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なまえが屋上で弁当を食べていると、屋上の入り口が開く音。彼女以外にも屋上で弁当を食べる生徒はたくさんいるので、誰が入ってきたのかは特に気にせずにいたが、新しく入ってきた足音はぱたぱたとこちらへ近づいてきた。ちょうど上から影がかかったので見上げると、そこにいたのは最近よく見慣れた顔。何を考えているのか分からない、切れ長な瞳を持つ二年生が。
彼は持参の弁当を持ってなまえの傍に座り、何を言うのかと思えば、開口一番自信満々にこう言った。


「なまえ、新しいダジャレ思いついたんだけど」


じゅるじゅると紙パックのジュースを啜りながら、どこか活き活きとした彼の様子を見守る。懐から取り出したのは、ネタ帳と書かれているメモ帳。今時そんなものを持ち歩いている高校生はこの人くらいだろうなぁとなまえが半眼で考えていると、彼はぱらりとメモ帳を捲って口を開いた。


「アルミ缶の上にある蜜柑」

「……寒いです、伊月さん」

「じゃあ、このサイダーダサイなー」

「伊月さん、寒いです」

「…………」

「…………」


伊月と呼ばれた彼は、メモ帳を再び懐へ仕舞い込む。そしてあからさまに凹んでみせ、がっくりと肩を落とした。先刻から啜っていたジュースがなくなったのを確認し、なまえは自分の弁当を片付け始める。一応後輩なので先輩が食べ終わるのを待つつもりでいるのだが、当の本人が凹んだまま一向に食事を始めないので痺れを切らしたというのもある、でもどうせ明日には新しい駄洒落を考えてくるんだろうと思った。
そういえば、と、なまえは思い出す。伊月の周りに、いつもつるんでいる誠凛バスケ部メンバーがいない。


「珍しいですね、一人でいるの」

「ん……ああ、まぁな。皆俺に気を使ってくれた」

「へぇ」


やっと弁当に手をつけ始めた伊月だが、そこで鐘が鳴る。あと十分以内に教室へ戻らなければいけないため、屋上で弁当を食べていた生徒たちは疎らに屋上を後にしていく。少しくらい遅れても問題ないと判断したなまえは、かっ込むようにしてご飯やおかずを平らげる伊月を眺めた。彼は最後にお茶を流し込むと、深く息を付いて食事を終了した。一分程度で食事を終わらせることができるのは、やはり運動部の男子だからなのだろうか。
軽く感心していると、伊月がじっと彼女を見ていることに気づいた。顔に何か付いてますか、と首を傾げれば、彼はあのさ、と前置きしてから言葉を紡いだ。その表情は先刻までと変わらないのだが、雰囲気が違って感じる。


「俺、もう一つダジャレ思いついたんだけど」

「……またですか。そろそろ戻らないと授業間に合いませんよ?」

「まぁまぁそう言わず。これ、今までで一番いい出来だと思うから」


自分からハードルを上げた伊月は真っ直ぐ、なまえを見る。眼を逸らしてはいけない雰囲気なので、彼女も一応までに彼を見返す。
一番いい出来だという割に、その手には例のネタ帳がない。今度はどんな寒い駄洒落を思いついたのかと既に呆れながらなまえが考えていると、伊月の両手がこちらへ伸びてきた。

なまえの両肩に、大きな手が触れて、ほぼ同時に伊月は言う。



「キスはすきっスか?」



は、と短い疑問符が生み出される予定だった唇は、伊月自身のそれによって塞がれる。ほんの一瞬の柔らかさと温もりは、彼女の頬を真赤に染めるのには十分すぎるものだった。
普段ポーカーフェイスな伊月の口元がにやりと歪んで、肩に置かれていた手がくしゃりと彼女の頭を撫でる。なまえは真っ赤になったまま何も言えず、自信の手で口元を覆った。告白、なのだろうか、と疑わしく目の前の先輩を見れば、その鋭い眼は真っ直ぐに自分を見ていて、流れ的に先程の駄洒落の返事を返さなければこの空気から解放されないのだということを悟る。


「返事は?」

「あ………ええ、と、」



「………きすはすき、です」



答えは、丁度よく鳴り響いた鐘の音によって飲み込まれた。
だが、すぐ目の前にいた伊月には、しっかり聞こえていたようで。彼は満足げになまえを抱き締め、力加減からいって暫く開放する気はないようだ。そう判断したなまえは、次の授業をまともに受けれないだろうということを受け入れ、諦めた。どこか満足そうな彼の顔を見ていられるならば、それでいいと。ついでに、こんなに熱い顔ではいずれにしろ人前に出られない。
数秒前に返した返事を思い出し、また頬を染めるなまえは、これが鐘が鳴ってからの出来事でよかったと、心底からそう思った。






きすはすき






(伊月さん、伊月さん、順序が違うと思います)
(ああ、いいのいいの。どうせ観客がいるならこれくらい見せつけてやらないと)
(かんきゃ………ッ!?)


fin.
09.0923.
屋上の扉の隙間から二年生ズが見てます


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