長編 | ナノ

 第071夜 希望の影



――……午前6時00分。
朝が来た。
私はパチッと目を開ける。だが開けていても閉じていても暗闇なのは変わらない。
閉じ込められて早4日。中央庁の奴らが来るまであと約6日というところか。
中央庁に移送されて幽閉されれば、こんなところでの生活を恋しく感じる時が来るのだろうか。まだここの方がよかった、と。
私は一人、苦笑いする。
狭く、暗く、何もないところを一人で過ごす日々。それは私が2か月間洞窟で過ごした時のような世界なのだろうか。誰かを恨み、孤独に怯え、仲間を恋しみ、これからの世界に絶望する。そんな世界なのだろうか。
――…嫌だな……。
それが正直な気持ちだ。
出来れば行きたくはない。外に出て、自由になりたい。不可能だと思って何度も自分の中で潰してきた思いだったが、この期に及んでも願ってしまう私は本当に強情だ。
ため息を吐こうとしたその時、ギー…と、またあの鈍い音が牢屋に響き、光が差した。
昨日の今日だ。バクではないだろう。ならば誰か。
私は重い身体を起こし、入ってきた奴を見る。


「よお」
『…何だ、フォーか』


私は悪態をつき、再び寝転がる。
そんな私の態度にイラついたらしく、フォーは舌打ちする。


「何だとは何だ。せっかく来てやったつーのに」
『…何しに来たの。まさか今日の尋問はフォーなの?』
「お前は何言っても口開かねェだろ。暇そうだから話し相手になりにきてやったんだよ」


そう言い、フォーは鉄格子にもたれて座る。
生意気な口調なのが大変ムカつくが、誰もいないよりいた方がまだマシだ。
私はゴロンと寝返りを打ち、その小さな背中を見る。


『アレンの調子はどう?ちゃんとやれてる?』
「…最悪だな。やる気が日に日に薄れてる。殺気すら感じなくなってきた」
『…そう』


私は小さく言い、息を吐く。


『やっぱり焦ってるね。早くリナリー達の所へ戻りたいんだよ。仲間と早く合流して、戦いたいんだと思う』


自分の無力を悟り、その壁を越えられないことは何より辛い。強くなりたくても、気持ちをいくら強く持っても、結果が追い付いてこない。どうしていいかも分からない。だから、焦るのだ。
――…しかも、それだけじゃない。
いずれこうなることは大方予想していたが、タイミングがタイミングなのだ。
私がこんな状況だからアレンにかなり心配させている。集中しなければいけないのに、私のことが気にかかって戦闘時でも気を削いでしまっているはずだ。
私の存在はアレンの邪魔にしかなっていないのかもしれない。私には今、この教団における存在価値は微塵もない。


『…やっぱりここは私のいるべき場所じゃないんだ。アレンにも迷惑かけて…もう嫌』


こんなことならもう教団にいられなくてもいい。邪魔にしかならないのなら、もういられなくてもいい。私はただ外へと出たいだけなのだ。
私は深くため息を吐いた。
その様子をフォーは黙って見つめていた。


「…昔、お前と同じ様にため息ついてる奴がいた」
『え…?』


フォーが不意に何かを語りだした。


「イノセンスや教団に縛られてる生活…それが辛かったんだろうな」
『へぇ…私と同じだ。その人も使徒?』
「ああ。お前と同じ、エクソシストだ」


フォーは過去を思い返すように上の方を見る。
実際、そういう存在が過去にいたのだろう。いや、今現在でも私という存在がいる。
イノセンスや教団、伯爵との聖戦。そんなものに縛られる使徒が感じる辛さは並大抵のものではない。自分以外の者に全てを決められ、意思など関係なく戦わされるのだ。
縛られることが何より嫌いな私にとって、この聖戦はひどく苦痛なものだった。


「けど、希望を見つけたそいつの顔は前と比べ物にならないくらい明るくなった。それが、友達だったんだ」
『友達…?』
「ああ。そいつにとっては友達が希望だったんだろうな」


あくまで他者の話であるはずなのに、私は思わずフォーの話に聞き入った。
私の関心を引き付けたのを感じたのか、フォーは私に視線を移した。


「お前は何だ?」
『…何が?』
「お前の希望は何だって聞いてんだよ」


――私の、希望…
そんなもの、決まっている。当たり前すぎる程、昔から何度も私の中で結論付け、望んできたことだ。
私は視線を強くし、手の鎖を持ち上げてみせる。


『こんなものがない世界。私を縛る者なんか何もない、自分らしく生きられる世界。自由こそが、私の希望…かな』


途中で真面目に答えている自分が何だか馬鹿らしくなり、語尾はかなりいい加減になった。


『で、何が言いたいわけ?それが出来ない私を馬鹿にしに来たの?』


こんなところで自由に焦がれたところで、私の運命は既に決まってしまっている。閉じ込められた真っ暗な世界で、一生過ごすことになるのだ。
希望など、とうの昔に絶たれている。今更希望を語ってそれが何になるというのだ。


「自由。それがお前の希望なんだな」
『……そうだけど…』


質問の答えになっていない返答に私は顔をしかめながら言う。
結果的に何がいいたのか全く伝わってこない。
だがフォーはそんなことはどうでもよさそうにあくびをしながら立ち上がる。


「自分に広がる世界をよく見てみるんだな。ないと思ってるだけで希望なんてすぐその辺に転がってる。手にできるかどうかはお前の力次第だけどな」


そう言うと、フォーはスタスタとドアの方へと歩いていく。


『ちょっと、全く意味分からないんだけど』
「知るかよ。自分で考えるんだな」


フォーはそう投げ捨てるように言い、出て行った。
部屋は再び暗くなる。
――…何、あれ。
突然訳の分からない話を始めたかと思ったら勝手に出て行ってしまった。
私の希望は自由で、それがその辺に転がっている?一体何のことだ。
私は鼻を鳴らし、寝転がる。


『その辺に転がってるくらいなら、こんなところで閉じ込められてなんかないっつーの。世界をよく見ろ?こんな狭い牢屋のどこを見ろって言…』


私は自ら言葉を切り、バッと起き上がる。
――…待てよ。
私は重い鎖を持ち上げ、部屋の隅々を調べ始める。
暗がりだから手さぐりで壁を探っていくしかないが、私は手で触れながら壁の全てに触れていく。
すると、ある場所で、でこぼこした何かに手が行き着いた。


『…あった』


私はその周りを両手で確認し、構造を探る。
――やっぱり…排気口。
さほど太くはない鉄格子がそこにある穴を塞いでいる。
ここは地下であり、人が生活する環境なのだから外へと通じる空気の通り道がどこかに必ずあるものだ。その一つがこれということだろう。
私は先程フォーが出て行った扉を見る。


『フォー…?』


返事はない。
フォーはこのことを伝えようとしていたのだろうか。私を自由にするために、このことを教えてくれたのだろうか。何故、助けてくれるのだろう。
私はしばらく考え込むが、分からないものは分からない。
私はあきらめて鉄格子に向き直る。
目で見ることは出来ないが、これは私が通るくらいの大きさはありそうだ。
私は鉄格子の隙間に手を突っ込む。


『…風』


微かに空気の通りを感じる。
風は入る場所と出る場所がなければ屋内には発生しない。やはり外へと繋がっているのだ。
私は自分の両手を縛る鎖を見る。
フォーは言っていた。希望を手にできるかどうかは、自分の力次第だと。恐らくそれはこのことだ。
だが、見つけた希望なら絶対に掴む。逃がすものか。
私は鎖を力いっぱい真横へ引っ張る。


『―――っ!!』


パアァァン


私は鎖を引きちぎり、その破片を牢屋の中へまき散らした。
――…何だ、意外とやわじゃん。
別にこれぐらいの事は出来ると閉じ込められた時から分かってはいたが、手の拘束を解いたところで密室からは出られないと分かっていたのでそのままにしていた。
私は久々の解放感にグイッと両手を広げる。


『さて、次はこの鉄格子か』


私は排気口にかかる鉄格子に触れる。
目では見えないため細かい構造は分からないが、恐らく土壁に埋もれるようにして作られているに違いない。
――と、言うことは…


『わりと造りは脆いはず』


私は地面に手を吐き、鉄格子を勢いよく蹴り始める。
ガンッ!ガンッ!と音が鳴るが、土壁でできたこの牢屋でいくら大きな音を発しようと、反響することもなければ外へと伝わることもない。
私は何度も1本の鉄格子に足蹴りを炸裂させる。
そして、ガッ!!とその鉄格子の一端を歪ませた。


『…よし』


私はありったけの力でその箇所を土から外し、もう一方を土壁から引き抜く。
――…やった。
狭いが、私が通れるくらいのスペースは出来た。この中に入り、上へと登って行けば地上に出られるかもしれない。
私はその中に入ろうとするが、そこで動きを止めた。


『そうだ』


私は外した鉄格子を持ち、それで地面に文字を書く。今は本気で急がなければならないが、アレンには伝えておかなければならない。
私は黒く染まる地面に次々に文字を書き込んでいく。ちゃんと書けているかは不安だったが、彫れている感触はあるから多分大丈夫だろう。


『出来た』


私はふぅ…と、息を吐いて鉄格子を置く。


≪アレンへ 一緒にいられなくてごめん。絶対発動させてね≫


何も残していかないよりメッセージを書いておいた方がアレンも安心するだろう。
私はそれを踏まないように鉄格子が外れた穴へと入り込む。


『…フォー、ありがと』


聞こえているかどうかは分からなかったが、私は扉に向かってそう呟いた。
フォーは、何故かは分からないが、私に自由を与えてくれた。
絶対に掴む。今度こそ自由になる。
私は決意を込め、どんどん穴の中を進んでいく。いつもは憎む小柄な体格もこんな時には役に立つものだ。
しばらくすると上へと続く通路が見えた。そこまで行き着き顔を上げてみると、そこは眩しすぎるくらいの月明かりが差しこんでいた。
久々に目にした自然の明かりに、知らずのうちに笑みが溢れていた。





第71夜end…



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