長編 | ナノ

 第072夜 帰郷



「よっしゃあぁぁ!!飛ばすぜぇぇ」
『速いねぇ、あんた』


私はアクマの背中に乗って呟く。
このアクマは自我があるところから見て、レベル2くらいだろう。だからかなりの速さで移動するという能力も開花しているし、それなりの会話も可能だ。
アクマと馴れ馴れしく会話するということは初めてで違和感大有りだが、このアクマは話す感覚が人と全く変わらなかった。殺人衝動を抑えることで、ここまでアクマは豹変するものか。


『…そういえば、アクマって呼ぶのも本物と紛らわしいね。何か名前はないの?』
「一応、本物だけどな。そうだなぁ…オレのボディー名は「弥七」だぜ」
『日本人なんだ…じゃあそう呼ぶ』
「それよりこれから何処行くんだよ?ドイツに何か用か?」
『あ、うん。色々とね』


弥七は私の頼みで今、ドイツに向かってくれている。
ちなみにドイツは私の母国であり、故郷の村がある場所だ。全てを失ったあの日以来、訪れたことは無いため、どうなっているかを見るためにも、一度行きたかった。私を追う鴉の姿も未だ目にしていないし、比較的落ち着いた時期に訪れていた方がいいと思ったのだ。
弥七はどんどんスピードを上げ、ドイツへと向かっていく。
アジアからヨーロッパまではそれなりの距離があるが、弥七の速さなら半日もあれば着くことだろう。


『…さて、どんな悲惨なことになってるのやら』
「ん?何か言ったか?」
『何でもないよ』


私は青嵐牙を脇に抱え、弥七につかまって現地への到着を待った。



☆★☆



深く生い茂った木々が風にざわつく森を抜け、辿り着いたのは丘の上だった。
地に生える草がざわざわと足元をくすぐり、まるで久しぶりと私を迎え入れてくれているような感じがした。


「…着いたな」
『……うん』


私は頷く。
私達の立つ丘はその先に広がる光景を一望できるくらいの高さがある。
風にざわざわと葉をなびかせる木々達。渓谷から穏やかに流れ出るせせらぎ。ところどころに顔を覗かせる野生の小動物。どれをとってもここは世界が本来あるべき姿だということが分かる。自然の恵みの富んだ景色を先の先まで見渡すことが出来るこの場所は、絶景ともいえるかもしれない。
その手前、私たちの目の前にある景色さえ凄惨でなかったなら。


『ボッロボロだね』


私は何かの台詞を棒読みするかのように呟いた。心が枯れてしまったのではないか、と思わせられるくらい、空っぽな言葉だった。
だがそれ以外、言えることがなかった。目の前にある家々は、村は、見事なまでにボロボロだった。
焼けきられた柱の木が折れ、原形をとどめていない炭の家々。幾本もの武器で貫かれ、折り重なるようにして倒された風車。口の岩が崩され、飛散された土によって歪に埋められた井戸。私の視線が向けられる全ての物が本来の形とはかけ離れ、もはや原形をとどめていないものになっている。何一つとして変わっていないものは、私の目に触れてはくれない。
それでもそれらが何であるかは、例えどんな変化を遂げていてもわかってしまうもので、それが逆にこの光景を凄惨なものに見せていた。


『…かなしい、ね』


私は誰に語りかけるでもなく、呟いた。
本来あるべきである形で存在していない物は、悲しい。あるべき形を知っている私も、それを見られないこの現実が、悲しい。何よりもこの村が滅びてしまったのだということを実感させられる事が、一番悲しかった。
目を細めてただその光景を眺めていると、傾いだ夕日の光が村に差し込んだ。
渓谷の谷間から零れる光のため、それは一点に村へと当てられる。
真夏であるわけでもないのに、一瞬家々から陽炎が出ているような気がした。炎が村を包んでいるような気がした。真っ赤に染め上げられる滅びた村は、過去の惨劇をこうやって延々と繰り返しているのだ。
それを思うとあの日の夜が一気に頭の中に甦り、私ギリ…と歯を鳴らし、目を閉じる。


「大丈夫か?」
『大丈夫。平気』


私は答え、目を開く。
たとえ今の時間を生きている身だとしても、過去を思うのはやはり辛い。壊れず生きていけると分かっても、全て背負って歩いていく覚悟は今の私には到底持てない。教団に焦がれたということとはまた別の、私の弱さだということだろうか。


『歩こう』


私達は立ちすくんでいた状態から足を踏み出し、歩き出す。
一歩一歩足を踏みしめていくと、嫌でも乾いた土の感触が伝わってくる。植物が根を張り、雨の水を吸い込んだ生きた土の感触ではなく、まるで降り積もった雪を踏みしめているかのような感じだった。
もっと少し向こうには、数年前と変わらず盛んに生い茂っている草花もあるのに、ここを見れば打って変ったように全てが衰えて感じられる。随分と、変わったものだ。
黙って歩きながらそんなことを考える。
弥七は重苦しい沈黙にそわそわしているようで、何か話題を切り出そうとしていたが、突然何かに気づいたように足を止めた。


「おい、あれ何だ?」


弥七は向こうの方を指差し、私はその先を目で辿る。
そこにあったのは大きな石造りの黒い十字架だった。


『…あんなもの、知らない』


私達は早足で十字架に近づき、まじまじとそれを見る。
十字架は数個の段々が着いた白い台に乗せられていた。
白い台。その上にある黒い十字架。対照的に目に映るその2つの石は、いくら考えても私の記憶の中には存在しない。こんなもの、村にはなかった。
そもそも、はっきりと黒白が分かれている洒落た十字架など、この村の風土には全く合ってはいない。全体的な真新しさのせいもあるだろうが、いかにも機械で削り出したような光沢を持つそれは、殆どが自然を元に造られたこの村からは明らかに浮いていた。
私は上から下まで視線を移動させながら見るが、そこでふと白い台の部分に何か文字が彫られているのに気づく。
私は屈み、長くも短くもないその文章を目で追って読む。


『…そういうこと』


私は息を吐き切り、同時に弥七が訝しげな顔で、十字架と私を交互に見る。


「分かったのか?オレ読めねェんだけど…」
『この村独自の文字だから読めなくて当然だよ。文字だけじゃない。この村は文化や技術も他とは異なるものが多かったし、他を学んでも取り入れようとは決してしなかったから』


他を決して受け入れることがなかった。他を真似ようともせず、独自の生活風土を維持し続けた。進化も退化もない、向上も衰退もない、完全に外界とは格別し切った世界だったのだ。


「…よく分かんねェけど、珍しいとこだったんだな。これ、結果的になんて書いてあるんだ?」


弥七の問いに私は十字架を見つめたまま固まるが、大きく深呼吸し、文字を読み上げる。


『ここに眠るは風の一族。彼らは最期の刻まで己を命を懸け、仲間を守った英雄達。ここにその英姿を讃え、彼らの安らかな眠りと冥福を祈る』
「………え゛。じゃ、これまさか…」
『多分その通りだろうね。これ、お墓だ。ここの村人全員の』


この下に、皆がいるのだ。身体を焼かれ、灰にされた皆がいるのだ。
私が言葉を切って立ち尽くすのを見てか、弥七があたふたとした様子になる。


「ああ、いやっ!その、元気出せ。なっ?」


肩に手を置いて必死に元気づけてくれる弥七は、何かと言いつつも優しいと思う。アクマだといってもやはり殺人衝動さえなければ人と分かり合えることが出来ることだろう。
私は弥七の手を肩からどけ、そしてニコッと笑った。


『大丈夫。安心しただけだから』
「え…?」


私は再び十字架に向き直る。


『どうなってたか、ずっと心配だった。皆、そのままにされてないかって。ここに来た理由の一つがそれだった』


これを作ってくれたのは恐らくコムイの計らいによるものだ。青嵐牙を見つけた時、当時のまま残されていた村人の骨を見たのだろう。何も言ってはいなかったが、墓を作ってくれたのはコムイなりの優しさだったのだと思う。


『…弥七、座って』
「え?」
『いいから座って』


弥七を無理矢理跪かせ、私は十字架の前で青嵐牙を降ろし、片膝を着く。


『長様、只今戻りました。お待たせして申し訳ありません』


私は一人、墓に向かって言う。


『私をお守りくださり、本当にありがとうございます。この命、決して無駄には致しません。長様、そして皆の死に必ず、報いる道を歩いてみせます』


私はしばらくその状態で黙祷し、弥七も察してかずっと後ろで黙っていた。
――…必ず、報いなければならない。
皆の墓を前に、私は思う。必ず皆の死に報いる業をなさなければ、と。
墓を前にして分かった。私はやはり過去に生き続けるべき存在であり、皆の仇を打つためだけの存在なのだと。それ以外を理由に生きることなど、許されない。皆は私のために死んでいったのだから、私は皆の死に必ず報いなければならないのだ。
報いる。遂げる。成し得る。絶対に…――
少し長い黙祷の末、私は立ち上がって弥七の方に振り返る。


『付き合ってくれてありがと。お墓参りできて本当に良かった』
「そう、か…。よかったな!」
『うん』


弥七の笑みに私も笑顔を返し、私はスタスタとその横を通り過ぎる。


「お、おい!何処行くんだよ!」
『もう日が暮れる。今日はここに泊まってくよ』


私はチラリと夕日が沈みかける山間を見る。わずかに零れる赤い光もあと数十分で完全に断ち切られることだろう。
この辺りは日が沈めば、辺りが本当に暗くなる。街とは違ってここは一切人工的な光がなく、さらに自然の豊かさ故に必然的に発生してしまう障害物が非常に多いのだ。
それに、今日のように曇っている天気では頼みの綱である月光すらも地上には届かない。私自身、そういう訓練もあって夜目はわりときく方だったが、一番で歩くのが危険な環境に置かれている今、下手に動かずに夜明けを待つのが最も安全なのだ。
ひとまずこの村で一泊し、身体を休めて明日の早朝に出発すれば問題ないだろう。


「と、泊まるって何処に!?お前が寝れるようなところ、何処にも…」
『無いなら最初から泊まるなんて言わない』
「だって、おい。こんなに周りが…なのに」


言葉をあやふやにはされたが、弥七の言いたいことは何となく分かった。
先程村を見渡した時とは変わらずに、周囲は黒焦げで炭と化した建物ばかりである。当然、こんなところに一晩泊まれるわけがないし、寝れるところなどありはしない。
だが一つだけ、ある。
今日は…今日だけは、ここに留まっていたい。


『ついてきて』


私はそれだけいい、歩き出す。
今の私の推測がもし正しければ、焼き切られた村の中で唯一、残っている建物が存在することだろう。可能性としては五分五分だが、賭けてみて損はない。
私達は黒で包まれた家々を通り過ぎながら歩いていった。
数分後、日は完全に落ち、村は物静かにひっそりと夜を迎えていた。





第72夜end…



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