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ただ、備え付けられた時計の秒針が時を刻む音、それだけが室内を支配していて。
少し空気が重い気がするから何か話題でも振ろうか、と考えた日向だが、絶妙なタイミングで相手の方が口を開いた。


「ねぇ日向くん、片想いって素敵だよね」

「……そうか?俺はそうは思わねぇけど」


日向の脹脛をマッサージしながら何を言うかと思えば、なまえは唐突に恋について語り出す。彼女の親はマッサージ師で、その技術をある程度備えているなまえはよくバスケ部カントクの相田リコに助っ人として呼ばれることがあり、今日は主将の日向の足の調子が良くないようなので診てやってくれ、とのことだった。部活にも入っていないので呼ばれれば現れる彼女の技術に日向が世話になったのは何度目だったか。例えクラスが違っても、何度か顔を合わせていれば、自然と親しく話すような間柄にもなる。だがここで、まさか片思いの良さについて語られるとは思わなかった。
彼女は手を休めないまま、どこか楽しそうに話を続ける。


「だってさ、片想いは想う側の自由なんだよ。相手にどう思われてるとか、あまり気にしなくていいわけだし」

「でも何かそれってキツくねえ?」

「私はキツくないよ。その人の事、ただ一方的に好きってだけだし、押し付けるのとかよくないから」

「……って、なまえ、好きな奴いんのか!?」

「あ、うん。言ってなかったっけ?」


へらり、笑った顔が日向を見上げる。言ってねぇよと言うよりも先にひく、と引き攣った呼吸が漏れて、彼は慌てて口元を手で覆った。今の反応は、あからさますぎたかもしれない。罰が悪そうな様子で、そろーっと彼女を見下ろしてみれば、変らぬ様子でマッサージを続けている。
軽く息をついた日向と、再び話を続けるなまえ。


「日向くんは、片想い嫌いなの?」

「んー…好きではない、かな」

「男の子って片想い嫌いな人、多いよね」


彼女は不思議そうにして首を傾げるが、対する日向も同じくらい不思議そうにして疑問符を浮かべた。


「好きな人と近づきたいってのは普通だろ?」

「…日向くんのエッチー」

「だアホ!変な意味じゃねーよ!」

「わ、日向くんが怒った」


冗談だよ、と言ってなまえはくすくすと笑う。冗談を本気にしてしまった日向はやはり罰が悪そうに、がしがしと頭を掻いた。カントクを含め、女性に勝てる気がしない。女の尻に敷かれるのが男の宿命なのかと、内心泣きたい気分に駆られていたのだが、未だに笑みを消さない彼女の視線に気づいて泣くのは次回ということにしておいた。
その笑みはどこか意味深で、少なくともいい予感はしないもの。ごくり、日向は息を飲んだ。


「そういう話するってことは、君にも好きな子、いるんだ?」


にたぁ、という表現が相応しいような、爽やかさとはかけ離れたしてやったりという笑顔。普段はそんな顔をしないだけあって、なまえがそのような笑い方をするとギャップによりかなりの迫力があるように思えた。
日向の口からは意図せずとも、ぽろりと「いる」などと言葉が零れ落ち、それを聞いたなまえは、何故か、ぷっと吹き出した。どういう意味の笑いなのか、彼には見当もつかないのだけれど。


「その子に、告白しようと思う?」

「そりゃまぁ、いつかは」

「きっと両想いになったら、苦しいよ。片想いの方が、楽だよ」


まるで彼以外の誰かに言い聞かせるように言葉を紡ぐなまえ。この部室には二人しかいないので、日向以外といったら、必然的になまえ自身ということになるのだが。
しかし恋愛の話になって、流れ的に自分の好きな人を告白、いや、好きな人に告白するのならば今しかないと、日向の中では結論が出される。彼は煩い心臓を落ち着かせて、ゆっくり、深く息を吸って、吐いた。


「俺が好きなのは、今、俺のマッサージをしてくれてる人なんだけど」

「……、…」


一定の間隔でマッサージを繰り返していた手の、リズムが少しずつ狂いはじめる。
構わずに、日向は続けた。


「だからつまり、俺が片想いしてたのは、なまえなんだ……っでェエ!?」

「あ、ご、ごめんっ」


リズムが完全に崩れたと同時に、力加減も間違えてしまったらしく、日向は体ごと椅子から飛び上がる。咄嗟に謝ったなまえはすぐに顔を俯かせ、それきり何も言わずに黙りこくってしまう。
自分が飛び上がった際どこかぶつけてしまったのかと、心配になった日向は、慌てて屈み彼女の顔を覗き込む。なまえの顔は、熟れた林檎に負けないくらい真赤だった。彼女は胸のあたりでぎゅっと両手を握り、蚊の鳴くような声量で言う。



「ほら……やっぱり、片想いの方が楽だ……」



それは、胸が苦しくなるほど好きっていうこと?
すぐに答えが聞けずとも、真赤になった頬と、先刻の言葉だけで、日向には十分すぎるほど伝わった。
その証拠に、やんわりと抱き締めてみても、彼女は羞恥に体を強張らせるだけで、全く抵抗はしなかったから。






片想い恋愛論






(ちょっとアンタ達、何イチャついてんのよ!)
(げ、カントク…!?)
(日向くんも男ならもっとガーっといっちゃいなさい、勝負所なんだから)
(あ……ああ、分かった)
(ちょ、リコちゃんも日向くんもそこ違うでしょっ!)

fin.
09.0924.
勝負所主将も書きたいなぁ


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