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あかい。

それが、銀時の憶えている中で一番強い印象だった。空も地面も自らの手も腕の中にいるなまえも目に映るもの全部が全部赤く、真赤で、例えるなら何もかもが赤い世界に閉じ込められたような。


「ったく……しっかりしろよなまえ。ほら、俺が運んでってやるから」

「銀時、」

「はいはい喋んなって。傷口広がったらどうすんだよ」

「銀時」

「ヅラも高杉も辰馬も待ってるぜ、早く帰るとすっか―――」

「銀時っ!」


現実を認めまいとなまえから目を外していた銀時は、その鋭い声に嫌でも振り向かされた。閉じ込められた紅い世界よりも赤く染まった、なまえの姿がその目に映る。応急処置をしても尚その体からは血が流れ続け止まる気配は一向に見えず、その傷の深さは何よりも一つの事実を物語っていた。死、という事実を。
名を呼ばれ、泣きそうに顔を歪める銀時は、彼女の傍らに膝をつき抱き起こす。血混じりの呼吸を繰り返すなまえは、僅かに息を揺らして小さく笑った。


「おいおい、白夜叉ともあろうお前が、何だそのカオ。笑っていいか、むしろ笑わせてくれ」

「……馬鹿やろ、喋んなって…」


声を震わせながら握り拳を作る銀時の頬に、なまえはそっと触れる。既に体温はほとんど無く、乾いていない血がぬるりと頬に付着した。それでもまだ流れ続ける血。彼女から零れ落ちる命。行かないでくれ、頼むから、まだここにいてくれ。力無く地に落ちそうになるその手を、銀時は縋るように掴んだ。


「……見ろよ。もうすぐ、日が暮れる……綺麗だな……」

「なぁに言ってんの、夕日なんか見てないで銀さんを見てなさいって。俺の方が倍くらい綺麗じゃねぇ?」


必死に震えを隠し笑顔を作ってそう言うも、なまえはゆるゆると首を横に振る。


「そうしたいのもやまやまなんだがな……ごめん。もう、見えない」

「………っ、なまえ、死ぬんじゃ、ねぇって……!」

「ごめん、な、銀時。それは聞けない、頼み事、だ、っ」


言葉すらも絶え絶えになりつつあるなまえは、苦しそうに咳き込み鮮血を吐き出す。ひゅうひゅうと掠れた呼吸音が、その時が近いことを物語っていた。
銀時が更に顔を歪め、何か言おうとするが、それを制するようになまえは彼の胸倉を掴んで引き寄せる。

彼の耳元で、紅い唇が動いた。




「なぁ銀時。悲しいことに、この空は、   」




それを最期の言葉とするには、あまりにあっけないもので。
頬に施された血化粧が乾く頃、声にならない叫びが、夕暮れの生暖かい空気を切り裂き冷たいものへと変えた。












万事屋銀ちゃん。
そう書かれた看板の手摺に、銀時は頬杖を付きながら空を眺めていた。じっとりと湿った空気が肌に纏わりつき、心地よいとは言えないこの気候。それでもわざわざ外にいるのは、もうじきに日が暮れ、夜になるから。この空の色を見ると必ず、思い出すあの言葉。

――宇宙船が行き交うこの空を見たら、お前は何て言うんだろうな。



「……はは、まったくお前の言う通りだよ。その通り過ぎて、泣けてくるわ」



映る赤を遮断するように瞑目し、もう一度目を開いて見てもそれがなくなることはあり得ない。ただ、意味もなくこの世界の中になまえを探してしまう自分を自嘲して、銀時は空を仰いだ。
まるで嘲笑っているかのように赤い空は、たとえ世界が滅んだとしてもその色を変えることはないだろう。





あけのそら





"なぁ銀時。悲しいことに、この空は、私なんかがいなくても明けるんだ。この日の本も、同じだ。だからお前は、"



そこで途切れた言葉。生きろ、とでも続けたかったのか。

この空が明けようが日本の迷走が終わろうが、俺の心はお前無しじゃ明けないんだってこと、最後まで気付いてくれなかったな。



END



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