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私はそこらにごろごろと転がる死体に蹴躓き地面に這う形となった。


置き上がる気力もなく顔だけを横に向けると、死人さんの見開かれた双眸と目が合った。数え切れない骸に共通する点が、この紅い眼。天使の教会の兵士であることが窺い知れる。私は図太さには自信があり、死体と目を合わせたくらいで悲鳴を上げる気もなければそんな体力も残っていない。
とにかくこのまま眠ってしまいたい。

噎せ返るような鉄の臭い、つまり血や臓物の臭いなのだが、それらが気にならなくなるほどにはこの戦場に身を置いてきた。嗅覚が麻痺しはじめているのかもしれない。
私の住んでいた村は跡形もなく破壊され、肉親は見つからなかった。もしかしたら家があった辺りで原形を留めずひき肉になっていた人間だったっぽいものがそうなのかもしれないけど確認のしようがなく諦めた。
お隣に住んでた双子ちゃんも行方不明だしその両親も見当たらないし、セエレくんとマナちゃんはどうしてるのかな、なんて。ちょっと考えながら、寝がえりを打って仰向けになってみた。




空は皮肉なほど青く広く晴れ渡っていて、戦場跡を見下ろす空にしてはいささか似合わない。
ああだけど、人が死ぬのは必ずしも悲しい空の下ではないのだと、改めて思い知らされた気がして少しだけ笑えた。

今私はすごく、眠い。ここ最近不眠で連合軍に参加していた所為もあるのだろうけど、背中を袈裟がけに走る傷の所為もあると思う。自分の身体の中に血がどれくらい流れているのかはわからないけど、現在この身体に血液が足りていないことだけは分かる。
そうか、きっと私はこのまま死ぬんだ。何とかここまで歩いて来たけどもう限界で、身体が壊れかけている。



青い空を目に焼き付けたまま瞑目しようとしたが、何かの影に遮られた。
人影だ、敵の残党だろうか。そうだとしても死ぬのが何分か早まるだけであまり変わらないので問題はない。
ただ不思議なことに、その人物には逆光でもよく映えるであろう紅い瞳は見当たらず、剣を振り翳すでもなく無言で私を見下ろしていた。見世物じゃないんだ、むしろ見物料を取るぞと悪態をついてやりたいところだが生憎上手く言葉が出てこない。喉のあたりに血がこびり付いているようで、途切れ途切れだ。



「誰、だよ、あんた」



「……………」



相手は答えない。何も言わない。
その代り私を見下ろしたまま、唇を動かした。
声は発されず、最初はこっちの聴覚が悪くなったのかと錯覚したが恐らくこの人は何らかの事情で声がでないんだ。そんな感じがする。



「   」



何かを言っているようだったが、私に生憎読唇術の心得はない。
でもなんとなく、今言ったのがこの人の名前なんだと思った。
口の動きを思い出し、そこに声を乗せてみると、



「……カ、イ、ム?」


私が言うと彼は、カイムは首を縦に振った。

カイムを落ち着いてよく見れば血塗れで、私より酷い怪我をしているように見えたがもっと良く見ればそれらの赤は全て返り血で、多分ここら一体に兵士の死骸を敷き詰めたのはカイムなんだと直感。だってこの人は人殺しを厭わない目をしている。まだその奥には優しさが残っている、のに。嫌な時代になったものだなぁ。


カイムから視線を外しそれでも蒼すぎて嫌になる空を睨みつけていると、彼は直立し見下したまま私に向って手を差し伸べた。
丁度私が手を伸ばせば届きそうな距離なのだが、今は指一本動かすのも億劫な気分だ。意図の分からない他人の手を取る気には残念ながらなれなかった。


一向に動きを見せない私に対して、カイムはまた唇を動かした。



「     」



だから、私は読唇術なんかわからないんだってば。


しかし私の右腕はまるで自分のものじゃないかのように、カイムの手を目指していた。落下する寸前で、彼が手を握る。温かい、いや、あっちが温かいんじゃなくて、こっちが血を流し過ぎて冷たいだけだ。
この細腕なんかよりずっと力強い立派な腕であという間に私を背負い、どこかへ歩いていく。こんな年齢になって誰かに背負われるなんて予想外だった。

そして視界に赤がちらつき、何か人間ではないものの声が聞こえた。「珍しいこともあるものだ」とか、「連れていくのか」とか、カイムは一切話していないはずなのにその相手はしっかりと言葉を交わしているらしい。これが噂に聞く、契約者とその相手なのだろうか。
今の私にはどうでもよくてやっぱり眠かったので、気にしないようにしながらそっと目を閉じた。頬を撫でる風が空を飛んでいるように錯覚させてくれて気持ちよくて、これが夢ならこのままでもいいと思った。







あの時カイムが何を言いたかったのか、唇を読まなくても私には理解できた。




生 き た い か




何故なら、私がそう望んでいたからだ。
本当はもっと生きたいと思ったのだけど何だか無理そうだったから夢を見ることを止めた、だけ。本当は死ぬのが怖くて泣きそうだった。

だけどカイムが偶然にも私を発見した。どうやら助けてくれるつもりらしい。
もしそれが気まぐれの行動なのだとしても、



私にしてみればさながら無口な王子様のように見えてならないんだ。





心:誘拐融解






(子供の頃誰もが夢見る)

(王子様、王子様)

(どうか私を攫ってくださいな)


終幕
09.0228.


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