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桜、というのは何とも不思議なもので、春といえば桜。そんな等式が日本人の中には自然と根付いている。かくいう自分自身も同じで、いつの間にかそれが普通だと思うようになっていた。気付いたのはごく最近、いずれ青く茂るであろう桃色の下、桜の精のような姿を目にしてあれこれと思案したからだ。
入学、卒業、この桜たちは幾度となくその光景を見守ってきたのだろう。
散っては咲いて散っては咲いて、その営みはいつになったら絶えるのか。少なくとも一生分の人生でそれを知ることは出来ない。


その姿は人間にそっくりだ。咲き誇ったと思ったら、瞬きしている間に儚く散ってしまう。だからこそ今を精一杯生きなくてはならないのだけど、自分を含めた周囲の人間がそんなことを意識しているようには到底思えなかった。




そういえば自分のクラスに桜みたいな生き様の奴がいたな、よく教室の真ん中で恋がどうとか語ってる前田慶次が、などとなまえが授業中色々考えていたら既に放課後、教室内の所為とも疎らで。ああまた自習で補わないと、なんて考えながら教科書を捲る。不意に、その頁に何かが挟まっている事に気付いた。

桜の花弁が、一枚。

窓の外へ目をやると、薄桃色の花弁が風に舞っている。何となくこの手元に届いた花弁が誰かからの手紙のような気がしたので、なまえは鞄を掴むと早足で校舎を後にし一直線に桜の木へ向かう。



知る限り一番大きな桜の木は校舎裏にあって、ひっそりと、しかし壮大に咲き誇っていた。そういえばよく、恋を語っている―――前田慶次に桜が似合うと感じたのは、この木の下で居眠りをしているのを見かけることが多かったからだ。さぼり癖はそこまで酷くはないが、何故か彼がここに寝ていると、その姿が幻想的に見えて。
最初見た時はそれが前田慶次だと気付かず、桜の樹に宿った精霊か何かだと思ってしまったほどだ。


「あの時から、かな?」


なまえが、慶次に恋したのは。

その時は声をかけなかったが、同じクラスということで何度か言葉を交わしたりもした。眩しくてどこか懐かしい彼の笑顔は、正に華のようで、彼ほど桜の似合う男はいないと、そう、感じた。






「あっれ、なまえ?」


普段から聞き慣れた声に下の名を呼ばれ、なまえは驚きながら振り向いた。そこには何故か慶次本人がいて、呼ばれ慣れない下の名をその声に乗せられると、どうしてかくすぐったく感じてしまう。


「……慶次くん?」


どうしてここに、と続ける前に、慶次は嬉しそうな表情で樹の根元へ腰を下ろした。


「嬉しいなぁ、俺の手紙届いたんだ!」

「は、手紙って何?私そんなもの知らないんだけど」


疑問符を浮かべなまえが首を傾げると、慶次は微笑みながら彼女の右手を指差した。
握られていた手を開くと、教科書に挟まっていた一片の花弁が。


「………手紙?」

「手紙」

「何も書かれてないよ?」

「なまえなら、気付いてくれると思った」


そう言って彼女の手を引き隣に座らせ、慶次の長い髪にも花弁がついているのをなまえは見つける。
もしかしたらこの男は本当に、桜の精霊ではなかろうか。たった一枚の桜の花弁を手紙、だなんて。

彼女の思案するような瞳を見てくすりと笑い、慶次は頭上の桃色を仰ぐ。



「だってなまえ、いつも桜見て何か考えてただろ?」



それが俺のことだったらいいな、なんて、いつも思ってたんだ。



優しい声音が胸に沁みこんでいく。
目に映る桃色が全て、彼の言葉だと錯覚してしまうから。


「懐かしいよな。約束、憶えてるか?」


覗き込んでくる綺麗な瞳に見詰められ、氷が溶けたような気がした。会ったことがあるんだ、一度だけ、彼に。それはいつだったか思い出せないような昔、多分幼い頃。なまえは大きな桜の木の下で泣いていて、迷子だった。いつの間にか隣にいた男の子は、親が迎えに来るまでずっと一緒にいてくれた。最後に、約束したんだ。

また、桜の木の下で会おうね。

幼い心は、その約束を新しい出来事の下敷きにしてしまって、決して忘却していたわけではないけれど。
思えば初めての恋心はその時から、だったのかもしれない。


「今考えてみれば、名前くらい聞いておけばよかったな」

「小さかったから、仕方ないよ。私も、慶次くんも」


昔を思い出すと何だか可笑しくて、互いに笑い合い、慶次が自分より小さななまえの手を、少しだけ強く握った。弧を描いた口元は、幸せそうに綻んで。


「……やっと、会えた。俺さ、今日の朝の占い、ラッキーカラーが桜色だったんだ。今日しかないと、思った」

「奇遇だね、新聞に載ってた私のラッキーカラーも、桜色だった」


重ねられた手に、桜の花弁が舞い落ちた。




ラッキーカラーは桜色




この薄桃色が、僕たちを巡り合わせてくれた。

例えるなら、幸せの色なんだ。




END
風来坊に恋をした、様に提出作品。



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