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獣牙族領地。平和な青空を見上げる少女が、ぽつりと呟く。


「いいなぁ、シェイドは」


視線の先、青空には、一つの影が。それはただの鳥のようにも見えたが、着陸態勢を整えるにつれて姿かたちがはっきりとしてくる。やがて、獣の翼を背に生やした銀の髪の青年が地に降り立った。


「いいって、何がだ?」

「わ、聞こえてたのか…」

「蝙蝠の聴力ナメんなって」


青年の尖った耳がぴくりと揺れる。彼、シェイドは、翼を持つが列記とした蝙蝠型の獣人だ。聴力が優れ、空も飛べる。
黒い翼を一瞥し、少女は溜息をひとつ。


「君が羨ましいよ。私も蝙蝠だったらよかったのに…」

「そうか? 俺は犬型もいいと思うぜ。なまえにはなまえの長所があるわけだろ」


なまえと呼ばれた少女の頭上には犬の耳が、腰の下辺りには尻尾が生えている。鼻は若干湿っていた。彼女は犬の特徴を持つ獣人だ。
前髪に隠れた瞳が、不機嫌そうに細められた。抱いた感情に比例して、耳と尻尾も垂れた。


「犬の長所っていったら嗅覚くらいじゃん」

「あと忠誠心。ホラ、獣牙王サマだってお前を気に入ってるし」

「エドガーに気に入られてもね…。一日一回は喧嘩ふっかけてくるし疲れる」


精気溢れる新世代の王の姿を思い浮かべ、項垂れるなまえ。何故あんなに血の気が多いのか甚だ疑問だ。大人しく仲のいい喧嘩友達のコランダムとだけ喧嘩していればいいものを、たまに喧嘩の標的を変えるから困る。
エドガーは確か虎型の獣人だったはず。ということは、ネコ科。つまりネコ特有の気まぐれ具合も持ち合わせているのかもしれない。迷惑なことに。


「あー、いっそ飛びたい。飛び立ちたい」

「どこにだよ」

「ここではないどこか。もうシェイドどっか連れて行ってよ。空中散歩ー」


青草の上に寝転がり、子供のようにごろごろと転がる。喉から唸るような声が漏れていた。
そこまで疲れているのかと、シェイドは笑う。なまえからは逆光で、それが見えなかったのだが。
シェイドは彼女の隣に腰を下ろし、同じように空を仰いだ。平和を取り戻した空は、これでもかというくらいに広大で、青かった。

この太陽の下にいるのに、なまえの肌はなぜ白いのだろう、という無意味な疑問を持つシェイド。獣牙族の民は肌が皆褐色をしているというにも関わらず目の前の少女は白い。
何というか………とても不思議だ。どうしてか、触れたくなってしまう。
伸ばしかけた手は、彼女の唸り声によって制された。理性を取り戻した手を引き、どこか虚ろななまえを見ると、その瞳はこの世界ではないどこかを眺めているようだ。何かよく分からないが、やばい。




そんな彼女の唇からは、溜息のように言葉が吐き出される。


「あー飛びてぇー」

「まだ言ってやがんのか。つか口調変わってんだろ」

「あいきゃんふらい!」


駄目だ、壊れた。
シェイドはそう判断し、立ち上がる。そして寝転がっていたなまえの襟首を引っ掴み、無理やり立たせる。彼女の首が締まり蛙が潰れたような悲鳴を上げるも、気にとめない。


「ちょ、何なになに?」

「飛びたいんだろ。なら今から空中散歩だ」


首を押えて息を切らすなまえの膝裏に腕を滑りこませ、抱き上げる。俗に姫抱きと呼ばれるあの体勢だ。
反論する隙も与えず、じゃあ行くぞ、とそう言うが早いかシェイドは黒い翼を羽ばたかせた。真珠色の犬歯を覗かせ悪戯っぽい笑みを浮かべながら。


「え、うわ、ぎゃぁあっ!」

「ぎゃあはねェだろ。もっと可愛い声でないのか?」

「無理無理ムリ! 犬って高所恐怖症なんだよっ。でも楽しい!」

「どっちだよ……」


呆れたように肩を竦めるシェイドの頬は赤かった。何故なら、なまえの両腕は彼の首に回されていて、まるで抱き締められているかのような錯覚に陥ってしまったからだ。
ふと視線を感じ、存外に軽かった、腕の中に収まる少女と目を合わせる。その表情は、子供のように輝いていた。


「私、空飛んだの初めてだ」

「そりゃ、犬は空飛べないしな」

「ありがとうシェイド、大好き!」


言葉とほぼ同時に、青年の頬に温かく柔らかい感触が伝わった。
一時のノリで吐き出された台詞だとわかっていても、それだけで心臓が跳ね上がったというのに、その感触がなまえの口唇によるものだなんて。完璧なフライングだ。気付いた拍子に体のバランスを崩し、よろける。慌てて体勢を立て直すと、さらにきつくなまえが抱きついてきた。余計心臓が煩く鳴り、どう考えても悪循環以外の何ものでもない。


「あ・ぶ・ねー……」

「人生最初で最後の落ちる経験しそうになっちゃったな」


誰の所為だと思ってるんだ、という台詞が喉まで出かかったが、何とか飲み込んで堪えることができた。今の自分はさぞや滑稽だろうとシェイドは思う。


「あいあむふらいんぐ!」

「……あー、もうわかったから耳元で騒ぐなっつの」

「あははっ、悪い悪い」


これ以上この状態が続けば心臓がイカレる、彼がそう確信を持つも、持ち前の聞き分けの良さで黙ったなまえを見ているともう暫く飛んでいなければならない気分になってしまう。
暫く飛んで地面に降りたら、今度はこちらから口付けして唇を奪ってやろう。そう決心して、シェイドは笑った。




FRYING!




もっと高く、もっと早く。
平和な空の下で始まる、僕らの恋の物語。



END



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