私の不思議な妖精さん 第六話
「ホミライ! ふぅ、あとどれくらいで着くの?」
「ご主人様がんばってください、まもなく頂上です」
 グランドソードというボスがいる場所に向かうため、私たちは急で長い坂を登り続けていた。



【私の不思議な妖精さん 第六話】



 私の息は修行の成果かそんなに上がらず、道中の敵を倒してくれるルナたちの後ろから魔法で援護射撃をしていた。
「ごめんね、こんなことしかできなくて」
「こんなことなんてっ、あるじの回復たすかってるよー!」
「それに、我らが主を守るのは俺たちの役目だ」
「そーよそーよっ気にしないで!」
 ルナが大きな木みたいなイーターをやっつけたとき、ちょっとした浮遊感と共に景色が変わった。
 まず目についたのは大きな葉。続いて、
「綺麗……!」
きょろきょろと振り向けば、そこには見事な虹がかかっていた。
「ご主人様」
 ルナが私の隣で話しかけてくれる。
「もし何か危ないと感じたときは、この葉まで走ってください。ヤツの攻撃はここまで届きませんから」
「わ、わかった」
「……行くぞ」
 ローズの言葉に、みんながうなずく。葉っぱの頂上に辿り着くと、そこは蓮の花を広げたようなだだっぴろい空間だった。奥のほうには虹色の太い管があり、蓮の花と天にあるオクターヴァにいるより近い月を繋げていた。
「我の邪魔をするのは誰だ……」
 ふ、と何もない空間から現れたやつを見て、私はすくんだ。
 兜とずきんが合わさったようなかぶり物から繋がる、紫色の鎧コート。腹に抱える水色の大きな魔石。絡み合う鎖と鎖。顔の暗闇に光る、二つの目。
 とんでもなく強い。私はそう思った。
「グランドソードよ、今日は貴殿と戦いに来たわけではない!」
 ローズが張りのある声で話しかけた。
「イーターとハンターの関係について、知っていることがあれば教えてはくれないか?」
 私は思った。そんな簡単に教えてくれる筈はない、と。
 残念ながら、私の悪い予想はどうやら的中したようだった。
「狡猾なシャムロック風情に教えることなど……」
「来るぞ!」
 グランドソードは太い剣を振り上げた。
「無い!!」
 振り下ろしと共に、衝撃波が彼方まで駆け抜ける。
「ご主人様はここで杖に祈りを捧げていてください」
「わかった!」
 ルナの合図と共に、四人は散開した。
「ならば、力ずくで聞き出すまでだ! ライラーン!」
「ホミライホミライホミラーイ!」
 プリンの出した小さな玉が、ローズの出した大きな玉に合わさり巨大な雷球となってグランドソードを襲う。
「その程度か、シャムロックよ」
「あなどらないで」
 ルナが姿勢を低くして、片手剣で攻める。
 二撃、三撃、四撃。
 グランドソードは片手で持つ大剣を軽々とルナの剣戟に合わせ、いなす。
「そこだーっ、ライカヅチ!」
 プリンの叫びに、ルナがサッと身を引く。
 グランドソードの頭上から細い雷撃が幾重にも重なって降り注いだ。
「ぐ、っ……ここまでの力を宿したか」
 グランドソードは剣を身の前に詠唱を始めた。
「裁きの滝よ、降り注げ」
「ご主人様、逃げてください!」
 ルナの声に、私はうなずく。四人はちりぢりになり、グランドソードの周囲をぐるぐると回る。
 天からすさまじい勢いで落ちる滝が、私たちに迫る。やがてその麓に巨大な氷塊が生まれ、硬質な音を立てて破裂した。
「うわっ」
 氷の破片が降りかかってくる。冷たくて、鋭い。幸い傷つきはしなかったけど、まともに喰らったら大惨事だって思った。
「なぜ貴殿は、そこまでシャムロックのことを嫌うのか?」
 ローズが星杖の先から電撃を飛ばしながら問う。
 会話の中からわかったことがある。
 シャムロックとはどうやら、私たちハンターのことらしい。
「図られたからだ!」
 恨みをこめて、グランドソードはローズにむけて剣波をたたき込む。
 間一髪のところで避け、ローズは言葉を続けた。
「誰に? イーターの中にもそれほどの知能を持った奴が居るのか?」
 グランドソードは小さい電撃を剣でいなしながら鼻を鳴らした。
「私はそも、イーターではない」
「なんですって?」
 ルナがつぶやいた。
「では、貴方はシャムロックであったということですか?」
「……っ」
 近づいたルナに大振りの剣を叩きつけ、ルナは後ろに回り込むことで回避した。
 グランドソードが詠唱する。
「シャムロックよ……、永久凍土に眠れ……」
 間もなくして現れた、グランドソードを囲む氷の床。
「く、っ」
「ルナ!」
 逃げ遅れたルナが足を取られ、しゃがみこんだ。
 グランドソードが剣波を飛ばすのを紙一重で避けながら、私はルナに駆け寄った。
 即座に杖に祈りをささげる。懐にしのばせた石を意識して、新しく覚えた呪文を叫んだ。
「ビールシャワー!」
 私の周りに祈りのオーラが四散して、ルナに降りかかる。
「ありがとうございます、ご主人様」
 ルナはすぐに立ち上がり、氷床から抜け出した。
 追い打ちをかけるように、裁きの滝が降り注いでくる。
 避けながら、私はグランドソードに話しかけることにした。
「グランドソードさん! 貴方はイキシアさんによって本に封じられたんですか?」
「然り」
 やった、すぐ反応が返ってきた嬉しい!
「でも、元々はハンターさんだったんでしょう?」
「然り」
 鋭い剣波を飛ばしながら、グランドソードは再び鼻を鳴らした。
「月から繋がる管で、我らの世界は過去に留められた。何度砕こうとしても砕けない神々の拘束。我らは次第に蓄積される魔石に抗えず、やがてイーターへと成り下がったのだ……忌々しきイーターに!」
 グランドソードの剣戟が唸りを上げる。
「話は終わりだ。卑しき神々のしもべよ、この戦いに終焉を……」
 剣をかまえ、黒いオーラがグランドソードに集まる。
「走って!」
 プリンの声に、私たちは入り口の大きな葉っぱまで走った。
 頭上をすりぬける轟音。
 少しでも逃げ遅れていたら首が飛んでたかもしれない。
「あっぶない……! 大丈夫、誰もケガしてない?」
「問題ない、我らが主よ」
 ローズがうなずく。
 四人で大きな葉を登り直したそのとき、事件は起こった。
 グランドソードが、地面に倒れ伏している。うめき声をあげるグランドソードの背に乗っているのは、懐かしい姿だった。
「リョウ!」
 私は思わず駆け寄ろうとして、思い出した胸の痛みに足を止めた。
 私、リョウを傷つけてはいないだろうか?
 リョウは何を思ってこんなことをしてるのだろうか?
 声をかけようにもぐちゃぐちゃに思考が混じってしまって、うまく言葉にできない。
「こいつ、いらないことばっかり喋っちゃうんだからぁ、もう」
「貴様……貴様も図ったのか……!」
「図ったも何も」
 グランドソードの問いに、リョウはグランドソードに突き刺した大剣を振り抜いて、背中にしまった。
「最初からこれが目当てだよ」
 それがトドメになったらしい。グランドソードは音もなく霧散して、虹色の光の束がリョウに吸い込まれていった。
「ずっと、見てたのか?」
 ローズが静かに問う。
 リョウはこくんとおっとりうなずいて、口を開いた。
「きみたちが乾きの山で遊んでるときからね。本当はもっとはやくにコイツをやっちゃいたかったんだけど、きみたちが戯れてるのが思いの外楽しくてさぁ、ついつい見ちゃったの」
「何が……何が目的なの?」
 プリンが震える声でリョウに話しかける。
 それを聞いたローズは、プリンの前に出て背中に隠した。
「目的? そんなもの、ないよ」
「嘘をつけ。目的も何も無く、ボスイーターを狩るようなことはあるまい?」
「……あんまりわかったようなことを言わないでくれるかなぁ」
 ローズの言葉は、ある種の琴線に触れたらしかった。
「僕は僕のために、魔石や力を集めてる。それ以上でもそれ以下でもないよぉ」
 リョウは踵を返した。
 そこに、何も無い空間からアズがひょこりと現れた。
「リョウ様、お疲れさまなのですわ」
「隠れていたドラゴイールは見つかったかい?」
「ええ、ばっちり。姿を隠していたと思ったら、またいつもの所に現れたのを確認しましたの」
 アズはうっとりとリョウに話している。
 ほんとに心酔してるんだなぁ。何でだろう?
「わかった。でもねぇ」
 リョウは振り向いて、なんとアズに剣を向けた。
「みんながいる前で居場所まで話すことは、ないんじゃあないかなぁ?」
「りょ、リョウ様?」
 喉元に大剣を突きつけられ、アズはじりりと後ろに下がった。
「……まあいいやぁ。アズ、きみの仕事はもう終わり。どこへなりと消えてもらって構わないよぉ」
「そんな言い方無いでしょ!」
 プリンが杖を構えた。
「アズは、ちょっとフクザツだからアレだけど……でもリョウに尽くしてたんでしょ?! それなのに、剣で脅してハイさよならって、酷すぎるんじゃない?!」
「いいのですわ、プリンさん」
 おののく声で、アズはプリンに振り返った。
「そんなリョウ様が好きで、わたくしは付き従ってきた身でございますもの。殺されないだけマシですわ」
「そんな……!」
 プリンは絶句した。
「話はもういいかなぁ、みんな」
 リョウが歩き去る。
 アズはリョウにお辞儀をして手を振った。
 ルナも、ローズも、プリンも、そして私も、リョウを止める言葉を出さなかった。
 私は、出せなかった。



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あとがき

 主人公、フクザツであります。


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