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(現パロ)




冷たい空気が露出の多くない肌を刺す。白い息を吐きながら、政宗は空を仰いだ。青、などという彩色は微塵も見当たらず、ただ白い画用紙を貼り付けたような冬の曇天が広がっているだけ。白い花弁と見紛う雪が、頬に落ちては溶けて雫になっていく。今更冷たさを追加されたところで、既に肌はそれを感知しない程に冷え切っていた。
特にすることがあってここにいるわけではないので、ポケットから携帯電話を取り出して少々暇を潰す。視界の端に人影が映るも、別段気にはしない。人通りは少ないが、住宅街なので人間が通ることくらいは普通だ。ここらでは見慣れない奴だな、と政宗は内心思ったが口には出さない。出す必要がなかったからだ、その瞬間までは。


「隣にお邪魔するよ、青少年」


人影は、言葉と共に政宗の隣へ腰かけた。その声音と線の細さから、女だと思われる。見知らぬ少女に掛ける台詞も見つからず、携帯に目を向けたまま肯定も否定もしない。ただ、相手は沈黙を肯定と受け取ったらしく、腰を下ろしたまま彼の横顔に微笑を向ける。


「………Who are you?」

「いやー懐かしいね。ここらへん、全然変わってないや」


やっとのことで絞り出した政宗の言葉も無視し、少女は呟く。普通なら頭にくるのだけど、何故か政宗は郷愁に胸を掻き毟られる気がした。何となく、少女の方に顔を向ける。初めてその隻眼に映した横顔は、彼の心臓を直に撫でられたような感覚に陥らせた。


「私の住んでいた家、今は誰か住んでる?それとも空家?そういや君の目付の悪さも健在で結構安心した」


急速に、政宗の何かが回復していった。いや、回復というのは少々違う。心の中で形を失っていた何かが、再構築されていくような。それが形成される完成度に比例して、彼の脳内に一つの名前が思い浮かんだ。


「………なまえ、?」


決して忘れていたわけではないのに、今その名を呼んだことが酷く懐かしくてならない。もう何年も呼んでいなかったことを、今更になって気付いた。





そう、何年も前に引っ越してしまった幼馴染の、なまえ。あの頃の政宗はそれを追うことも出来ず、ただ俯いて涙を堪えるばかりで。その時だってなまえは、気丈に笑っていたというのに。軽く情けなくなったのを、憶えている。


「ま、つーわけで久し振りだな、政宗」

「何で、ここに?」

「軽い里帰りだ。足が向いたから寄っただけさ」


彼女の台詞に偽りの成分は含まれておらず、きっとその通りなのだろうと政宗は納得した。
懐かしむようななまえの表情が、一瞬で引き締められる。


「で、だ。私が何をしに来たかわかる?」

「……No」

「はは、やっぱ憶えてないよねぇ」


子供の頃の、約束なんて。

その声に再度構築される記憶があった。約束、という単語に反応し引き出される遠い昔の記憶。今この瞬間まで忘れていた自分自身を一発殴りたい気分に駆られる政宗だが、何とか堪える。
なまえの口元が、再び緩い弧を描いた。白い吐息と共に、紡がれる言葉。


「で、答えは?」


そんなものとうの昔に決まっていた。その約束を交わしたと同時に、誓ったのだ。
政宗は一度だけ目を閉じる。右目の闇に浮かぶ光景。幼い自分と、なまえ。政宗は小さく笑うと、当時の面影をそのまま残した薔薇色の唇を、ゆっくりと開いた。




ねぇ。憶えてる?





将来を誓った、幼くて純真すぎるその約束。
忘れていたわけじゃないんだ。ただ、この時を待っていただけで。


END
08.0807.
 


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