろ』
最終的に命令になった。
こんな時にも使徒探しなどふざけるにも程があるだろう。エクソシストが不足しているのは今も昔も変わらぬ事実だが、今は新たな仲間探しなどやっている時ではない。多くのイノセンスを持つ、その元帥自身が伯爵に狙われているのだから。
「ははは、どうやら聞いてた通りのこのようだね。フィーナ・アルノルト…面白い子だ」
笑みを浮かべながら見つめてくる元帥の目は何か深いものを見つめてくるような瞳だった。
しかし聞いていた通りだった、という言葉はよく聞く気がする。一体誰が私のうわさを流しているというのだろう、と少し今の状況から脱退した思考になりかける。
『…話を戻す。今すぐ教団に帰還を。今は身勝手な行動を許されるような甘い事態じゃない』
「うん、そうだね。その通りだ。だけど勝手な行動をとっているのは僕だけでもないんじゃないかな。例えば…キミとか」
私は言葉に詰まり、自分の今の姿を見る。
私が今着ているのはエクソシストの証である団服ではなく、アジア支部で貸してもらったアジアの服。持っている武器は明らかにイノセンスとは遠ざかった武器であり、しかもたった1人の単独行動だ。何処からどう見ても何かあったとしかとらえようのない格好になってしまっていた。
今思えば助けられた時点で逃げていた方がよかったのかもしれなかった。
私は二の句の注ぎようがなくなり、黙り込む。
「これは一回、落ち着いて話を聞こうか」
元帥は笑ってそう言った。
第74夜end…
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