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(現パロ)






パシン。



狭い教室内に乾いた音が響く。振り上げられる手を見ていたので、私の頬が張られたんだということは考えなくてもわかった。これ絶対頬に紅葉できるよね。男子の前では非力を気取っているくせに、全く、女というのはどこにこんな怪力を隠しているのか甚だ疑問に思う。
私が鈍い痛みに顔を顰めていると、カッターシャツの襟元が掴まれて引き寄せられた。厚い化粧の女の顔が間近に迫る。明らかに怒っているような表情を浮かべて。あ、やばい、吐きそう。香水キツイ。



「アンタ、もう一度言ってみなさいよ!」



女が金切り声で叫ぶ。黒板を引っ掻いた時の音の方がまだ耳に優しい気がするなどとどうでもいいことを考えながら、数十秒前の自分の発言を思い出してああと頷いた。言ってみろ、と言われたのだから言わないわけにもいかないだろう。



「私の友達を虐める奴は許さない。というか、虐めている時のアンタの顔は最上級に不細工だね。……もう一回言おうか?」



私は一字一句間違えず、先程と同じ台詞を口にした。厚化粧女(昇格)の顔が怒りに歪む。再び彼女の手が振り上げられ、また殴られるのかと諦めにも近い感情を抱きながらスローモーションのようになったそれを待った。

だけど、私の頬に衝撃が訪れることはなかった。







「よぉテメェ、俺の女に何してんだァ?」



私の頬に一直線だったその生白い手は、太くてゴツい骨張った手に止められていた。
背後から伸びているその手の持ち主であろう声には、嫌というほど聞き覚えがあった。そりゃまぁ、幼馴染だしそんなもんか。
傍目から見たら救世主のように現れた幼馴染の名は長曾我部元親。この学校内では名前の知れ渡っている、いわゆる不良とか族の類だ。何だかわからんが鬼だのアニキだの呼ばれて恐れられたり慕われたりしている。

思い切りガンを飛ばされたらしい厚化粧女は、短く悲鳴を上げると蒼褪めながら走り去って行った。またのご来店をお待ちしておりまーす。


心の中で手を振ると、私は振り向くよりも先に肘を入れた。
無論、元親の鳩尾にだ。



「ぐほっ……て、めぇ!何しやがる!!」

「俺の女発言に対する制裁ー」

「助けてやっただろうが!」

「頼んでません」


可愛くない女だと自分でも思う。だけどこうやって不良相手に笑い合ったりできるのが幼馴染の特権なんだ。断じて元親の彼女ではないけれど、不器用な私にはこの関係が丁度いい。私の肘で胃の中を掻き回されたらしい元親は、鳩尾を抑えながら涙目で何かを訴えてくる。その無駄に立派な体系や外見からは考えられないような仕草に、私はもう一度笑った。


笑うと、赤くなっているであろう頬が少し痛んで顔を引き攣らせる。
元親は目敏く、それを見逃さなかった。








「なまえ……紅葉だな」

「綺麗でしょ」

「俺ァてっきり男にだけできるもんだと思ってたぜ」

「ジェンダーだジェンダー」


家庭科で習ったばかりの単語に対し疑問符を浮かべる元親。授業さぼってばかりいるからそうなるんだ。

しかしこれはマジで腫れたな。じんじんと内側からくる痛みは歯痒い感じがして嫌いだ。小さく溜息を吐くと、元親の大きな手が視界の隅に映る。
触れられるのだとしたらその時の痛みを最小限まで感じないようにしようと反射的に目を瞑った。




「痛くねぇか?」




予想外にも、先に感じたのは痛みよりも温かさだった。無論、遅れて痛みを感じたが。
私はその温かさに戸惑ってしまい、頬に熱が昇った気がした。


「い、痛くないわけないでしょうが!」

「はっは、そうやって素直に言えるのってお前の長所だと俺は思うぜ!」

「うるさい単細胞、というか長所っていう言葉知ってたんだ凄いね」

「おま……っ馬鹿にすんじゃねぇ!!」



蟻と象の取っ組み合いが始まる。いくら小回りが利くといっても私が元親の巨体に敵うはずないだろう。
勢い余ってよろけた瞬間右手を掴まれ引き寄せられた。その時は何が起こっているのか分からなかったけど、元親の右目が私の顔を間近で覗き込んでいるのだけは理解出来た。

うわ、こいつ、いつの間にこんな格好良くなったんだ。少し前まで女の子みたいに可愛い顔で私より高い声していたくせに。
お姫様のようだった彼は一端の男の顔になって、私を真っ直ぐに見詰め整った血色の唇を開く。





「なぁなまえ、マジで俺の女になんねぇ?」





突然の告白についていけるほど私の頭は優れていない。ただ、頬と掴まれている箇所だけが妙に熱を持っていて。
見れば、私に触れている彼の手は少し震えているじゃないか。



なんだ、元親も私と同じなんだ。








不器用なてのひら







END


繋いだ手は無骨だったけど、温かくて心地よかった。


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