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宮田司郎
第3日 0時00分00秒
屍人ノ巣/第一層付近




ドン、と銃声が一発。たったそれだけで、俺の視界は真っ赤になった。とは言っても、流れた血は俺のものではない。俺は無傷だ。手に持ったネイルハンマーを握り直し、猟銃のリロードの隙を狙って何度も叩く。叩く。既に人間のものではなくなった汚らわしい血が、元々汚れていた俺の白衣を更に汚した。
煩い呻き声を上げ屍人が動かなくなったことを確認し、俺は元いた場所まで駆け戻る。そこにはついさっきまで俺の斜め後ろに同伴して、ラチェットスパナを勇ましく振り回しながらついてきていたはずの少女が倒れていた(正直よく二日も付いて来れたなと思う)。
取りあえず道の真ん中にいては恰好の的なので、俺は彼女を抱えて家と家の隙間へと滑り込んだ。






「宮田…、私もう駄目っぽい…」

いつも気丈に振舞っていた彼女が、開口一番これだ。俺は思わず眉を顰める。
だがその言葉も強ち嘘ではないらしく、医者である俺の目から見ても、横腹に深く食い込んだ銃弾は致命傷だ。出血は止まらないし、恥ずかしい話、最初見た時にはもう間に合わないのでは、と考えてしまった。
それでも尚目を逸らす事が出来ない俺を、彼女は虚ろな目で、真っ直ぐと見据えていた。

彼女は恩田美奈、理沙の妹で、確か高校生。俺より十は年下であるにも関わらず、どこぞのお嬢様のように「宮田」と呼び捨てる。あの双子とは全く異なった雰囲気を持っていて、かといってそれは俺とあの求導師様との違いともどこか異なって、簡単に言えば、変わり者。いい意味でも、悪い意味でも。
いや、どちらかと言えば、悪い意味だろうか。そうでもなければ、元と言えど実の姉二人が解剖される様など、傍で見ていられるわけがないだろう。必死に吐き気を堪えている様子ではあったが。

そして俺の仮説を一部始終その頭に入れている彼女には、恐らく分かっている。この後自身がどうなるのかを。ああ、更にその次のことも考えているのか。どうする、つもりなんだ。


「宮田、私はきっともうすぐあの化け物と同じになる」
「ああ…そうだろうな」
「だから今の内に頼んでおく。私を殺せ、その手で」

ぐ、と彼女の手が俺の白衣を掴む。手についた赤い水と血液で白がどんどん侵されていく。死にかけてもその目と声は、力強いものだった。
もう片方の手が俺の手に触れる。血色を失っていく手は、白く。あと数分もすれば蒼に近づいていくのだろう。
何も答えない俺の胸倉を引き寄せて、彼女は眉を吊り上げた。やっぱり、美奈とは違う怒り方だ。美奈なら、困ったように笑って怒りを誤魔化す。それは大人の処世術なのだろうけど、どうしてか俺は間近で感情を感じられる方が心地良かった。相手はもう少しで、化け物になってしまうと知っているのに。

「いいか、宮田。殺すんだ、その手で私を」
「……私が………」

言われて、俺は自身の手を眺めた。先刻倒した屍人の体液と、今さっき抱えてきた彼女の血と、その他諸々、『宮田』の仕事で殺めてきた者たちやこの異変の最中に退けてきた奴ら。そして、美奈と理沙。数えきれない者たちの血で、俺の手は汚れていた。なにも今更人を殺す事に抵抗があるわけではないけれど。
それを知ってか知らずか、彼女は続ける。

「姉さんたちを絞め殺して解剖し、心臓を抉った手で私を殺せ。未だ見ぬ我が子を潰した足で私を踏み越えて」

死の間際だからこそ、彼女は饒舌になっていたのかもしれない。俺はその時何と答えたのか分からなかったが、彼女が安堵したように微笑んだ所を見れば、どうやら了承したらしい。自然と俺の手はその細い首に伸びていく。抵抗は無く、ただ静かに頬笑みを返すだけ。得体の知れない化け物に彼女が殺される前に、この手で殺してしまいたいと考える辺り、やはり今まで仕事で始末してきた病人より誰よりも俺こそが精神異常者なのかもしれない。

虚ろだった目は閉じられる。はくはくと開閉していた口は動かなくなる。そっくりだった美奈と理沙の死に顔。だけどこの顔はどちらとも似ていない。二人とも、こんなに安らかな死に顔をしていなかった。やがて、その双眸から真っ赤な涙が流れていって、唇は歪んだ弧を描いて、隙間からけたたましい笑い声が発される前に。
俺はネイルハンマーを手にとって、降り下ろして、旧宮田病院の霊安室で手に入れた杭を構えて、彼女を地面に押し倒して。 それ か ら  、




「あ が、と う  か つあき さ、  ん 」









中央交差点に差し掛かる頃、前方に見知った影があった。向こうもこちらに気付いたようで、俺は自重気味に鼻を鳴らした。

「偶然が続きますね。やっぱり双子ってことかな」

相手は、牧野さんは、目を見開く。普段から気の弱い彼だけど、今までに見た事がないくらいに驚いている様子だった。
俺はこの後どうすればいいのか決めている。きっと牧野さんも自分がどうなるかを覚悟して、俺の前にいるはずだ。だって俺達は、双子だから。
しかし牧野さんはただ俺を見て立ち竦み、何かを言いたそうにしていた。もしかして、この白衣についた大量の血を気にしているのだろうか。それとも、私の斜め後ろに彼女がいないことに気付いたか。

俺が怪訝そうにしているのを感じてか、牧野さんは意を決した様子で息を飲み、震える声を俺へ投げかけた。


「みやた、さん……泣いて、いるのですか……?」


まさか俺まで化け物の仲間入りをしたとでもいうのか。冗談が上手くなりましたね、と返しながら目元を擦ってみれば。
赤く汚れていない、透明な液体が、俺の腕を濡らした。不思議な事に拭っても拭っても、その液体はどんどん溢れてくる。それを涙と呼ぶことを、俺は一体いつ忘れてしまっていたのか。

杭を打ち付けた感触は、まだこの右腕に残っている。



fin.
10.0805.


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