「へえぇ、おっさんホントに人間なんだー」
「ちょ、やめ、やめなさい」
私が、後ろから抱きついて腹のあたりを遠慮無く触っていた腕をもがき解くと、非常に軽い謝罪文句もそこそこに少年ーーハジメという名だーーは、前に走っていった先で振り返り、こっちだと大きく手を振った。
頭を抱えている暇がないから文句は飲み込もうと思うが、それにしたってイラキセといい、テラコといい、このハジメといい、なんで地球は変人ばかりなんだ。いや、人かどうかすら怪しいのだが、そうじゃない、考えている暇はないんだってば。
私はツンツン茶髪の後を追った。
「そういえばおっさんさあ、そんな服で熱くないの?」
「邪魔ではあるが、身を守る為であるし空調完備だから問題ないな。むしろ、君こそ寒くないのか」
例の通路はどこもデザイン共通らしく、中央広場をゲートホールとは逆方向に進んだ先の道だが、構造に変わりはない。
目的地に向かう道すがらの時間つぶしだろうハジメの質問に、私は問を返した。
「それは全然ヘーキ。生身じゃないし、寒くないわけじゃないけど、慣れた」
白のチョーカーベルトと黒の腰ベルトからそれぞれ繋がる、Tシャツ短パンのヘソ出しスタイル。近所の元気小僧でもこんなのはいないんじゃないか、というほど古典的な服装は、どう見たって寒そうだった。
だがそんなことより私は、彼の返答に嫌な予感がした。
「もしかして」
「おっさん、トロそうだったけど頭は良いね。そのとおりだよ」
ああやっぱり。こいつもイラキセと同類、アンドロイドに憑依できる何がしかのようだ。
「失礼な。これでも暗式情報処理一級の資格を持っているんだぞ」
「ただのおっさんじゃなかったのか……」
「だから、失礼な!」
そして笑いながら謝る少年は精神的にも、正に見た目通りの若さであるようだった。
「でもイラキセのやつ、なんでおれとおっさんに頼んだんだろ」
ふと、ハジメが真面目な顔になった。表情がコロコロと変わって忙しい奴だ。
「採集も運搬もテラコのほうが得意だし、向こうのポット修理には力仕事いらないんだから、こっちにこそパワー型がいてくれればすっごく捗るのに」
「あの幼女より私のほうが力不足だって言いたいのか?」
「それもあるけどさ、そうじゃなくてな」
げんこつするぞ、こら。
「イラキセ、何かあるんじゃ、って思ったのかなと」
「何か、とは」
「あー、ええと、テラコじゃダメな理由」
さっぱりわからない。
この年代の人間とは殆ど話さないから、会話のテンポがイマイチ掴みづらいと感じる。こちらから話を振ってやれば、少しは理解できるだろうか。
「もう少し詳しく説明してもらってもいいか、ハジメ」
「おう。イラキセって、いわゆる第六感がすごくてさ、未来予知的なことを無意識でやるんだよ」
「あ、ああ」
なぜ一気に胡散臭くなったのだろうか。とりあえず相槌で会話を促す。
「いっつも、事件が終わった後に何がどうなったかを振り返ってみて、初めてわかるんだけどな。例えば、これを持ってなかったら先に進めなかった、とか、こっちに来てなければ落盤で死んでた、とか」
「縁起が悪いことばかりだが大丈夫か」
「そのほかだと、初めて見た機械を直感で操作しちゃうとか、なんとなくバラしはじめて元の形に戻したら、前より性能が上がってた、とかかなぁ。事件だけってわけじゃなくて、うーん……なんて言えばいいんだろ。イラキセが持ってるのは……そうだ」
すこし間を置いて、少年は、輝く鳶色の目で私を見た。
「未来を切り開く能力、かなっ」
「……ほーう」
ニヤリとしてやれば、そこには見事な赤面があった。
「な、ばば、ばっ……おま、そんなとこまで察し良くなくていいってば!」
「どういうご関係で?」
「博士と助手だよっそれ以上でもそれ以下でもない!」
「どうかな」
「あああぁもう」
ハジメは両手で自分の頭をガシガシと乱し、私に人差し指を向けて「大体なあ!」と騒いだ。
「おっさん、イラキセが女か男か知らないだろっ」
「君の反応で分かった。女性だろう?」
「そうだよっウン千年も生きててウブいとか言うんじゃねーぞ悪いかちくしょう!」
「ちょっと待ってくれ、ウン千年ってなんだ」
「言葉のとおりだよ!
とぉにかく、イラキセは、愛だの恋だのが主観的で要らないものなんだって。だから、一緒にい……じゃない、イラキセの手伝いをするには、助手じゃなきゃいけないの!」
もし本当に彼の言葉どおりだとすると、イラキセもハジメも、人間ではない上に、とんでもなく長生きということになる。
そもそも憑依できるだの、地球を隅々調べ尽くしただの、元からアンドロイドではないという証拠はどこにもないのだ。おそらく違うとは思うが。
「ハジメ、君たちはいったい何なんだ」
「はあ? なんだよいきなり」
「私はそれほどまでに長命な種族を知らないし、イラキセの言っていた機体を乗り換えるなんて話もチンプンカンプンだ。つまり君たちは」
「人間じゃない、って言いたいんだよな」
そんな悪意的な考えではないのだが、と弁解しようとしたが、ハジメは既にへそを曲げかけているようなので、特に何も言わなかった。
「確かに、今のおれたちは、厳密に言えば人間じゃない。でも、こうなる前は、おっさんと同じで飯だって食ってたし、学校に行ったりもしてた。
イラキセもそうだ。あいつはネットでしか話したことなかったけど、おれと同じ星、同じ国でちゃんと生きてた、正真正銘の人間だよ」
私の少し先を歩くハジメの顔は見えない。
私に説明をするときの真面目で落ち着いた話し方は、おそらくイラキセから学んだものだろう。
「エーテル体っていうんだ。魂って言えば大体あってると思う。
自然発生的なエーテルは感情や欲が無いからいいんだけど、おれたちみたいな“肉体から離脱したエーテル体“は、人間として生まれたからエーテル体になっても人間の考え方とかクセが抜けない。
考えたり感じたりすることっていうのは、それだけでエネルギーを使うから、使い続けるエネルギーを作ってくれる何か、を借りなきゃ消える。つまり、死ぬってことになる」
「逆説的には、エネルギーが途絶えなければ死なないということか」
「まあ、そーいうことになるかな。ーーほら、ここだぜ、っと!」
いつの間にか辿り着いていたらしい目的の扉を、ハジメがググッと押し開ける。
狭い、通路という閉鎖空間の先にあった楽園に、私は目を疑った。
「おい……ここは、本当に地球なのか?」
そこは、灰と白の世界には、あまりにも鮮烈な色彩の大広間。見渡すかぎりのヨーロピアナガーデンだった。
小鳥のさえずりが気分を上向かせ、爽やかな風が吹き抜ける生命の世界。
石畳の細い道が幾筋にも枝分かれし、うねり合わさるそれが囲み、区切ったスペースを利用して塀を持たない庭が点在している。それらがそれぞれ、草木や花で麗しく着飾って、美しさを他の庭と互いに競い合っていた。
驚いたのは、庭というキャンバスを一層魅力的にする、抜けるような青空だった。
中央広場のように巨大な円柱が高い天井を支えていることには変わりないが、白亜の柱が支えているのは、紛れもなく蒼穹で、薄く流れる雲や太陽の存在が、私の鬱屈した精神の底を洗い清めてくれるような気さえした。
例え、全てが偽りの産物だったとしても。
「もちろん。プラネタリュームスカイは気に入った?」
ああ、やっぱり。
「……ああ、それは、もう」
「……ご、ごめん。ほら、行くぞ」
落胆に気づいたらしいハジメは、私の肩を軽く叩いてそそくさと歩き出した。
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後書き的なモノ:
さらに新キャラが登場し、胡散臭い話を交えつつ、物語は進んでいくのでありました。
2016.10/03
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