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「ふぇっくしょい!」
親父臭いくしゃみをしたのは、誠凛高校バスケ部マネージャー。派手なくしゃみは別に風邪を引いているからではなく、いや、これから引く可能性もあるのだが、とにもかくにも、土砂降りの中傘も差さずに買出しに向かったからである。更に詳しく言うなら、買い出しに行った時は降っていなかった雨が、帰りになって突然降りだしたのだ。
そんなわけでなんとか帰ってきた彼女は当然びしょ濡れで、意図せずともあらぬところまで透けてしまう。ジャージに着替えてもよかったのだが、本日は彼女のクラスで体育の授業がなく、それも叶わず。あらゆる意味で一番安全と見なされた二年生、水戸部凛之助が、何故かマネージャー、なまえの世話を言い渡された。カントク命令で。
なまえがくしゃみするのを見て、背後の水戸部はおろおろとしながらタオルでずぶ濡れになった頭を拭く。なまえはごしごしとタオルで顔を拭く。鼻を啜るくぐもった音が聞こえた。
「ゔー……すいません、水戸部さん…」
ふるふる、水戸部は首を横に振る。彼は極度の無口なので、普段はこのような身振り手振りで意思疎通をすることが多い。稀に筆談することもある。
それでも暫く彼の挙動を見ていれば大体は分かってくる、水戸部凛之助という先輩は、いわゆる縁の下の力持ちで、かなり優しい人物だ。ただあまりに寡黙なため、勘違いされることも少なくないようだが。
「水戸部さん、私の事はいいですから…練習したいでしょう?」
そう言うと、水戸部は彼女の頭を拭いていたタオルを置いて、正面に回り込む。つん、と手を突かれたのでなまえは手を差し出す、すると彼はその手を取ってもう片手の人差し指で手のひらに何かを書き始めた。
(なまえが風邪引いたら大変だから)
「そんな、私これくらいじゃ風邪引きま…っくしゅ!」
(ほら)
「ずびばぜん……」
ずび、と鼻を啜ると、水戸部は心配そうな表情を浮かべる。普段無表情に見えるが、彼は案外表情に出るタイプだ。
そんな優しい先輩にいつまでも世話を焼かせてはいけないと、なまえは「大丈夫です」と笑いながら言う。眉を下げた水戸部は、自分のジャージを取りあえず彼女の肩にかけてやる。既にくしゃみを連発している彼女がこのままでは風邪を引いてしまうのが目に見えていたから。
「はぁ…ほんとすいません水戸部さん、私いつも迷惑かけてばかり…」
(そんなことないよ)
「迷惑ですよね…水戸部さん優しいから、いつも私の面倒押し付けられて、」
私はマネージャーなのにこれじゃあ本末転倒だ、となまえはがっくり落胆してみせる。
水戸部は暫く黙ってから、また人差し指で小さな手のひらに文字を書き始めた。先刻までとは違い、おどおどしておらず、どことなくその頬が赤い気がする。恐らく気のせいなのだろうけど。
(迷惑なんかじゃない)
「水戸部さんは優しいから…私に気を使ってくれてるんですね」
(そうじゃない、聞いて、なまえ)
「…何ですか?」
そこでいったん書く指を止めて、彼はなまえの顔をじっと窺う。自然と、二人の視線が絡み合った。水戸部は微妙にまた顔を赤くしたかと思うとすぐに視線を落とし、指を動かす。
(俺は、好きじゃない子の面倒はみないよ)
「………はい?」
( す き )
書き間違いか何かだろうと思って聞き返したのだが、再度同じ単語を書く。「好き」と。
言葉を失って黙ったままでいれば、彼はすっと立ち上がって練習へと行ってしまう。どうやら冗談じゃないらしい、何故なら後ろから見える耳が、赤い。
たった今告白されたばかりの掌をそっと撫でれば、どうしてだか酷く熱い、ああつまり、そういうことなのだろう。
なまえの中で、その瞬間から、とっくに答えは出ているのだ。
無言の告白
(あり、水戸部顔赤くない?)
((フルフル))
(あ、もしかして告白しちゃった?)
((……コクン))
(あははそっかー…ってマジ!?)
fin.
09.0923.
コレット式会話法
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