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いつもの気ままな午後。聖地ってやつは暇で仕方ねぇ。
時間を潰すために木の上でうとうとしていると、割と近くから声がかけられる。

「ゼフェルさまー」

「ああ?んだよ煩ぇな…っとぅわ!?な、何登って来てんだよ危ねぇだろうが!」

「いやぁ、木登りは得意なんですよ、ゼフェル様ほどじゃないかもしれませんけど」

そんなことを言いながら決して滑らかでない樹皮に手足を引っかけて登ってきやがったのは最近聖地に来た女。
いつも使命だか何だかで走り回っているだけあって体力あるのかと思えば図書館で死んだみたく眠ってることもあるし、正直よくわからない奴。
そいつはオレの言葉も聞かずに、するするとここまで登ってきて隣に腰かけた。太い枝なので二人分くらいの体重じゃ折れないから大丈夫だと思うが。
ああ、そういやこうして木の上で誰かと一緒にいることって初めてじゃなかったっけか。

「うっわー、凄くいい眺めですねここ。執務室にいない時はいつもここに?」
「たりめーだ、オレのお気に入りの場所だからな。大抵はここにいるぜ」

っつっても執務室にいることのが少ねーけど、って台詞の続きは呑み込んで、そうとだけ答えておく。
寝転がったまま横目であいつの顔を盗み見れば、素直に景色に感嘆してるのが目に入った。
普段は本当に忙しそうに動き回ってる姿ばかり見ているせいか、それがどうしてもガキっぽく思えてならない。
オレがそんなことを考えてるだなんて当然知らないそいつは笑って口を開いた。

「私も、サボりたくなったらここに来ましょうかねー」
「……は?サボるって…おめーがか?」
「ふふ、使命を重く感じる時くらい、私にだってあります」

機械いじりで養ったありったけの想像力を働かせても、こいつが宇宙を救うだか何だかの使命をサボる光景なんざ想像できなかった。
笑っている顔が酷く疲れ果てているように見えてきて、何だこれ、目の錯覚か。さっきまでと同じ顔してやがんのに。
そう、そんな顔のままふっと息を零して、言う。

「まぁ…冗談です。私は逃げ出したりしませんから。あ、お邪魔してすいませんでしたゼフェル様」

「待てよ」

仕事の続きがありますので失礼します、そう言って木を降りようとしたそいつをオレは自然と呼び止めていた。
生真面目な性格からか、素直に動きを止めて振り向く。こいつよりもオレが待つべきだ、何を言おうとしたんだオレは。
頭の中で機械みたいに言葉を組み立てる余裕も無く、若干切羽詰まって口を動かした。


「…来いよ、ここに」
「は、い?」
「別に邪魔じゃねーから、疲れた時はここに来やがれっつってんだ!」


身体を起こし半ばキレながらオレが言うと、そいつは目を丸く見開いて無言になる。
何か言えよ、洪水みてーに口を衝いたことを並べ連ねたオレの方が馬鹿みてぇじゃねぇか。
いたたまれなくなって顔が熱くなってきた頃、小さな笑い声が聞こえた。目を逸らしていたから見えなかったがそれが誰のものかなんて、考えなくても分かる。
そうかよ、そんなにオレが可笑しいかよあークソ。似合わねぇことは言うもんじゃない。


「ありがとうございます、ゼフェル様。お言葉に甘えて、そうしようと思います」


だがそこで予想もしなかった言葉が返ってきて、今度はオレが目を丸くする番だった。
詰まる呼吸に乗せた声は少し不自然に途切れる。

「…お、う。勝手にしやがれ」

「はい、勝手にさせて頂きます。ではではー」

「…ばっ、ちょ、おめー…っ!」

登ってきた時と同じ、制止する暇もない速さであいつはふわりと飛び降りる。おめー、ここはそんな低い場所じゃないんだぞ怪我したらどうすんだ馬鹿。
慌てて下を覗きこめば軽やかに着地を決めている場面。オレの方を向いて笑顔のまま会釈をすると、王立研究院の方へ走って行った。
あいつって、普段目立つ素行しないだけで実はあんなに活発な奴だったのか。そんなこと、オレは全然知らなかった。
きっとオレ以外の守護聖も全員知らないことだ、となるとオレだけが知っているということで、少しだけいい気味だと思う。

だってそうだろ、あいつらが知らないあの女の一面をオレだけが知っている。
つまり、第一の休憩場に、オレがなれたってことだから。


「…はっ。精々頑張ればいいさ。んで、疲れ果ててここに来ればいい」


その時はオレが傍にいてやらないこともないからよ。




大きな朴の木の上で

(いつか聖地を出て行くんだからって高を括っていたけれど)
(今は後悔してる、オレはあいつの名前も覚えちゃいねーんだ)


fin.
09.1122.


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