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「あ、さっけくんー」


なまえはその目に佐助の姿を映すなり、ぶんぶんと両手を振って自分の存在を主張した。そんなことされずとも、佐助は元より彼女に会いに来たのだ。彼女が手を振る度に、がちゃがちゃと冷たい音が鳴る。それがどうにも不快で、だけど彼は顔に笑みを貼り付ける。飄々と、へらへらと、彼の忍らしさを覆い隠す鎧で仮面。

がちゃがちゃ。がちゃがちゃ。手を振れば振るだけその白い手首と手枷とが擦れ、赤くなっていくのだけどなまえは佐助が止めるまで手を振るという行為を止めなかった。暗くて冷たい牢屋なのに、二人は不自然で場違いな微笑。
制止のため掴まれた腕が痛い。見れば、佐助が装着している籠手の、鋭い指先が衣服に食い込み、血を滲ませていた。相手の痛みに気づいているくせに、佐助は笑顔だった。


「なに、さすけくん。やっと私を殺すの?」

「まーだそんなこと言ってんの。なんで俺様がなまえちゃんを殺さなきゃいけないわけ」

「私をこんなとこに繋いでるくせに。ゆきむらくんの命令があったら殺す癖に。ねぇ」


こてん、と首を傾げてみせる彼女は、異世界から来たのだという。この世界に来て最初に接触したのが、佐助だった。最初はどこかの間者か草の者だろうと真っ向から疑っていた彼だが、なまえと名乗った少女は自分の証明とでもいうかのように、つらつらと言葉を連ね始めたのだ。
佐助の使える主のこともその好敵手のことも世に名を轟かす武将たちのことも彼らがこの先どうなっていくかもどこで死ぬかもいつ死ぬかも全てを佐助の眼前で吐露しようとした。嘘だ、全部作り話に決まっている。
もちろん彼はそう思ったけれど、いかんせん、彼女が口にする言葉たちが嫌に現実味を帯びていて、そういえば纏う装束も見たことのない、南蛮人の着るものよりももっと珍妙な、足をはしたなく晒すような、それでいて触れてみれば佐助の経験上あり得ない材質だった。
異世界からきた。その言葉を思い出した佐助は、最初、接触した直後から相手の細い首元に突き付けていたクナイに僅かに力を込めてみる。ぷつ、と皮膚を破る感触。すぐに滲む血の珠。なまえは真っ黒な瞳に佐助を映して、にっこり笑った。


殺せばいいよ、さすけくん


教えてもいない名前を口にして。ガラス玉のようにただ佐助を映し反射して。

(この子、危険だ)

放っておけば余所の国に渡り何か情報を流すかもしれない。かといって殺そうとしても、もしかしたら甲斐にとって有益な情報を持っているかもしれない。
何よりも、改めて「ころしてよ」と笑顔で言う少女なんて、初めて見たから。



「どうしてころさないんだろうね。さっけくんおかしいよ」

「いやー、俺様としても可愛い女の子を殺す趣味はないんだけど」

「ころしてよ、私死にたかったの。死のうとしたらここにいたの。カミサマも残酷なことしてくれるよなぁ」


わざとらしく大きな溜め息。身動げば壁に鎖で繋がった足枷が、金属質な音を立てる。溜め息をつきたいのは佐助の方だった。彼女の存在を、主に伝えるべきか、否か。
きっと主である真田幸村なら、馬鹿正直なただっ広い懐で快く彼女を歓迎するのだろう。あまりに簡単に想像がついたので洒落にならない。

だが佐助は、伝えたくないと、思った。


「なまえちゃん。俺様ね、君を殺さないことにしようと思ってるんだ」

「さすけくんしのびなのに?」

「そう、忍なのに。変だよね、怪しすぎるあんたを殺さないなんて。でも俺様、ここでずっとなまえちゃんを飼い殺しにしたい。ほら、これって殺しだよね、満足した?」

「殺しってついてるけど私は生きてるよ」

「俺様以外の誰の目にも触れない、存在すら知らない。死んでるのと同じ」

「……ひどいなぁ、さすけくん。私を殺してよ、だめ?」

「だぁめ。ああ……それにね、」


佐助は手枷の鎖を引き、無理やりになまえの随分と薄くなった体躯を引き寄せた。出会った当初ならもう少し抵抗力があったのだろうけど、今の彼女は力なく佐助へと身を預ける体勢になる。ガラス玉のような瞳が、彼だけを映し、そこに少し恨みのようなものを込めて見上げる。佐助と、彼女の瞳の中の佐助との、視線が絡んだような気がした。

(俺様、ひっどい顔してら)

笑顔の仮面にほんの微量の自嘲を含ませ、佐助は言葉の続きを口にした。



「それにね、なまえの“殺して”って懇願。俺様には、“愛して”って縋ってるようにしか聞こえないんだよね」



彼と同じくらい空虚な笑顔が板についていたはずのなまえは、僅かに目を見開く。ひく、と小さく咽喉が鳴いた。
その様子がどうにも面白おかしくて、佐助も喉を鳴らして、笑った。少なくとも、良い印象を与えない笑い方だ。


「だいじょうぶだよ、大丈夫。もしなまえちゃんが怪しい動きをしようものならその首遠慮なく頂くし、それまではしっかり殺させてもらうから、さ」


彼女の背に腕を回し、耳に唇を寄せて低く囁く。安堵させるためなのか、脅すためなのか、はたまた狂気の沙汰なのか。
負け惜しみすら言えず、心地よさと恐怖を伴う頭も胸もぐちゃぐちゃに掻き混ぜられるような感覚に肩を震わせ、「酷いねさすけくん」とか細い声でなまえは鳴く。

すると佐助はまた笑って、目を細めて言う。「知ってる」と。


「じゃあ、私も貴方に負けないくらい酷い自覚があるから、言うね」

「どうぞ」

「私をあいして、さすけくん」

「仰せのままに、俺様なんかに飼い殺された可愛そうななまえちゃん」


おどけて言って見せれば、少女はへにゃりと力ない笑いを一瞬だけ見せて、それきり佐助の胸に倒れ込むとおよそ一週間ぶりの睡眠へ落ちていくのだった。
心臓の鼓動のリズムに合わせて背をとん、とん、と叩いていた佐助。意地でも、誰にも見つからないこの場所に彼女を繋ぎとめてやろう。そして、これからずっと自分以外の何者もその黒水晶のような瞳に映ることのないよう。

佐助の歪められた唇を、隠す必要など、どこにもなかった。













(どっち、が?)



fin.
10.1213.
ヤンデレ直前おかん
最後の行動はおかんの名残


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