「……やっぱり、来たねぇ」
ドラゴイールの亡骸から魔石パワーを受け取っていたリョウが、振り向いた。
マグマ煮え立つ乾きの山の山頂で、私たちは、リョウの正面に立つ。
【私の不思議な妖精さん 第八話】
「リョウ、迎えにきたよ」
私は一歩前に出た。
「強くなったリョウでも構わない。イーターに近くなろうがなんだろうが構わない。私はまたリョウと一緒に、いつもの日常に戻りたいの」
リョウは、あくびをした。
「いつもの日常? なぁにそれ」
リョウは背中に背負っていた大剣を取り出して、抱きしめる。
「そんなことより、僕は神になるほうがいいなぁ。そのほうが、僕の思うままになんでもできるじゃない? 神になれば、もっともっと強くなれるし」
私の斜め後ろから、ローズがリョウに話しかける。
「強くなって、それで? おまえは何がしたいんだ?」
「……きみたちに、教える義理はないよぉ」
抱いていた大剣を、私たちに向ける。
「僕は、僕のしたいようにするだけ。きみたちが何と言おうと、僕は魔石を集めるのをやめない。強くなるのをやめない」
「来ます」
ルナの声に、全員が戦闘態勢に入った。
リョウが大剣をかかげると柱となったマグマが立ち上る。
「僕は、僕のままでいるんだ!」
柱が、グランドソードの出した滝のようにはじけ飛んだ。
四散した私たちの前に飛び散る熱い液体。水も混じっていたようで、蒸発したそれが視界を一気に悪くする。
「どこだ!」
「ここだよぉっ」
ローズの叫びに、背後から現れたリョウが太刀をあびせる。
二撃、三撃と振り下ろされる重い剣戟を、ローズは鋭い形の大剣で受け止める。
「あのとき以来だねぇ、ローズ。こうやって戦うの」
ローズは無表情のまま、バックステップを踏む。
それに合わせてリョウも距離を詰める。
「ホミター!」
プリンが高らかに魔法を詠唱する。リョウは横から飛んできた水弾を片手で弾き返した。弾は詠唱者のほうへと戻り、足場の悪い中プリンはなんとか横へ避けた。
「あの強さ、ずるすぎるわ! 何でもありなんてジョーダンじゃないわよ!」
悪態を吐くプリンのほうへ、リョウが剣を振り上げる。
「プリン、避けろ!」
ローズの声むなしく、プリンに向かった轟音は小さな身体を軽々と吹き飛ばした。
宙を舞う身体の着地点まで、私は走る。
「えーいっ!」
頭からスライディングをして、プリンの身体を抱き止める。
「あ、あるじ……ごめんね……!」
蚊の鳴くような声で、薄めを開けたプリンは身体から力を抜いた。
「待ってて、今助けるから」
私も杖に祈りを込める。
「させないよぉ」
私にターゲットを変えたリョウが迫る。
間に入ったのはルナだった。
「させません」
「きみは、ご主人様ごしゅじんさまうるさいんだよぉ!」
リョウが飛び上がり、大剣を大きく振り下ろす。
地を割る衝撃波が蛇のように駆け抜けるのを、ルナは真っ正面で受け止めた。
「く、っ……!」
「ルナ!」
「ご主人様はプリンを見ていてください!」
踏ん張り耐えきったルナが、リョウに攻撃を仕掛ける。棘のついた片手剣の素早いヒットを、リョウは輝く大剣で全て受け止める。
その間に、私の祈りは実を結んだ。
「ビールシャワーッ」
細かな波紋が周囲へとまき散らされ、プリンとルナに降りかかる。
「あるじ……?」
目を開いたプリンが、何とか立ち上がった。
「よかった、プリン」
「ごめんなさい、あるじ。手間かけさせちゃった」
プリンは杖を構えて、しっかりとした目で私を見た。
「あたしはローズの援護に回る。あるじはルナについてて!」
「りょーかい!」
ルナが剣を大剣に叩きつけているそのとき、私の目には飛び散る魔石が見えていた。
「みんな、大剣を集中的に攻撃して! 魔石のパワーを削ろう!」
「了解した、我らが主よ!」
真っ先に反応したのはローズだった。
ローズは素早くリョウに駆け寄り、杖に力を込めてかかげた。
「ライシャイン!!」
天から降り注ぐ雷が轟き、ドーム状になってリョウを攻める。
「くっそぉ……!」
大剣を身体の前で構えて、リョウは全ての電撃を受けきった。しかし、大剣の美しい輝きはだいぶ褪せている。
ルナはそこへ鋭い突きを繰り出した。
「はぁっ!」
大剣の刀身にヒビが入る。
リョウは舌打ちをして、二、三度で私たちから距離をとった。
リョウが大剣を抱きしめると、リョウの身体から大剣へ虹色のオーラが移っていく。すると、大剣の亀裂はなだらかになり、やがて消える。
再び大剣に力が宿る前に、プリンがローズに近づき魔法を唱えた。
「マジップ!」
紫色のオーラがローズにかかる。
「ライラーンッ」
その後ローズの唱えた雷球は、いつもの倍の大きさを誇っていた。地をえぐりながら飛んできた球を、リョウはサイドステップでかわす。
着地点にいたのはルナと私だった。
「パワップ!」
私は切れ味を上げる呪文を唱えた。
リョウを傷つけたくは、もちろんない。でも、リョウが力尽きるまで私は戦わなきゃいけない。
私のパワップを受けたルナが、三度リョウに詰め寄る。
「リョウ! 戦うのなんてやめようよ!」
ルナの剣を弾き返すリョウに、私は話しかけた。
「戦ったって、なにもないじゃん! どうして戦わなきゃいけないの?!」
「強さを証明するためだよぉ!」
私の問いかけに、リョウが言う。
「強くなって、強くなって強くなって強くなって、マスタァに認めてもらうんだ! マスタァに使ってもらうんだ、遊んでもらうんだ! だから、強さを証明しなきゃいけない。マスタァに振り向いてもらうために! 遊んでもらうために!!」
切り上げに、ルナの剣がはじき飛ばされる。
「だから、きみたちをやっつけるんだぁ!」
肩からの突進に、ルナが吹き飛ばされる。
「だったら!」
私は走った。リョウのところへ。
リョウが切り上げから振り下ろしに変わる前に、喰らうこと前提で。
私は、リョウの懐に飛び込んで、杖をリョウの鳩尾に突き立てた。
「く、はっ」
「私が、リョウを止める。強さが必要なんていわせない。いくらだってマスターに言ってあげるし……それに」
くずおれるリョウを支えて、ぎゅうと抱きしめた。
「マスターも言ってたよ。寂しいって。またリョウと一緒に遊びたいって」
「……だ」
力の抜けたリョウが、私の耳元で何か言った。
「うん、何?」
「……だ、うそだ、ウソだぁっ!」
「わぁっ!」
リョウが、私を両手で突き飛ばす。
「ご主人様っ」
私とリョウの間にルナが入る。
私はリョウを見て、その変なカンジに気づいた。
「リョウの、身体が……!」
うそだ、うそだとつぶやくリョウの身体が黒い闇に覆われていく。
「リョウ!」
「ダメですご主人様、近づいては」
「今いかないでいつ行くの!」
ルナの静止を振り切って、闇に近づくが、何かのバリアーみたいなものに阻まれて、それ以上近づくことができなかった。
「リョウ、リョウ!」
「うあ、あああああああ!!」
リョウの悲痛な叫びに闇が広がって、視界が真っ暗になる。その中で光るものがあって、必死に手を伸ばしても届かない。
「リョウ! ねぇってば!」
返事もない。
闇に包まれた乾きの山から、少しの浮遊感と共に移動したらしかった。
何もない空間を、遠くから血のように赤い月の光だけが照らす。
そこに現れた異形の怪物に、私は身体が震えるのを自覚した。
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あとがき
続きます。