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ちゃぷちゃぷ、ざあざあ。
耳に優しい波の音が止まることなく流れる。海に映るのは夜の月だけで、幻想的な雰囲気を放っていた。
波音をBGMにして、少女は砂浜の、足首まで海水に浸かる位置にしゃがみ込んでいた。後ろから近づく気配に気づいていながらも、振り向こうとはしない。
ぱちん、と風船が弾けるような音、正確にいえば風船ガムが弾ける音がした。

「何してんだ糞なまえ、不法投棄は犯罪だぞ」
「…別にそんなんじゃないよ、それに、犯罪だなんて蛭魔に言われても説得力ないし」

声をかけられてもなまえという少女はしゃがみ込んだまま、足と同じように海水に浸かった手元に集中していた。そこにぷかぷかと浮いているのは小瓶。中には紙切れが入っている。それを海の方へ流そうとしているのだが、潮の流れによって何度やっても彼女の手元に戻ってきた。
瓶を海に流そうとする行為、それが蛭魔から見れば不法投棄に映ったのかもしれないが、なまえにはそれ以上の理由があった。あるいは、彼は知っていたのだとしても敢えて憎まれ口を叩いたという線も濃厚だ。

「この砂浜からね、願い事を書いた紙を瓶に入れて、海に流すと願いが叶うってお祖母ちゃんに聞いたの」
「ケッ、んなもんたかが迷信だろ」
「いいじゃない、ちょっと迷信に勇気づけてもらうくらい」
「……その割に、さっきから全然海に流れてないみたいだけどな」

蛭魔の言うとおり、やはり小瓶は流れずに戻って来る。やがてなまえが小さな溜息を吐いた頃、蛭魔はズボンの裾も捲らずに波打ち際までやってきて、彼女の手元からひょいと小瓶を取り上げる。見上げれば、彼は不敵な笑みを浮かべて、何度か手の上で小瓶を投げては掴み、軽いキャッチボールをした。
何をするつもりなのかとなまえが問おうとすると同時に、彼は瓶を水平線の向こう目掛けて思い切り投げた。流石QBといったところだろうか、綺麗な回転がかかったそれは、また綺麗な弧を描いて遠くまで飛んで行く。

ちゃぽん。

波の音に消されそうなほど小さな、遠くで小瓶が落ちる音がした。

「ええと…あれはデビルレーザー弾ですか…」
「ケケケ、やっと流れてったぞ。これで満足か?」

月の光を反射してやっと見えるほど小さくしか見えない瓶は、ゆらゆらと波に乗って、もっと遠くへ流れていく。これでやっとこの海に来たなまえの目的は達成された、のだが、彼女はある問題に気付いた。
隣に立って水平線を真っ直ぐ見ている蛭魔を見つめて、なまえは躊躇いがちに口を開く。

「でもこれじゃあ…あれ、私じゃなくて蛭魔の願いになっちゃったよ。……いいの?」
「別に構うこたぁねーだろ」


どうせ俺とお前の願いなんざ同じに決まってんだからな。


そう言って蛭魔は背を向け、「帰るぞ」となまえを急かす。暫く目を見開いて呆気にとられた彼女は、視界のずっと遠くで、ついに小瓶が見えなくなった頃、やっと蛭魔の背を追いかけた。『悪魔』と以心伝心だなんて、とんだ笑い話にしか聞こえないかもしれないけれど、それでも。


ちゃぷちゃぷ、ざあざあ。
二人がいなくなった後も、波音は鳴り止まず、小瓶をどこかへと運んで行く。



“     ”

fin.
09.1014.


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