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「佐助、あの場所でまちあわせだよ」


なまえは人差し指を立て、蒼天へ向かい腕を伸ばし、その青空を指差して言った。
背中合わせで座っていた佐助は、空を仰ぎ、ぎりぎり視界に入るその腕と指先が病的に白くて、濃い青の空によく映えるなぁと思った。


「うん、またね、なまえ」


あの場所。蒼天。それはとても漠然とした待ち合わせ場所だったけれど、佐助はこくりと頷いて言う。
その答えに満足したのか、なまえが笑い空気が揺れるのを佐助は感じた。ただ、状況の虚しさに、笑い返すことだけはどうしてもできなかった。
いつだって飄々とした笑みを絶やさない戦忍の、表情は、笑ってこそいるものの絶望の淵に立たされた人間そのもので。
「じゃ、お先に失礼、します」そんなあまりにあっさりとした言葉が終ると同時に、なまえの腕は力なく地面に落ちる。それきり、動かなくなる。
少し前まで背中越しに伝わっていたはずの温度もいつの間にか冷たいものになっていて、佐助が少しでも身動ぎすれば、ぱり、と乾いた音が鳴って背中に染み込んでいた、彼女の乾いた血液がぱらりと落ちていく。


「馬鹿な奴。憎まれっ子世にはばかるって、よく言うのにねぇ」


一度俯き、もう一度天を仰ぐ。浅はかで愚かな感情を飲み込んでしまいそうな青い空は、目に痛いくらい鮮やかで、嫌になるほど遠い。











***










高校の屋上。彼はその場所によく、いた。屋上が好きだとか、授業をサボりたいがため、ということではない。ただ、空を近く感じるその場所が、彼はどうしても大切なものであるように感じた。
成績は悪くないので教師もあまり強く言うことをしない。それをよしとして、今日も彼、猿飛佐助は屋上の給水タンクの上に腰かけ、空を仰いでいた。


「あの、さるとび、くん、だよね?」


物思いに耽っていたせいか、まったく気配を感じなかったが、動揺を隠し声のした方を見下ろせば、一人の女子生徒がそこに。お互いにお互いを知らない状態なので、佐助は「そうだけど、俺様に何か用?」敵意を感じさせない笑みを浮かべ、首を傾げた。
すると人違いではなかったことを安堵したらしい彼女がほっと一息ついて頷くので、佐助は相手が話しだすのを待った。


「私、風紀委員なんだけど、あの、先生が……」

「あー、戻れって? それなら自分で言いに来ればいいのにね」

「だから、その……教室に、戻ろう、さるとびくん」

「やーだ。俺様ここで人待ってんの。ごめんね?」


にっこり笑顔で佐助はそう言うが、彼女はと言えばその返答に驚いた様子もなく、「そっか」と返す。まるで彼の言い分が、想定の範疇だったかのよう。
風紀委員であるらしい彼女は佐助を咎める言葉も零さず、彼の腰かける給水タンクに背を預けて溜め息をつく。


「待ってる人って、さるとびくんの良い人?」

「随分古臭い言い回しだね。……んー、わかんない」

「分かんないのに待ってる、んだ。何だか気が遠くなりそう、」

「でもほら、ここって空が近いでしょ。だからなんとなく、ここで待ってればいつか、なんて」


信じて、みちゃったりして。尻すぼみになっていく佐助の声を、だが彼女は笑ったりしなかった。
佐助が最後にその姿を見た時、確かに給水タンクの下にいたはずなのに、彼女はいつの間にかタンクの梯子をよじ登っていた。それこそ、佐助が止める間もなく。


「さるとびくん、綺麗だね」

「え、……はぁ?」

「真っ青な空に、橙色の髪。綺麗だから近寄ってみたく、なっちゃって」

「いらっしゃいませ、」

「よい、しょっと。お邪魔します」


背中合わせになって、彼女もタンクの上に腰を下ろした。冗談っぽく佐助が「風紀委員なのにサボっていいの」と言ってみるが、同じく彼女も「普段の素行がまじめだからいいんじゃないかな、」と冗談っぽく返した。
恐らくそれは彼女の天然らしい面なのだろうけど、佐助の笑いを誘うには十分なものだった。


「あんた、面白いね」

「そうかな」

「名前、聞いてないんだけど」

「なまえ。同じクラスだよ」

「 、そう」


同じクラスの女子を覚えていなかったという罪悪感よりも先に、彼の胸に何か引っかかるものがあった。
どうしてだろう、微かに触れているだけの背中が、熱いと感じた。
いつも通りの、見慣れた青い空。それが目に痛いと感じたのは初めてで、どうしようもなく苦しくて目を閉じた。

今感じるのは、自分となまえの心音だけ。
何かを言おうとして深く呼吸をするなまえの様子が、佐助には手に取るように分かった。


「さるとびくんってさ、前世とか信じる?」

「……なにそれ、なまえちゃんってそっち系の人?」

「何となくね、ほら、既視感。デジャヴっていうんだっけ」


うーん、と空を眺めながら唸るなまえをそれ以上からかうことはせず、佐助は目を閉じたまま笑った。
何故なら、自分もそんな感覚に陥っている今、否定のしようがなかったから。
佐助は観念したように小さく息を吐き、目を開き肩越しになまえを横目で捉えた。


「奇遇だね。俺様もそんな感じするよ、今」

「空が近いからかなぁ」

「もしかしたら、俺様が待ってたのってなまえちゃんだったりしてね」

「そうだったら面白いのにね」


それきり言葉を失くし、気まずくはない、心地よさすら伴う静寂。暫く経った頃、授業の終了を告げる鐘が鳴る。「そういえば片倉先生の授業全部サボっちゃった」なんて、悪びれもせず肩を竦めるなまえ。
屋上よりも空が近い給水タンクの上、彼女は天に向かって伸びをしてスカートを払う。佐助が何か言葉を発しようとするよりも先に、振り返って、なまえは綺麗に笑って言った。


「じゃ、お先に失礼します」


「待、って!」


佐助の腕が伸び、強引になまえを引き留める。蒼天に溶けていたはずの思いは、きっと今彼の中に戻った。
体勢を崩しかけたところを佐助に支えられ、目を白黒させるなまえに対して、彼は強い言霊を込めて、伝えた。


「この場所で、待ち合わせだ」


「うん、喜んで」


蒼天によく映える笑顔が佐助の傍で咲く。



fin.
10.1208.
何年ぶりかbsr夢


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