長編 | ナノ

 第???夜 外れた兵器



ドッ!!


私は外と地下の境界線になっている鉄格子を、勢いよく蹴り上げた。
与えられた衝撃にあっさりと鉄格子は吹っ飛び、私は地に手をついて排気口を出る。


『…外だ』


立ち上がった瞬間、私に向かって風が吹く。
髪や肌をくすぐるような感覚に私は思わず笑い、全身でその風を受け止めた。
久々に感じる地上での感覚は、ここまで気持ちのいいものなのか。ティキに心臓を取られたあの夜以来、外の空気を据える時はなかったから随分と懐かしく感じる。


『…だけど、のんびりもしてられないな』


私はアジア支部の排気口のすぐ脇に立っているのだ。もし私の脱走が知れれば、大人数を率いて教団の人間が追ってくることだろう。急いで逃げなくてはならない。
周りを見てみると、ここは岩山の近くだった。支部が広がっているであろう場所は、見事なまでに平地だが。
私は岩山の方へと駆けだした。
もう、自由だ。もう、縛られなくて済む。自由に、生きられる。
私は山へと行き着き、岩を蹴りあげてどんどん上へと登っていく。大地の感触を踏みしめながら、軽快に。
再び私は逃走者に戻ったわけだが、どうしてか今は逃げることを楽しんでいる。
大地を蹴り返せている事が嬉しい。日の光を浴びられる事が嬉しい。風を感じながら、走れている事が嬉しい。地上でしか出来ない全ての事を出来る事が、一番嬉しい。
やはり地上が一番だということを、私は改めて実感した。



☆★☆



『はぁ…はぁ…』


私はやっとのことで足を止める。
もうどれくらい走り続けただろうか。疲労も忘れるくらい走りまくったせいか、後から来る疲れが凄まじい。鍛錬は怠っていなかったから体力は落ちていないだろうが、走っていた時間がそれだけ長かったのだ。
あたりはもう真っ暗になっており、よく走り続けていられたものだと自分で感心する。
今頃、アジア支部では私がいないことで大騒ぎになっていることだろう。団員が慌てふためく様を、フォーは笑って見ているかもしれない。
だがいくら書置きをしてきたとはいえ、アレンは心配することだろう。
アレンは私を助けてくれたのに、最後まで一緒にいてやれなかったことが一番辛い。ちゃんと左腕を武器化し、リナリー達の元へ戻ってくれることを祈るしかない。
私はふと上を見上げる。


『わ…』


真上には綺麗な星が空一面に広がっていた。
1人で星を見るなど、随分久しぶりだ。故郷を失い、鴉から逃げていた夜、いつもこのように夜空を見上げていたか。
だが教団に来てからは必ず隣に誰かがいた。一人で見ることは、なくなったのだ。
私は思わず笑みを漏らす。逃げ出したばかりだというのに、皆と過ごしたことが頭によぎるなど皮肉なものだ。
私は首を横に振り、歩き出す。
今、自分がどこにいるかはさっぱりだが、取り敢えず歩き続ければどこかの街には辿り着くだろう。
数年間逃亡を続けた私には、既に1人で生き抜く術や手段は身についている。思えば生まれてからずっと、そういう事は全て叩き込まれていた気がする。
つい昔のことを思い返し、足取りが遅くなる。そこに、


「お―――い♪」
『は?――…!!!』


私を呼びとめる声に振り向くと、そこにいたのはアクマだった。硬質な部品をその身に纏ったこの兵器はアクマでしかない。
――まずい…
私はその場から全力で駆けだす。


「ちょ…待てよ!ホント!!」


逃げ出した私をアクマは全力で追ってくる。
双燐は私が閉じ込められる際にバク達に没収されたままだ。アクマはイノセンスである双燐でしか私は破壊できない。破壊が出来ないのなら、悔しいが逃げるしかない。
一時でも気を抜いたことを後悔していると、突然クラッと視界が揺れる。


『!?』


身体のバランスが保てなくなり、私はその場に膝を着く。
よく考えれば4日間何も食べていない上に、何時間も走り続けたのだ。身体がそろそろ限界なのだろう。


「だから待ってくれって!落ち着け、オレは敵じゃねェよ!」
『…アクマを敵以外の何に認識しろって言うの』
「大丈夫だって。オレはクロス・マリアンに改造されたアクマなんだ」
『………は?』


クロス元帥に、改造…?


「だーかーらー!オレは改造アクマだから、お前を襲ったりはしな…あぁ!!」


アクマの説明を聞き終わる前に、私は駆け出す。最後まで話を聞く馬鹿などいないだろう。
改造アクマというものがいるなど、聞いたことがない。どうせ私を油断させようとしている、うまい言い訳だろう。
ここは岩場だからうまくいけば撒けるかもしれない、と周囲を見、目測を立てながら私は全力で足を動かす。


ガッ!!


『え…』


岩を下ろうとしたその時、乗った足場の岩が崩れた。
体勢を立て直そうとするが、うまく体を動かすことが出来ず、ついに足場を失ってしまった。
――落ちる…!!
そう思って目を瞑った瞬間、ガシッと服を何かに掴まれた。
見上げると、私を掴んでいたのは私を負っていたアクマだった。


「あっぶなぁ…お前グダグダなのな」
『…ホント何、あんた』
「だ・か・ら!オレは改造アクマ。マジで敵じゃねェから安心しろよ」


アクマは私を地面に下ろす。
よく分からないが、取り敢えずこいつは安全であると判断し、話を聞くことにした。



☆★☆



私は枝を幾本か放り投げ、先程起こした火を大きくする。
今、周囲にあるものは赤く燃えるこの炎と、すぐ横にそびえる大きな山。そして、目の前にドンッと座っているでかいアクマ。
訳は知らないが、このアクマは私を助けた。完全に警戒を解いているわけでは無いが、一応話を聞いておいて損はないだろう。


『確か、改造アクマって言ったよね。本当にクロス元帥に改造されたの?』
「ああ。もうバッチリ人間様の味方だぜ」
『ふーん…元帥に、まさかそんなことが出来るとはね』


私は枝を火へと放り込む。


『何であんなところにいたの?』
「クロスに頼まれてアジア支部周辺のアクマの動きを観察してたんだ。日本に比べたら全然異常なしってところだろ」
『比べたらって…どういうこと?』
「日本の江戸は今、レベル3以上の高位アクマらの巣になってんだよ。共食い現象も起こってるらしいぜ」
『レベル3…っ』


私ですらまだ数回しか対峙したことがないアクマだ。レベル1や2との違いなど目に見えている。
そんな危険な場所にリナリー達は向かっているのか。
私はしばらく無言になるが、不安を振り払うように首を振る。
いちいち気にしてなどいたら、これからやっていられなくなる。逃げ出した私は、もう仲間として皆を心配する資格などないのだ。
私は大きく息を吐き、アクマに視線を戻す。


『それにしても、何で私に声をかけたの?団服着てないからエクソシストなんて分からないでしょ』
「お前、フィーナ・アルノルトだろ?クロスにお前を探せって言われたんだ」


アクマの言葉に私は枝を放り込む手を止める。


『何言ってるの?私はクロス元帥と面識はない。元帥が私を知ってるわけないでしょ』
「ところがどっこい、知ってたんだよ。オレもその辺のことはよく分かんねェけど、お前の力になってやれって命令されたからずっと探してたんだ」
『…どうなってんの?』


何故、クロス元帥は私のことを知っているのだろう。教団本部と一切連絡を取っていない元帥が私の情報を一体どこで掴んだのだろうか。
それに、例え何処かで私の入団を知ったとして、何故力を貸すのだろう。訳が分からない。


「まぁ、その役割がオレに与えられたのは偶然なんだけどな。アジアに行くオレがついでにってことで」
『ふーん。よく私がアジアにいるって分かったね。コムイ以外は私が生きてるってこと自体、知らないはずだけど』
「コレが教えてくれたんだよ」


アクマは身体中を探り、やっとのことで何処からか何かを取り出した。
それを見た瞬間、私は目を見開く。


『青嵐牙!!何で…』
「クロスはこれがお前の所有物だって分かってたみたいだぜ。ついていけって言われたからオレはこいつの行先を辿ってここまで来たんだ」


私はアクマから青嵐牙を受け取る。
もう二度と触れられないかと思っていたが、戻ってきて本当に良かった。
私はそれを背中に戻そうとするが、入れ物がない事に気づく。取り外された事を忘れていた。仕方ない、持って歩くとするか。
私はアクマに向き直る。


『どうやらあんたは信頼出来そうだね』
「そりゃよかった」
『ところで、力になってくれるんだよね?』
「ああ。何だ、何か頼みごとか?」
『うん。お腹すきすぎて倒れそうなんだ。何でもいいから持ってきて』
「はぁ〜?」
『いや、本当に。本当に空腹なの』


アクマは仕方ねェなー、と言うと、何処かへと飛び立っていった。もう見えない。一体どこまで行ったのか。
私は軽くため息を吐く。


『…ま、アクマでも一緒にいてくれてよかった』


集団行動が身についてしまった今の私にとって、単独行動では何となく心細かった。
また教団の事を思っているのか、と苦笑いした時、ふと眠気を感じた。どうやら体も疲れているようだ。
私はその場に寝転ぶ。
その瞬間どっと疲れを感じ、私はバチバチと燃える炎の音を聞きながら眠りについた。





第???夜end…



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