ss | ナノ





Without seeing me.
Please do not deny me.

Nobody understands what is righteous.

You alone must not release the soul.
Please come under justice our soul.




街の中央広場から、神殿合唱団の荘厳な歌声が聞こえてくる。トリスアギオン賛美歌、『浄化の祈り』だ。
直接見なくとも分かった、今、国王ことマタン・カルトセは、東の空に輝く浄化星セリオスにトリスアギオンを掲げているのだろう。
去年、その神秘的な光景を見た時、一瞬にして心を奪われたのを彼は憶えている。人混みを掻き分けて来ただけの価値は確かに会ったのだ。
神聖な儀式が一般公開されるようになったのは近年からだと言うが、それはとても有り難いことに思えた。

今現在、ノヴァリスタの国を支配する音はその賛美歌だけ。国民の誰もがこの一年、平穏に暮らせたことを神器トリスアギオンに感謝している。
なまえも、星だけが明かりを燈す小高い民家の屋根の上で瞑目して、美しく流れる旋律をなぞり小さく口遊んだ。


「You alone must not release the soul.Please come under justice our soul……」


マタンの言うとおりこの典礼までにファロが戻る事はなかった。傍にいてほしいとの言葉を無視するつもりも到底なかった。
かと言って近衛騎士団ノイ・ド・ラグニアに見習いの騎士が混ざることもできず、大神官を初めとする王国教会の高官達に混ざれるわけも無く。
民衆に混ざるには遅すぎたので、結局なまえは屋根の上で一人、マタンを見守ることにしていた。


やがて厳かな儀式が終わり国王たちが去っていくと、同時に国民の歓声。セリオス祭の主役は街の人々へと切り替わった。

もう見えなくなったマタンの背中。小さく笑ってなまえは屋根から飛び降りる。
そしてそのまま家へ帰って人々の賑やかな声を聞きながら眠りにつこうとでも思っていたのだけど。



「なまえ!」

「へ…いか……マタン、様」



息を切らせて駆け寄ってきたマタン。この時期の晩は冷え込むので、彼女の息も当然白くなる。
自分と彼女の分の白い呼吸を見て苦笑し、なまえは首のマフラーを外してそっとマタンへ掛けてやった。
照れ臭そうに笑みを浮かべたマタンは恐らく先刻まで行われていた儀式用の礼服のままなので、とてもじゃないが防寒がなされているとは思えない。
マフラーだけでは気休めにしかならないかもしれないので手袋も渡そうかと考えていると、彼女の華奢な手が少年の手に伸びた。


「…傍に居てって、言ったのに」

「私は…見習い騎士です」


あなたのお傍に控えるにはまだまだ役不足なのですよ、と眉を下げてみせれば、マタンは少し拗ねたように眉根を寄せた。
くいくい、となまえの袖を引き、先程まで彼が腰かけていた屋根の上を指差す。それが何を意味するのか分からず、首を傾げると。
まだ幼い国王は、こどもらしい無邪気な笑み見せて花弁のような唇を開く。



「あそこに私を連れて行って」

「はい……っは、い!?」

「貴方の見ていた景色を私も見たいのよ」


知っていたのか、心の中で呟いて、目前の少女の真剣な目付きからその申し出を断る事は不可能だと悟る。
小さな溜息をつき、近場の物置を足場にして屋根に上がり、マタンに手を貸してそこまで引き上げた。彼女はドレスの裾が汚れてしまうことなどどうでもいいのだろう。



「わぁ……綺麗ね、とっても…」

「喜んで頂ければ、光栄です」


こんなことが知られればファロ殿に大目玉ですけど、などという言葉は呑み込んでおいて、彼女の素直な言葉を聞き口元が綻んだ。
ノヴァリスタ全体がイルミネーションで輝いていて小高い所から見下ろせば本当に美しく見えた。
空も、地上も、星が鏤められているような幻想的な光景。二人の瞳にはそれらが映し出され、きらきらと輝いている。



「ありがとう、なまえ」

「…若干不本意ではありますが、陛下のご命令とあらば」

「ううん、そうじゃないわ。私が言いたいのはね、今日の事だけじゃないわ。いつも私の我儘を聞いてくれてありがとう、それと…」

「…?」

「私の傍にいてくれてありがとう」


マタンは背伸びして、なまえの頬へ唇を寄せる。

彼女がいる側の頬に、温かく、柔らかい感触を、少年は確かに感じた。



「…なっ、ぁ……!!」


「ふふ、驚いたかしら。私から貴方へ、セリオス祭の贈り物よ」



悪戯っぽい笑みを浮かべて、マタンは再び街を見下ろす。
何も言えず冷たかったはずの頬が熱くなっていく感覚だけを認識していたなまえに、彼女が「街の催し物が見てみたい」と声をかけた。
そんなささやかな気遣いが出来る辺り、実年齢はともかく、マタンは国を背負う国王なだけあって、やはり大人だった。





ヘタレ騎士とこどな女王のセリオス祭



(城の方々には言ってきたのでしょうね?)
(いいえ、もちろんお忍びよ。大丈夫、貴方が貸してくれたマフラーを被っていくわ、それにお金も持って来たの)
((…神官様方ご愁傷様です…)…いいえ、気になるものがあれば言ってください。私がエスコートしますので)

(そう言うと、マタン様は嬉しそうに僕の手を握って、雑踏へと踏み入った)

fin.
09.1225.


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