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side brother











兄貴と僕とで、おじさん…じゃなくて、モルディーン猊下のお遊びに付き合うことになった。なったっていうか、もう終わった。

兄貴の居合と九条の刃、それに僕の友達で下僕の食人鬼が片付けてくれた。突然、僕と兄貴の近くの空気が圧縮するのを肌が感じる。咄嗟に地面を蹴って後退した僕たちがさっきまでいた場所で爆発が起こった。爆音で平衡感覚を失わないために、砂埃で視界を失わないために、僕は剣を持ったまま飛行眼鏡を装着して両手で耳を塞いだ。兄貴は普段と同じ刃物みたいな視線で前を見据えている。その姿とは双子の僕とは似ても似つかない。


大きくて厳しくて優しかった父さんに似ているイェスパー兄貴と、綺麗で温かくて優しかった母さんに似ている僕。本当に双子なのかな、ってたまに疑ってしまう。もちろん身体は理解してるんだ、僕らは双子だって。
無駄なことを考えないように、僕は友達の組成式を納めた飛行鞄を引きずり、魔杖剣<空渡りスピリペデス>をぐるんぐるんと振りまわしながら兄貴が背中を向けている方へと足を進めた。敵は、いないように思う。




兄貴の方を振り返り、自然とわき上がる笑みを浮かべた。



「ギョンギョンっと殲滅ー。これで全部かな、イェスパー兄貴」


「まだだ、油断するなベルドリト」



いつでもお堅い言動を崩さない兄貴は僕に対しても厳めしい態度を崩さない。肩を竦めながらも、申し訳程度に姿勢を正しておいた。でも背を向けてまた足を動かす時、一瞬だけ舌を出した。
きっと兄貴は、今僕が何を考えてるかなんてわかんないんだろうな。その証拠に何も言わない。だって僕も僕が何を考えてるか分からなくなる時がある。双子の片割れでも他人は他人、分かるはずがないよね。あ、でも今はちゃんとわかってるよ、自分が何考えてるのかは。

元々寡黙な兄貴だけど、こうして僕と一緒にいる時に黙り込むのは大抵何か小難しいことを思案している時。でも僕だって、普段飄々としてる僕だっていろいろ考えてるんだ、もう子供じゃないし、一人でも大丈夫なのに。
何で兄貴はあの時のこと、教えてくれないんだろう。どうしてお父さんがおじさんを、猊下を裏切って暗殺なんかしようとしたの?
あんなに忠誠を誓ってたラキ家の当主が、どうして。兄貴は知ってるのに教えてくれないから、僕は分からない。そう、分からない、優しくて大きな手で僕を撫でてくれた父さんが猊下の暗殺を企てそして自決したのか。


僕はわからないから、こうして全てから無関係を装う。だって分からないんだもん、だったら関係ないでしょ?



口元に笑みがこぼれたところで、いつの間にか僕は兄貴の剣の間合いから外れていたことに気付く。何も言われないから戻ることはせず、そのまま落ちてる死体とか内臓とかをぴょこぴょこ避けて戦闘終了の確認を続けた。
皆猊下のお遊びに付き合ってくれてありがとーね、ささやかだけど僕の可愛い笑顔、お礼として受け取っておいてよ。まぁあの世じゃ何の役にも立たないけどさ。


そうだ、みんなみんな猊下のお遊び。兄貴はそれを理解した上で猊下に忠義を尽くしているし、僕は僕自身も楽しんで遊ぶようにしている。
僕たち双子の命すらも猊下の玩具なんだよ、凄いでしょ。自分に言い聞かせてみると何だかにゅにゅっと笑えてくる。兄貴は全てを知っていて猊下に忠誠を誓っているのに、僕は何も知らないで申し訳程度に楽しいから従っているだけ。あはは、なんか可笑しい。どうしてだろうな、凄く面白くて、笑えるし、変な気分。

どうしよ、右の方から片腕を食い千切られた壊れた玩具が起き上がって魔杖剣を構えているのに、僕の手は思うように動かない。食人鬼を呼び出すことさえもできない。ただただ口元が緩み、笑いが込み上げてくる。









―――ねえ、兄貴。本当におかしいのは僕だよね。







そう言ったつもりだったけど、刺された瞬間だったから舌がもつれて上手く声が出なかった。

空が流れていく。いや、僕の体が倒れていってるんだ。くるくると目まぐるしく動く景色の中、一瞬で駆けつけた兄貴が僕を刺した咒式士の首を飛ばしたのが見えた。
鋭い瞳の中、僕を心配するような光が浮かべられている。いつもどおりへらっと笑い飛ばそうとしたら、喉の奥から血が出て来て顔を歪めてしまった。上手く息が出来ない、内臓が結構傷ついてるかも。
片手を動かして一番痛みの酷い場所に触れれば、ぬちゃりと粘着質な音がして手のひらが濡れた。僕の血がたくさん流れていく。放っておけば出血多量で死ぬな、刺されどころが悪かったんだ。それに僕は兄貴と違って後衛の数法量子系の咒式士だから打たれ弱い、だからいつも壁とか床に隠れて攻撃してたのに、なぁ。

何だかもっと笑えて来て、気まぐれに兄貴の方へ手を伸ばした。けど、少ししか腕が上がらない、変だな、僕の体なのに。落ちる寸前で兄貴が僕の手を握った。父さんによく似た温かさを持った手で、少し安心して今度は上手く笑えたかな。


兄貴は何も言わない。きっとどうすれば僕が助かるのかを考えてくれてるんだと思う。だけど僕はそんなことどうでもよかった。自分の命をそんなこと、と軽んじるのは咒式士にはよくあることだけど、僕は。おかしいから。
何も分からないのに僕は僕のフリをしている。何で"皆殺しのラキ家"に生まれたのかすらわからない。だけどそれらしくないと言われることは僕にとって最高の賛辞だった。ああ、変だな僕。兄貴なんかよりずっとおかしいや。まあ猊下には負けるかもだけどね。


兄貴の隻眼と目が合った。俺と同じ髪と瞳で、俺とは違う顔。
ねぇ、あにき。僕はやっぱり、さ、





「いきたい、かも」




僕の言葉はちゃんと発音されなくて、空気の掠れる音にしかならなかった。あ、そろそろ限界、意識が飛ぶ。
次に目覚めたらお花畑で、綺麗なお姉さんがたくさんいたりしたらいいなーとか頭の片隅で思ってると、痛みを通り越して無くなりかけていた感覚が全身に戻って来た。
目の前には見慣れたというか見飽きた兄貴の顔。綺麗なお姉さんとはほど遠いや。

それで少し視線を彷徨わせれば、ヨーカーンさんがいた。きっと猊下に言われてここまで来て、僕の傷を治してくれたんだろう。
戻った感覚が早速右手の痛みを訴えた。見れば兄貴が僕の手を握り締めている。ただでさえ怪力の兄貴に手を握られたら砕けてしまうんじゃないかな、と言いたかったけど、まだ舌が上手く回らないから「あにき、いたい」とだけ伝えておいた。途端に弱まる力。まったく兄貴は律儀というか。


ふと、ヨーカーンさんと目が合った。いや、きっとあの人が僕と眼を合わせたんだ。虹色の瞳は空の色に変化して、素直に綺麗だと思った。


―――君たち双子はどちらが欠けても成り立たない。どちらか一方が壊れれば、もう一方も共倒れだ。


猊下の声がした。頭の中で直接響くような声だった。あ、そっか、きっと大賢者のヨーカーンさんが猊下の声を僕に届けたんだ。それって、まだ僕に壊れるなって意味?
酷いなぁ、あの人はもう僕が兄貴より壊れてることを知ってるくせに。何て言うか、猊下のそう言うところが僕は好き。
了解したよ、猊下。僕はまだちゃんと僕のままでいる、何も知らない僕のままでいるから。
その意味を込めて笑ったら、兄貴が安堵して腕の力が緩くなったのを感じた。
そして、ここから遠く離れた場所で猊下が微笑んだことも感じた。






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