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戦が終わった後の戦場ほど酷いものはないと半兵衛はそう思う。だが同時に仕方ないとも思っている。
幾重もの屍が積み上げられた草原。皮肉なほどきらきらと輝く星空。
「あぁ、やっと見つけた」
半兵衛はその中に、屍の中に探しものを見つけた。どこぞの兵とも知らない遺骸を踏み越えゆっくりと歩み寄り、もはや物言わぬ姿となったなまえの側に膝をつく。
頬に触れると当たり前のように体温はなく、氷のように冷たい、とはこういうことを言うのだろうか。
ふと見ると、その身体にはまだ刃が刺さっていた。
死して尚彼女を苦しめてやりたくはない
半兵衛は深く深く突き刺さり命を奪ったであろう楔を力一杯に引き抜いた。血は、出なかった。
赤黒く染まった戦装束。死に装束ともなったそれに付着している血痕は返り血もそうでない血も既に乾いていて。
半兵衛はまるで生きている人間を相手にするかのように、優しく抱き寄せた。
「なまえくん…君は本当に頭が悪いね……」
いつものように人を小馬鹿にしたような声音で言うも、答えを返す物は誰一人いない。
「僕を置いて……どこへ、行ってしまったんだい…?」
もはや、手の届かぬところへ。
確かに触れているのに。その手がなまえに触れることは決してない。
閉ざされた唇を濡らした血液は紅を引いたかのようで。数時間前まで笑っていたなまえは、紅なんて引かなくても紅い唇をしていた。
「半兵衛、知っているか」
そう語りかけた時も彼女は、なまえは赤い唇で笑っていた。何をだい、と切り返した半兵衛に、なまえは戦の準備をする手を止めて話した。
「人はな、死ぬと星になるらしい」
とだけ。
何て現実味の無い話だと思いながらも、半兵衛は冗談混じりにその話を続ける。
「じゃあ、僕も死んだら夜空に浮かぶことになるのかな?」
そう言った半兵衛を少し驚いた表情で見ると、彼女はくつくつ笑いながら口を開いた。
「ああ。もしそうなったらその時は私が」
私が、夜空の中に半兵衛を捜し出してみせるよ。
「本当に、馬鹿だよね、なまえくんは。人は死んでも星なんかになれるはずないじゃないか」
安らかな死に顔から目を逸らし、視線を上げれば嫌でも満天の星空が目に入る。この戦場で屍になった全員がこの星たちなのだとしたら、なまえもまたこの星の中のひとつになったとでもいうのか。
半兵衛はそれを否めるかのように、なまえの亡骸を強く、強く抱き締めた。
「ねぇ…なまえくん、君は誰のために命を散らしたんだい…?僕?それとも秀吉のため…?
あんなに笑ってたのに…僕の最期を看取るまで死んでやるもんかって言ってたのに…秀吉の天下を…君に一番見てほしかったのに………ずっと……僕の隣で…笑っていてほしかったのに………、何、で……?」
血に濡れた少女の身体は糸の切れた人形のように動かない。もう二度と、半兵衛に笑いかけることはない。
仮面の奥の瞳からはたった一筋だけの雫が零れ落ち、誰にも掬われることなく闇へと溶けていった。
「美男薄命、といったところだな」
「それは褒められているのかい?それとも嫌味なのかい?」
半兵衛が微妙な顔をしながら言うと、なまえは「どっちもだ」と答えて笑った。
「まったく、お前はそんなに華奢だから風邪なんか引くんだ。もっと真田や伊達を見習おうとは思わないのか?」
元気一杯、というか溢れまくって困る程の元気の持主であるクラスメイトたちの名を連ねるなまえに対し、半兵衛は苦笑しながら答える。
「彼らは人間の域を超えてるよ…まさかこの僕に真冬のプールへ飛び込めとでも?」
流石のなまえもそこまで殺生ではない。
まぁ、この前幸村と政宗が寒中水泳と称して張り合っていたことは事実だが。
(幸村は当然の如くお館さば――――――とか叫んでいた)
「ふ…ほんの冗談だよ。半兵衛、お前はまだ熱が下がってないんだから横になってろ」
「せっかく君が見舞いに来てくれているというのに?」
見舞いに来ておいて悪化させてちゃ世話ないだろ、とぼやくなまえは彼の部屋のカーテンを開ける。
空は晴れていて、星が見えていた。もっとも、ここは都会であって本来そこにある星たちのほんの一部しか見えないのだけど。
「なぁ半兵衛、知ってるか」
不意になまえは口を開き、まだ体を横たえていなかった半兵衛は何をだい、と切り返す。
「人はな、死ぬと星になるらしい」
何故だろう。彼女の口からその話を聞くのは初めてのはずなのに。いつか聞いた事がある、気がする。
「…非科学的だね」
「そうか?ロマンがあっていいじゃないか」
いつもと同じ気丈な物言いだが、どうして。どうしてこんなに胸が苦しいのか。
半兵衛は風邪以外の苦しさを胸に感じる。ベッドから降り、ゆっくりとなまえの背中に近づいた。
「例えそうだとしても、なまえくんを星になんてさせないよ」
その言葉に対する彼女の反応を待たず、半兵衛は背後からふわりとなまえを抱き締めた。
「空になんて、渡さない。僕の手の届かないところへなんて、絶対」
縋るように回されたその手に自らの手を重ね、なまえは微笑む。
「わかってる…私は半兵衛を置いて星になんかならないよ」
もちろん、半兵衛もだぞ?
そう言って笑うなまえは、どんなにたくさんある星の中に紛れていても絶対すぐに見つけられるだろう。半兵衛はそう思いながら、声を立てずに笑った。
「もう、放さないからね。何があっても」
「ああ…望むところだよ」
むしろ、二人一緒なら星になるのもいいかもしれない。
星空ロマンティズム
いつか言えなかったあの言葉をいま、ここで
終幕
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