私の不思議な妖精さん 第七話
「……ごめん、ちょっと現実世界で頭冷やしてくる」
 イキシアさんのワープでオクターヴァに帰ってきた私は、みんなに頭を下げて現実に戻ることにした。



【私の不思議な妖精さん 第七話】



 自室に帰ってきて早々、私はローテーブルを蹴り上げた。
「何くよくよしてんのよ、自分!!」
 ひっくり返ってティッシュ箱やらリモコンやらをぶちまけるテーブルを見て、肩で息をする。
「せっかく、せっかくリョウに会えたのに! いろいろお話しできたかもしれなかったのに……!」
 お腹のあたりが痛い。胃が煮えくりかえりそうだ。
 自分のふがいなさに。
「もう、もうやだ……もうやだ。こんな自分。何にも役に立てないし、リョウのこと助けてあげられないし、足手まといになってばっかりだし……」
「それだけすか?」
「わぁっ?!」
 突然声がしたから振り向くと、玄関のほうからさっちゃんが歩いてきた。
「それだけすか? 先輩」
「さっちゃん、どうしてうちに」
「合い鍵」
「あ……」
 大学時代によく遊びに来る子だったから、いきおいで渡してしまったんだった。二、三年経つのに、よく持ってたなぁ。
「とりあえず、何か飲み物もらってもいいすか?」
「う、うん……」
 大好きな後輩の前で、これ以上の失態は見せられない。
 すごく申し訳ない気持ちで、私は冷蔵庫に向かった。


 とりあえずしまってあったカルピスを水で割って、二つ用意してリビングに戻った。
 さっちゃんはローテーブルを元の位置に戻して、そこで座っていた。
「お待たせ」
 テーブルにコースターをしいて、カルピスの入ったグラスを置く。さっちゃんはそれを一瞥して、私に向き直った。
「リョウに、会えたんすね?」
「うん……」
「それで、何も言えなかったと」
「……、うん」
「ふがいない。とりあえず座ったらどうすか?」
「そ、その通りです……」
 言葉通りに、さっちゃんの前に座る。
 そういえば、さっちゃんに対して本気で怒ったこと無い気がする。図星を突かれて怒るはずなのに、逆にしゅんとしてしまうのは、きっと、さっちゃんのそういうところを尊敬しているからなんだ、と思う。
「それで荒れてさっさと帰ってきちゃうあたりは、先輩らしくないすね」
「……へ? らしくない?」
「らしくないす。よっぽど自分のこと嫌になったんすね」
「……、うん」
 その通り。
「だって、何もできないし言えなかったんだよ」
「なんですか?」
「なんで……なんて声をかけていいのか、わからなくて」
 さっちゃんはグラスに手を出そうとして、やめた。
「そんなに変わってたのすか、リョウは?」
「うん、変わってた。でも、リョウはリョウだった。
 おっとりした話し方も、しぐさも変わらなかった。本当は、会えて本当に嬉しかった。でも、話してることとか友達に対する扱いとかを見て」
「なんて言えばいいのか、わからなくなった?」
「うん、そう……」
「やっぱり、行けばよかったすね」
「え?」
 聞き返すと、さっちゃんは天井をあおいだ。
「先輩がゲーム内から帰ってこなかったときあったじゃないすか。あのとき思ったんす。先輩ひとりじゃ心配だから、行き方さえわかったら私も先輩のところに行こうって」
「そうだったの?」
「そしたら先輩、先輩いわく妖精さん達と仲いいじゃないすか。コミュニケーションとれるなら、別に大丈夫かなって、思ったんすよ。きっと仲間同士支え合えるんじゃないかって。でも」
 さっちゃんはため息をついた。
「私の思い過ごしだったみたいすね。仲間がいるのに、先輩は臆病風吹かして何もできなかった」
 カチン。頭の中のどこかで火花が散るような音がした。
「……それで?」
「先輩は強い仲間を弱いとでも思ってたんじゃないすか? 仲間を信じられてなかったから、自分がどうしていいのかもわからなかったんす」
「うん。それで?」
「自分の立ち位置が把握できてなかったから、先輩はリョウに対して何も言えなかったんすよ。だから何? って聞き返されるのが怖くて」
「怖くなんかないよ!」
 私は立ち上がっていた。
「怖くなんかない! 聞き返されたら、それでもリョウのことが大事だからって」
「それでも、だから何って言われて終わりすよ」
「終わりじゃないもん!」
 すっと私は息をすった。
「何があっても、どんなに強い敵が出てこようとなんだろうと、私はあのとき決めたの!」
 遺跡みたいな場所でルナに泣きついたのを思い出す。
「リョウを必ず元に戻すって。絶対リョウに何かあった筈だから、それを聞き出すんだって。だから声かけづらかったマスターに声かけて呑みに誘ったし、修行もしたし怖いボスキャラにも立ち向かった!
 私はリョウを取り戻すためならなんでもする! そう決めたの! それを手伝ってくれる妖精さんを馬鹿にしないで。私の決意を馬鹿にするのも許さないし、私の信じてる妖精さん達を馬鹿にするのも、許さないっ!!」
 ぜい、ぜい、と何も音のない空間で、自分の息使いだけが聞こえる。
 いつの間にかさっちゃんは、私の目をじっと見ていた。
「やっと先輩らしくなったすね」
「……へ?」
 ぽかんと、私の口は開いた。
「先輩は、これと決めたら一直線な人。目的を忘れて迷うなんて、先輩らしくないす」
「さっちゃん……」
 自分の目がうるむのを感じた。さっちゃん、もしかして私のために。
「ほらほら、そうやってすぐ泣くんすから」
 立ち呆けてる私に、さっちゃんはわざわざ立ち上がって、そっと肩を抱き寄せてくれた。
 背中をぽんぽんとされる。
「リョウの行き先は知ってるのすか?」
 優しい声でささやかれて、私の涙腺は決壊した。
「うん……」
「仲間を信じて、行けそうすか」
「うんっ……!」
「それなら、もう先輩は大丈夫すね」
 離れるさっちゃん。
 私は目を服の袖でぐしぐしとぬぐって、強くうなずいた。
「うん!」
 ポケットに入っている魔石入りの小瓶を取り出す。
「さっちゃん、ありがとう」
「何もしてないす。……まあ、今度喫茶店ごちそうしてください」
 私は笑った。やっと笑えた。
「本当にありがとう。もちろんだよ。
 ーー行ってくるね」
「気をつけて」
 さっちゃんに背を向けて、私は小瓶の中身に触った。
 小さくなって、慣れたピリピリ感とちょっとした浮遊感で、オクターヴァの門前に帰ってくる。
 門の前にはいつもの三人が並んでいた。
「おかえりなさい、ご主人様」
 ルナが、いつものように私に跪く。
「ただいま、ルナ、みんな」
 プリンがトコトコと走ってきて、私の顔をのぞき込む。
「あるじ、目が赤い? だいじょーぶ?」
「野暮なことを聞くんじゃない、プリン」
 プリンの袖を軽くつまんで引っ張ってから、離してローズが前に出た。
「準備は整ったらしいな、我らが主よ。我らも、いつでも行ける」
「うん、ありがとう。……本当に、ありがとう」
 そういえば、アズの姿がない。
「アズは、ふらふらとどこかへ消えていきました」
 私の疑問に、ルナが答える。
「そう……。アズも無事だといいけどなぁ。ーーとにかく」
 私は一度深呼吸をしてから、みんなに向き直った。
「私はリョウを、いつものリョウを取り戻す。みんな、私に力を貸してほしい」
 誰も口を出さずに、こくんとうなずく。
「……行こう、乾きの山へ」
 みんなが、私の前にひざまずいた。
「我らが主の言うままに」



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あとがき

 いよいよ、最終決戦です。


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