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女王騎士試験に合格し、従騎士になってから数週間が過ぎた。最終試験時の怪我もほとんど完治していて、あの時アイツにつけられた傷も消えかかっていて、何だか無性に泣きたくなった。
あんな奴、あんな奴、大嫌いだ。女王騎士側を、国を親を弟を全てを捨ててまで力を欲しがった、そんな奴。大嫌いだ、大嫌いだ。


背後に立って、気配すら隠そうとしないお前なんか、大嫌いなんだ。


「どの面下げて、ここにいるんだ」


背を向けたままの私の問いに、彼は答えない。


「アルシリアにはマナの結界が張ってあることくらい、知っているだろう」


だからあの黒い騎士たちのように、魔方陣で消え去るなんてことはできない。頭のいいアイツはそれくらい理解している筈なのに、どうしてここにいるんだ。どうして何も、言わないんだ。お前が何も言わないなら、こっちから言ってやる。


「もう一度言う、どの面下げてここにきた?お前はもう私たちの敵だ、失せろ、二度と私の前に顔を出すな、お前なんて大嫌いだ!」


振りかえることもできず叫ぶように吐き出すと、後ろからふわりと何かに包みこまれた。言われずとも解る。アイツの腕に、閉じ込められた。何してるんだ、放せ、離せ、お前は全て捨てたんだろう、だったら私も捨てたはずだろう、なのに、どうしてこんな……諦めようと忘れようと足掻いていた私の方が、莫迦みたいじゃないか。頼むから離してくれ、いい加減忘れさせてくれ、そんな言葉も言えず、代わりに喉からは嗚咽だけが漏れる。その腕に込められる力が、強くなった気がした。



大嫌いだ、大嫌いだ、大嫌いだ、馬鹿の一つ覚えのように、子供のうわ言のように、私の口からはそれだけが零れる。不意にアイツは腕を解き、私の正面に回ってきて、気付けば唇に熱く柔らかい感触。酸素を求めようと開けた唇の隙間からそれ以上に熱い舌が差し込まれ、執拗なまでに私のそれを追いかけ絡め取る。突然の懐かしい口付けに驚いて目を見開けば、アイツの、カルマの顔が間近にあって、少し髪が伸びたことを除けば何も変わっていなかった。銀髪なのに赤い前髪も、冷たい光を宿しながらどこか優しい瞳も、放さないとばかりに縋りついて来るような腕も、全部、変わらない。ただ変わってしまったのは、私たちの立ち位置だけ。

カルマが唇を離すと、銀の糸が私たちの間を繋ぐ。だけどそれは、直ぐにぷつりと切れてしまった。
まるで、私とカルマの姿を体現しているみたいじゃないか。

虚無感に襲われると同時に、私の視界は何かに遮られた。ああ、またこいつに抱き締められているんだと、頭より先に身体が理解した。
熱い息遣いに意識を持って行かれそうになりながらも、その中に久しく聞いていなかった声を感じる。


「お前にまで嫌われたら、私は、何に縋って生きていけばいい……」


ふざけるな、と本当は怒鳴りつけてやりたかった。だけど私の身体は言う事を聞かず、彼の背に腕を回し抱き締め返してしまう。細身に見えるその体躯は、思いのほか筋肉質で無駄な脂肪が無くて、嫌でも自分との差を感じてしまう。初めて彼に抱き締められたのは、いつだろう。思い出せない、思い出したくない、思い出せばそれだけ現実を突き付けられ、辛くなってしまうだけだ。


「お前は全て捨てたんだ、カルマ、今更何言ってるんだよ、だったら私も捨てればいいじゃないか、頼むから、いっそ捨ててくれ、忘れさせてくれ」

「……っ、すまない、なまえ」

「謝るくらいなら初めから、裏切るな。お前はどれだけ私の心を掻き乱せば気が済むんだ!」

「………すまない」


カルマはもう一度私に口付けすると、震える声で言った。



「それでも愛しい、なまえが、愛しいんだ」



だったら何故、裏切ったんだ。今更言ったって、遅いというのに。背を向けたカルマを引き留めることもできずに視界が滲む。足元にはぱたぱたと水溜りが出来て、それが涙だと気付き目元を拭った時には、その姿は消えていた。

多分、また来るのだろう。まだ私に未練があるらしいから。未練がましいとあの男を嗤うことはできない、だって私も同じなんだ。愛しい、愛しい、愛しくてたまらない、どうしても忘れられない。


世間も私もカルマ=バンニールを裏切り者と罵るけれど
私も十分、背徳者。その裏切り者を通報しようと、そんなこと微塵も思っちゃいないのだから。





裏切りワルツ





力が欲しい力が欲しいそれだけを求めていたけれど

こちら側に君がいないと気付いた時には既に手遅れで

愚かな僕を、あなたは笑いますか



終劇



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