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「ジェダ、失礼するよ」

「……あ?………んだよ、なまえ」


不機嫌そうな声音に怯えることもなく、なまえは俺に近付いて来る。つーか、いつ部屋に入ってきた。何でお前はいつも気配を出さず人の前に現れるんだよ、五年前撤廃された女王騎士の教則にもなかったぞ、そんな決まりは。

それより、明日。明日だぞ、真なる魔王武具をぶっ潰しに行くのは。今日は早く寝ておけってエルトやイージスが言ってたじゃねぇか。
睨みを利かせてもなまえはいつも通の笑みを浮かべて、俺の隣に腰かける。直ぐ後ろにある窓から、涼しい夜風が吹いてきた。同時に俺の頬に触れるなまえの手は、酷く冷たかった。


「…きず、」

「……」

「残ったな」


頬の傷痕を撫でるその手は心地いいと感じたが、俺にこの傷をつけた相手のことを思い出すとどうにも胸糞悪くなる。……糞兄貴が、最後の最期にあんなこと………言いやがって…………!!俺はこの気持を、どこにぶつけたらいいんだ?もう兄貴は、カルマはいねぇ。俺がこの手で、倒した、乗り越えた、殺した。このもやもやを取り払うことはもう、不可能なのか。ふざけろ、俺様はジェダ=バンニール様だぞ。
―――は、バンニール、か。六大公爵家の称号も今となっちゃ何の意味も持たねぇ。大体バンニールはもう、俺しかいない。親父も兄貴も、母さんも。あの世に逝っちまったから、な。


「………ジェダ、大丈夫か?」


なまえの声で、俺は現実に目を向けた。気付いたら頬に触れていたこいつの手を、ギリギリと音が聞こえそうなくらい握り締めていて。咄嗟に、その手を離した。罰が悪くて顔を逸らすと、目に入る俺自身の前髪。アイツの追悼のつもりで、赤く染めた右側の前髪。俺が自分で決めたことだったがそれすらも胸糞悪くて、思わず眉間に皺をよせ舌打ちをする。
その様子を見ていたなまえは赤く痣になった自分の手を気にすることもなく、俺の顔を覗き込んで眉を下げる。


「辛い顔、してる。カルマのことでも思い出してたんだろう」


おいおい、俺は何も言ってねぇぞ?何だ、何なんだお前は。何で俺の心を見透かしたような目で俺を見詰めやがる。やめろ、やめろ、やめろ、そんな目で俺を見るな、透き通ったガラス玉みてぇな瞳に俺を映すな。


汚れちまうだろうが

テメェの馬鹿みてぇにキレイな心が。







気付いたら俺は、なまえを抱き締めていた。理由なんか分からねぇ、ただこの腕の中に閉じ込めておきたかったんだ。つーか体温低いなおい、密着してるっつーのに人肌の体温ってもんがほとんど感じられねぇ。

抵抗もしないで俺の背をあやすように撫でるなまえは、もう少し危機感とかそういうモンを持った方がいいんじゃないか。俺が男だってこと、忘れてやがんのかコイツは。



「なぁジェダ、カルマが最期にお前に言った言葉、あっただろう」



なまえがぽつりぽつりと語り出す。俺は無言のまま、その首筋に顔を埋めながら、麻薬のように俺の脳に浸透していく声に聞き入っていた。
脳内で再生されるあの時の言葉。

『            』

本当に、最後の最期でんなこと言うなんて。最高に最低な兄貴だぜ、アンタは。



「ずっと、言いたかったんだそうだ。だけどあの性格だから、なかなか言えなくて。結局、タイミングを逃し続けてしまったようだな」



やめ、ろ、俺をこれ以上蝕むな。アイツのことなんざ思い出させんな。んなこと分かってるんだよ。カルマが、アイツが、俺を、ちゃんと見ていてくれたことくらい解ってんだ。ただずっと気付かねぇフリしてただけで、俺、は、



「憶えているか?私たちがまだ初等学校に通っていた頃、ジェダ、お前が描いた絵を」

「……さぁな」



忘れたフリをして、なまえの首筋を唇でなぞる。ああ憶えてるさ、この俺様が描いた絵を忘れるもんかよ。兄貴と俺を描いた。アレはガキの頃の俺の夢だった、結局叶うことはなかったけど、あれは確かに夢だったんだ。馬鹿みてぇに真っ直ぐだった俺の、夢。思えばその真っ直ぐな夢を、あの野郎は、エルトの野郎は見続けてるんだな。俺には到底真似できない芸当だぜ。その点では、まぁ認めてやらないこともない。
だが何で今、この場所でそんな昔の話を出すんだ?昔話に浸るのが好きって奴じゃねぇだろう、テメェは。


「…………ジェダの言いたいことは、カルマにも伝わっていた。言葉にしなくとも、な。それを後悔していたんだろう、お前は」


―――ケッ、テメェは本当に、全部お見通しなんだな。
自分でもよく解んねぇもやもやの正体を、今やっと掴めてきた気がする。





不意になまえの顔が近付いてきて、俺の額とテメェのそれをくっつけた。お前は額まで冷たいのかよ、ちゃんと生きてるのか?俺がどうでもいいことを考えながら目を泳がせていると、ゆっくりと目の前の唇が開かれる。


「ジェダ、お前は一人じゃない。私がいる。あの世にはカルマと、父君と母君がいる。それを忘れるな」


俺を諭すように言い聞かせるなまえの瞳は残酷なくらいに透き通っていて。ああ、俺の腕の中に閉じ込めておきたいと思った理由がわかった。この綺麗な目と心をどこの誰とも知れない馬の骨に穢されるくらいなら、俺がこの手で汚してやる。心の底でそう考えたんだ。理由が解った今、躊躇う必要はねぇ。壊れるまで掻き抱いてやるぜ。



「……ジェダ、苦しいんだが」

「………っるせぇ。黙って俺に抱かれてろ」


はいはい、と気の無い返事を返したなまえは、ゆっくりと俺の首に腕を回してくる。目が合うと余裕そうに微笑ってやがって、何か知らねぇけど気恥ずかしくなった俺は照れを隠すようになまえの唇を貪った。手や身体は冷たいのに、その唇だけは熱い。



なぁ、その瞳に俺以外を映すなと言ったらお前は怒るか?
――いや、お前のことだから、少しだけ困ったような表情してから小さく頷くんだろうな。






LOVE GENOCIDE






(明日、頑張ろうな)
(うん)
(帰ってきたら、言いたいことがたくさんあるんだ)
(……楽しみにしてる)



END


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