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夜。野宿の準備が整い、青年は静かに馬車の傍を離れた。
僅かに聞こえる水の流れる音を頼りに足を進めれば、そこには小川があった。
旅に参加してまだ片手の指で数えられる程度の夜。それを一人で過ごそうと思ったのは初めてかもしれない。

たまに感傷的な気分になることもある。
それでも教会の宿舎で過ごす夜よりもずっとマシだと、彼はそう自分を納得させた。

仲間から離れすぎるのも危険なので、そろそろここらで腰を下ろそうとしたところ。
小川の畔には先客がいたようで、そういえば姿が見えなかったと思い出し、青年は振り向いた彼女の隣に腰を下ろした。
それはさも自然な流れだったのだけど、だからと言って何か話すことがあるわけでもなく、気まずくもない静寂が漂う。
いつものように女性を楽しませる軽口を忘れてしまったかのように何も言えない彼が、やや不調を自覚しはじめた頃。


「…なんで、仲良くできないんだろうね」


ぱちり、と青年は瞬きする。
だが、それが先日別れた、自分と兄のことを指しているのだと察すると、彼は思わず眉を潜めた。


「喧嘩するよりも、楽だと思うのになぁ」

「…お嬢さんのご家族はさぞお優しいんだな。生憎オレと兄貴は複雑な関係なもんでね」


女性に対しては普段から使うまいとしていた皮肉。
それが反射的に口から零れおちたのを、しまった、と思った時には既に遅く。
恐る恐る彼女の方へ目をやれば、やや眉を下げて力無く笑った。


「…ごめんね、分かったようなこと言っちゃって」

「……いや、すまないお嬢さん。オレの方こそ言い過ぎたみたいだ」

「えっと…でもね、ククールくん。やっぱり仲良くできるなら、した方がいいよ、きっと」

「………そういうもんかな」


青年、ククールは、気まずげに顔を逸らす。
彼女の言い分は間違っているわけではない、だけど、自分と兄、マルチェロの間にある関係はそこまで簡単なものでもないのだ。
どう言うべきか答えあぐねていると、彼女はぽつりと唇を開いた。


「…私、家族とか、いないから…」

「ぁ……、」

「いる、なら、仲良くしたい、って思うよ」


目を細めて小さく笑った少女に対し、自分は大した失言をしたものだ、とククールは自嘲する。
ここでごめん、と謝るのは流石に格好が悪すぎだ。今はとことんまで不調なのだな、と彼が嘆息した直後。
その頭上に小さな手が乗って、軽く上下された。

驚いて顔をあげると、すぐそこにあったのは少女の笑顔。
まだ幼さを残すそれを見て、ククールは思わず呼吸が止まった。


「いつか、仲直りできるといいね」

「あ…あ、そう、だな」

「それとねー…私は寂しくないんだよ。王様たちに拾われて、ヤンちゃんとゼシカ姉がいるし、今はククールくんも一緒だもん」


月明かりだけが照らす小川の畔で、どこまでも眩しく見えた笑顔。
暗がりの中で息を飲んだククールは、乗せられた手の温度と、自分だけに向けられた笑みに、唇を噛んだ。
どういうことだろうか、両の頬が、酷く熱を持って冷めやらないのだ。

初めて、のような気がした。こんな形の愛を、貰ったのは。




きっと家族愛



彼女から貰えるのは家族愛の類なのだと、青年は知っている。
だけどあの時少女に与えたいと、向けた想いは確かに、それとは違っていた。


fin.
10.0106.


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