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どうしたものか、と女は思考する。ぐるぐるぐるぐると廻る思考はいつまで経っても終わりを迎えることがなさそうで、苛立ったように舌打ちすると、彼女は目前で腰を落としている紫の髪の青年に目をやった。その青年は腕を後ろ手に縛られているというのに、挑発的な笑みを浮かべて焦燥感など欠片も滲ませていない。見上げてくる金色の釣り目が印象的だ、と彼女は思った。
そうして暫く見つめていれば、必然的に二人の眼と眼が出会う。青年は瞳を細めて、口の端を釣り上げた。


「そんなに見つめないでくれよお嬢さん、俺に惚れたか?」

「まさか」

「だったら何でさっさと俺を自警団に突き出さないんだい?」

「…さぁ、」


曖昧な返答を返す女は伏し目がちに視線を逸らした。
どこか皮肉びた笑みであるにも関わらず、青年の双眸はいやになるほど真っ直ぐで、直視していられなかったのだ。せっかく捕まえたというのに、自警団へ差し出そうとも思えない。何故だろうか、彼女はその自警団の一員であるはずなのに。ああそうだ、迷っているからだ。やがて一つの答えらしきものがぽつりと、水面に水滴が落ちたように波紋を生み出した。

捕らえた青年の名は知らない、ただ何者かは分かっている。砂漠の東の外れ、『砂の要塞』を根城にした名高い盗賊の集団、ナバール盗賊団のシーフ。夜な夜な近くの街、主にサルタンに出没しては、金持ちの家に忍び込んで金品を根こそぎ盗んでいく。手慣れた手法と速過ぎる逃げ脚に、サルタンの自警団も毎度手を焼かされ、捕らえることは不可能だとも思われていた。だが、幾重にも偶然が重なり、この紫の髪の青年は捕まった。自分よりも非力であるはずの、決して立派な体躯を持っているわけではない女、一人に。
彼が、いや、彼を含む盗賊団がやってきた事は紛れもない悪事であり、誤魔化しようのない事実。一人捕まった所で訳はないかもしれないが、いくらかの牽制にはなるはずだ。


それでも、彼女が、それを出来ないのは、しないのは。
事実であることの全てを知って、考えて、ある程度理解して、既に答えになっているからで。
悔しそうに歯噛みすると、彼女はため息を吐きながら煩わしく感じた髪を掻き上げた。状況が状況なら色っぽい仕種を見て、青年はひゅう、と口笛を吹く。



「ため息吐くと幸せが逃げるぜ、お嬢さん」

「うるさいな…ああもう、イライラする」


憎々しげに吐き捨て青年を見据えるも、その憎しみの感情は彼に向けられているわけではないらしく、むしろ自分自身に向けられているように見えた。
そしてもう一度、溜息をついてから、今度は力ない様子で口を開いた。


「もう、いい。逃げたきゃ逃げればいい」

「あれ…、ばれてた?」


当然だ、と彼女が返せば、青年はおどけたように大げさに肩を竦める。その両手はいつの間にか解放されていて、自由を奪っていたはずの縄はまるで当り前とでも言うかのように地面に落ちていた。大方盗賊らしく縄抜けでもしてみせたのだろう、女は驚いたりせず背を向け彼が去っていくのを待っていた。なのに、青年の気配はいつまでたってもそこにある。
早く言ってくれ、そう言おうとして振り向いて、その時初めて彼女は驚きを見せる。青年の顔が、互いの吐息を感じるほどすぐ近くにあった。
何もできず、言えずにいると、そのまま緩慢な動作で、ゆっくりとすぐ傍の壁に背を押しつけられた。青年の武器はすぐ近く、彼が手を伸ばせば届く範囲にある。もしかしたら殺されるかもしれないな、と彼女は頭のどこか奥でそんなことを考えていた。

だが青年は武器を手に取ろうともせず、顔を近づけたままの状態で整った唇を震わせた。


「名前、教えてくれないか」


何故そんなことを聞くのかと疑問に思いながら、彼女は「なまえ」という自らの名を口にする。その名を口の中で呟いて、青年はそっと目を細めて彼女の頬に指先で触れた。


「いい名前だ。俺はホークアイ。知っての通りナバールのシーフさ」

「………」

「よければ、俺を逃がそうと思った理由を教えてくれないか」


興味があるらしく、ホークアイと名乗った青年は小首を傾げて訪ねてくる。なまえは罰が悪そうに目を逸らしていたが、やがて観念したのか掠れた声で話し始める。
(知っている。お前たちは盗賊というよりも義賊だ。金品を奪うのはいつだって悪事を働いて金儲けをしている輩からで、それを決して私欲を肥やす利にしているわけではなく弱き者を助けるためだった。ああ、知っているさ、お前達がしていることは法的に見れば悪事だが助けられた側にとっては絶対的な救世主だ。曲りなりにもお前たち盗賊団は人のためになることをしている。そんな奴らをどうして私が捕まえられるんだ。このまま突き出したところで喜ぶ者は誰一人いないというのに。―――どうして一概に善悪を決めつけることはできないのだろうな、全くもって不便でならない、だから私はホークアイ、お前を捕まえることができない、というか捕まえる気が起きないんだ)

口を挟むことなく聞いていたホークアイは、少し驚いたのか目を見開いて、そしてすぐに伏せた。それから暫く黙っていたので、困ったようになまえは彼を見上げる。背の高いホークアイは薄く目を開き、優しく頬を撫でた。


直後温かくて冷たい何かが、唇を、掠めた。



「なぁ、俺、またなまえに会いたいな」

「……馬鹿言え、もう一度捕まりたいか?」

「あんたになら捕まっても構わないぜ」


悪戯っぽいウインクを残し、ホークアイは身を翻し窓の外へ姿を消し、闇に溶けて行った。いつの間にか一対のダガーも消えている。
なまえは月のない夜の空に目をやり、そっと口元を手で覆う。恥じらいからか、彼女の頬は朱に染まっていた。


「次に捕まる罪状は窃盗罪というよりも、猥褻罪だ……」


奪われた唇は冷たかったはずなのに、いつの間にか熱を持って熱くなっていた。ああ、これは、もしかしなくてもやはり盗まれてしまったのかもしれない、アレを。

「くそ、あの男……っ!」






ある意味窃盗罪






(心を奪われただなんて、腐っても言わないけれど)

(心を射止めただなんて、冗談でなけりゃ言えないけれど)



fin.
09.0826.
ホークアイ好きだ


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