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「くそ、やられたか…!」


ラキ家の双子、イェスパーとベルドリト。兄であるイェスパーが、忌々しげに言葉を吐き捨てた。剥き出しになった犬歯は食い縛られ、そこに込められた感情の大きさを表している。

彼らの主君であるモルディーン枢機卿長から下された命令は至って単純。「ツェベルン龍皇国内にて暗躍している怪盗さんがいるみたいだから、少し遊んできてくれないかな?」これを翻訳すると、つまりはその怪盗とやらを捕えろと。そういうことになるのだが。


「いないね、兄貴。むいむいっと逃げられた?」


ベルドリトはヘリウム元素のように軽い足取りで、目の前の金庫の周囲を歩きまわる。昼までは確かに、この金庫の中には濃緑色の宝石で出来た頭蓋骨があった。悪趣味な宝だ、と笑いたいところなのだが、これでは笑えない。何故なら、跡形もなくそれが消え去っているのだから。

龍皇国が誇る美術館からまんまと宝を盗まれ、イェスパーはその悔しさに大理石の壁へ拳を打ち付ける。建物全体が振動した。


不意に、背後から笑い声。否、背後の窓、見上げるほど高い位置にあるそこから笑い声。
イェスパーが隻眼を細めると、その左目に小柄な人影が映った。大きな満月を背負い、こちらを見下ろしている女がいる。彼女が抱き締めているのは、不自然に輝く頭蓋骨。
まさか、と、機剣士と虚法士が息を飲んだ。


「十二翼将のお二人さん、わざわざ私の為に出張か?お疲れ様だねぇ」

「貴様が猊下のお手を煩わす怪盗か…!」

「猊下ってあのおじさんのこと?まぁ多分そうだね。ちなみに私はなまえだ、初めまして」


流暢に自己紹介する怪盗、なまえは、腰に魔杖剣を下げている。既に抜刀しているイェスパーに対し、彼女は柄に触れもしない。両腕に頭蓋を閉じ込め、それに顎を乗せながら二人を見下ろす。
黒い髪が風に浚われる。月光が彼女の肌を蒼白く照らし上げる。


「で、そっちは?」

「初めまして、僕はベルドリト・リヴェ・ラキ。ついでにそっちの無愛想なのは双子の兄のイェスパー・リヴェ・ラキ。よろしくねなまえ」


へにゃりと笑うベルドリトは腰の魔杖剣、空渡りスピリペデスに手を触れる様子も見せず無邪気に手を振る。それに対しなまえも笑いながら手を振り返す。
イェスパーは頭が痛くなった。




「というかお前ら、双子だったんだな」

「二卵性だから全然似てないでしょ?」

「最初見た時、親子かと思った」


春先にまったく同じ感想を漏らした剣舞士を思い出し、彼に敗れたイェスパーはいよいよ戦意を露わにした。九頭竜牙剣が月光に照らされ、金属質な光を帯びる。


「剣を取れ弟よ。猊下の信にお応えするため、ここで奴を捕える」

「お、おうさ兄貴っ」


今にも咒式の組成式を紡ぎ始めそうな二人を前に、それでもなまえは笑っていた。
何がおかしいのか、と問う前に、女は薔薇色の口唇を開く。


「まったく、嫌になるなぁ。これだから昨今の咒式士は。別にお前らと剣を交えようとは微塵も思ってないよ」

「貴様にその気がなくとも、我らがそうはさせない」


言うが早いか、イェスパーの九頭竜牙剣が伸び彼女を襲う。砕け散る窓。硝子の破片が星屑のように煌めくも、そこには既になまえの姿はなかった。周囲を見回してもその姿が見当たらない。気付いたのは、弟の声とその指が差す方向を見てから。なまえは天井に立っていた。
逆さまに、重力に逆らって。

恐らく重力系咒式士なのだろう、細く白い手には同じように華奢な魔杖刀が握られている。小脇にはしっかりと例の宝を抱えていて。


「危ない危ない。当たったらどうしてくれるんだ」

「兄貴は当てるつもりだったんだよっ、ね、兄貴?」

「無論」


第二撃が放たれるも、なまえは器用にひょいひょいと天井や柱を渡り歩き掠りもしない。壁と同じ大理石の天井には穴が増えていくばかり。苛立ちのあまり舌打ちするとほぼ同時に、頭上から緑の影が降って来た。頭頂部に直撃したそれはなんと先程まで彼女が大切そうに抱えていた頭蓋骨。意図が分からずなまえを見上げるイェスパー。


「可愛い犬っころにプレゼントさ。飼い主によろしく言っておいてくれよ」


そう言った時には既に窓から半身を乗り出していて。そして間違えて落したわけではないのだと二人が悟り何か言おうとした時には、その黒い髪は月の影に溶けていた。

言葉を発する意欲もなく機剣士は納刀し、濃緑色の頭蓋を持ち上げる。すると、かさり、小さな音を立てて一枚の紙が落下した。それを細い指で摘み上げ、書き記された文字を目で追うベルドリト。短時間の静寂が訪れ、少年のような青年はその紙を双子の兄に渡した。
それを読み終わった直後、空間を埋め尽くすまでに膨れ上がる怒気。無論、イェスパーのものだ。


「あの怪盗め……!」

「あはは、してやられちゃったねー」

「必ずやこの手で捕らえ、目にものを見せてやる!」


イェスパーは手に持っていた頭蓋を床に叩き付けるようにして落とす。派手な音を立てて宝は破砕。緑の破片と成り果てた。しかしラキ兄弟の三つの瞳はそんなものを見ておらず、なまえが去った後である窓を見つめていた。





月闇に消ゆ





"残念ながらこれは偽物だよ。何でこんなことしたかって言うと、"

"また、イェスパーとベルドリトに会う口実が欲しかっただけなんだ"



本当に奪われたのは、宝なんかじゃなくて。
心、だったのかもしれない。



終幕



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