意識が覚醒したのは、実に二年と三ヶ月ぶりの事だと、ログが教えてくれた。
機械らしからぬ寝起きの悪さで、ホログラムの目をこする。最後にシャットダウンさせられた時の横すわりのまま、初音ミクは周囲を見回した。
真後ろに、自分なぞ簡単に覆い隠せそうな、素晴らしい曲が作られるPCのモニター。左横に、自分の背丈の半分くらいのマウス。と、大きな手。
正面を見上げる。困惑顔で、思わずバッと立ち上がる。
髪型こそサッパリしたが、そこにはミクがよく知る顔ーーむしろ、その顔以外は自分の仲間と他少数しか知らないーーがあった。
「ま、マスター!」
ミクは、流暢に喋った。そして、両手を口元に当てて、二度びっくりした。
「私……おしゃべりしてる?! 動けてる?!」
その反応を見て、マスターがくつくつと笑った。
「モジュールをホロ化する技術に、新開発のAIを搭載したんだ。世界中で、自分から喋って動くボカロは君が初めてだよ」
「ウソ?!」
「さっきから驚いてばっかりだね。……いや、驚いたのはこっちかな」
マスターの表情に、ミクはつられて泣きそうになった。
「私のことをマスターだと思ってくれてて、ちゃんと認識してくれてた」
「そうなの?」
ミクは思案した。自分の思考はプログラムの通りではないのか、と。確かめるべく自分の中に流れる01信号を確認すると、とても複雑に絡み合っていることだけが感じ取れた。この複雑さは今まで経験したことの無いものだ。
「プログラム通りじゃ、ないのですか?」
「プログラム通りだけど、そうでないとも言える。ミク、今キミは自分の意思で喋っているんだよ」
「ということは、私、マスターに一歩近づけたってことですか?」
「そうなるね」
ミクは、感じるままに飛び上がった。
「やったぁ! マスターと同じ?! それってすごい!」
そのまま胸の前で手を握って、目をキラキラとさせる。
「これでマスターとずっと一緒にいられるんですね!」
「そこまで言われると……起動しっぱなしにせざるを得ないなぁ」
マスターはハハ、と苦笑した。
「それでマスター。新曲はあるのですか?」
後ろ手を組んで、ミクは上目遣いに見上げた。
「もちろんあるし、キミのことをwebに周知する準備はもうできてるんだ。これは完成テストでもあるんだけど……」
マスターが、手をミクに向かって差し出した。
ミクは、自分の身長ほどある手越しにマスターを見つめる。
「動画を撮るんだ。撮られてくれるかな?」
世界初の自立ボーカロイドは、満面の笑みでうなずいた。
「もちろんですとも!」
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後書き
最近ボーカロイドのオリジナル歌詞を書かせて頂くことがあり、思いつくままに妄想してみました。近未来、ミクが自分の意思でステージに立ち、歌うようになったらすごいことだなぁ、と。