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冷たい雨の中。
院長の葬儀は行われ、皆がその死を悼む。
明日からは墓前にたくさんの人々が集うことだろう。
だがそれもきっと明日からの話。
今日は、雨だ。朝から、止みそうもない雨が止めどなく降っている。

棺が埋められ、皆名残惜しそうに留まった、のだが。
やはり雨に濡れるのを人は嫌う、だからほとんどの人間が早々に室内に戻ってしまった。

オレと、一人を除いて。




「ぅ…ひっ、ぐぅ……う、っぅ…ッ…!」



ざあざあ、ざあざあと、煩い雨音にまぎれて、聞こえてくるのは嗚咽。
それを止める方法を、残念ながらオレはまだ知らない。
このままでは風邪をひくからと、腕を引いて室内に連れ込むのは容易だろう。
だけどそれを出来ないのは、どうしてか。


「う、っぅう…ッひ、ぃ、ぇぐ……」


彼女は彼女なりに嗚咽を押し殺しているらしい。それが余計に苦しく感じた。
雨が降っているのにも関わらず、彼女は、なまえは墓土の上に蹲って、額を地面につけているようだった。
服は雨と泥で、顔は涙でぐちゃぐちゃに違いない。普段気丈な彼女が涙を見せるだけでも珍しいのに。

オレの存在に気付いているか気付いていないか分からないなまえを、これ以上放ってはおけない。
悲しみは、わかる。オレだって同じで、泣きたいくらいだし、恐らくこの世界で一番、オディロ院長を慕っていたのがなまえだった。
昔は、小さい頃は、二人でよく院長の取り合いしてたっけ、なぁ。



「…なまえ。風邪引くぞ、戻ろう」



オレが言っても、しゃくり上げる声は止まる気配を見せない。
動こうともしないなまえに、オレ自身が苛立ったのもある。
その腕を引いて無理にでも立ち上がらせ、せめて室内まで引きずろうと思い一歩、近づいた。

その時だ。



「く…っく、くくー、る」



幻聴か何かじゃなかったら、確かに彼女は掠れた声でオレを呼んだ。
かつてここまで弱ったなまえを見たことがないオレは咄嗟に返事を出来ない程度には動揺を隠せない。
数拍遅れて「何だ」と返せば、振り向きも、顔を上げもしないまま、彼女は呻くように言う。


「ど、うしよ、院長っ、死んじゃ…っ私、何もでき…な…ッ…おじいちゃ、ん…ごめ、なさっ…う、っひ、」


「…お前の所為じゃない。誰も悪くないさ…あの道化師野郎を除いてな」


「おじい、ちゃ、…っうぇ……ッッあああぁぁぁああ!」


せきを切ったように泣き声を大にするなまえ。この声を聞いているのは、オレと、雨空だけ。どうせ室内には聞こえない、何せこの雨音だから。

例えばオレが泥だらけになってなまえを抱きしめたところで、彼女は泣き止まない。そんな安い慰めをなまえは求めていない。
やっぱりオレも同じ気持ちだ、オディロ院長が親代わりだった。ただ、決定的に違うのは、彼女にはほかに家族がいなくなってしまったこと。
オレには、一応とはいえど、兄貴のマルチェロがいる。でも、なまえには、いなくなってしまったのだ。

親代わりの、オディロ院長すら。

きっと、なまえはこれから声が枯れるまで泣き続ける。オレが出来るのは、ただこうして後ろに突っ立ってそれを聞いていることだけ。
結局あの人を守ることが出来なかった無力すぎる両手では、彼女に触れることすら躊躇われる。
行き場をなくしてきつく握り締められた両手に、救いなど、あるはずもなく。

ただただ、雨が地面を穿つ音と、なまえの慟哭を、耳を塞がず聞くことだけがオレに許された"今出来る事"、だった。




雨がなく



(ひとりじゃない、オレがいる)
(そう言ってしまえば、楽になったのだろうか、)


fin.
10.0106.
((オレも、彼女も。))


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