守るべき人だった


高校生設定
骸→男装にょた


 彼女なら大丈夫、と思っていた。
 自分と互角に闘り合う彼女なら、何が起きても大丈夫。なにひとつ疑うことなくそう思っていた。
 だから草壁から並盛中学からそのまま並盛高校に上がった沢田綱吉たちと、彼らに合わせて黒曜から通っている六道骸が何やら争っているという報告を聞いても、僕は「へえ」の声で済ませていた。そんなことより書類の山を片付けることのほうが重要だった。
 さらに日が経って、沢田綱吉たちと骸が争っている原因がひとりの女子の証言だという報告を聞いた。その証言というのが、いわく“六道骸に強姦された”――馬鹿馬鹿しくて僕は「あ、そう」と草壁を下がらせた。去り際、彼は何か言いたげなふうに見えた。意味はよくわからない。
 その翌日の昼、骸が応接室に現れた。同じ学校にいてもあまり顔を合わせないようにしてるし、廊下で会っても誰にもわからないくらい薄く微笑み合うくらいだから僕は少し嬉しかった。
「どうしたの、君からここに来るなんて初めてじゃない?」
 歩み寄って言うと骸は苦笑した。僕は、骸から僕に会いに来てくれたことに何だかすごく興奮して、何かを言おうとした骸の唇を奪った。吸いつくように口づけたら骸が震えて声を出すから、ますます気持ちが高ぶった。
「っハ、ァ……、……恭弥あの、聞いてほしいことが……」
「あとでね」
 骸の声を僕は遮った。戸の鍵を閉めて骸をソファに押し倒す。キスをしながらワイシャツのボタンを外していく。
「や、待って、ン……っ!」
 制服を乱して肌を露出させていく。柔らかな白い肌に手を這わせるとみずみずしい感触。彼女のベルトを抜き取ってスラックスのジッパーを下ろし、手を押し込む。
「ん……っやだ、やめて……」
「やめない」耳元で、欲でかすれた声で囁いてやると骸の身体は抵抗をなくした。けれど、嫌々と首を横に振っていまだ拒絶している。
どうして嫌がるの。久しぶりに“恋人として”会えたのだから、楽しんだっていいじゃないか。
「おね、がい……聞いて、ンっは、はなしを、聞いて」
「あとでちゃんと聞くから……」
「や、いま、今がいい……ぁっ! ねぇ恭弥……抱くのはいい、いいから……っだから、僕の話を、んぅッ?」
 いつもは黙っておとなしくしている骸が、今日はやけにうるさかった。唇で口をふさいで黙らせて、下に押し込んだ指を前後に揺らせば骸は何も言えなくなる。
 薄く目を開いて、間近の骸の目を見つめる。いつもは歓喜に潤んでいる紅と蒼の目は、なぜか悲しげに僕を見つめ返してきた。


 ソファの上で胸に抱いた骸の火照った頬を撫でながら僕は尋ねた。
「ところで何の話だったの」
「……べつに……」
 僕の胸に顔を押しつけて、彼女は返した。表情は見えない。拗ねているのだろうか。
聞いてべつに、と素っ気なく返されたら何と言えばいいのかわからなくなって、ふうんそう、と彼女の汗で湿った髪の毛を梳いた。
 何だかおもしろくない、と思った。いつもならこの事後の会話はもう少し楽しい気分なはずなんだけれど、何だかおもしろくない。それはたぶん、骸があまりしゃべらないからだ。いつも骸は、甘い雰囲気に似合わないよくわからない知識をぺらぺらとしゃべる。ムードとか、べつに僕はどうでもいいから単純にその必要と不要のあいだにあるような知識は聞いていて興味深かった。
「怒ってるの?」
 頭から頬に手を滑らせて、顔を上げさせた。僕を見た骸は、いまだ上気した頬をしていてかわいかった。彼女は僕から視線を逸らすと「怒ってない……」と暗い声を発した。「そうじゃなくて、何というか……やはり自分の力で何とかしたほうがいいか、と思っただけですよ」
 骸が眠ってしまったから、ソファから立ち上がって窓を開けた。部屋のこもった空気が抜けて新しい空気が室内を満たした。遠い景色の向こうを見て眠たいと思いながら、乱れたシャツのボタンを締める。



 そうか僕は間違えたんだと、自覚したのは1ヶ月と2週間後。
 町の見回りをしていたら、突然あの小さな黄色い鳥が僕を呼んだ。人間よりずっと好いている彼のパチンコ屋と和菓子屋のあいだの路地に入っていくように、という意味不明な指示を僕はよくわからなかったけれど従ってみた。そして路地の最奥で、彼女を見つけた。
「――骸……?」
 膝を抱えてうずくまる骸。驚いて名前を呼んだ。骸は静かに顔を上げて、わずかに目を見開く。
「きょう、や……」
「何してんの、こんな……」
 ふと気づく。骸が着ている制服が乱暴に引き裂かれていることに。しかもところどころから見える肌は、変色したり擦り切れていたりして傷ばかり。よく見れば顔にも、爪の跡のようなものがいくつか見られた。スラックスも皺が寄っていて、それはまるで異常なほど慌てて履いたかのよう。骸の足元に目がいく。骸の靴の先の地面に、白い斑点みたいなのが散らばっている。それが何なのかわからないほど、子供じゃない。
「――何してたの」
 硬い声で聞いたとき、骸は表情のあまりない顔でうつむいて涙のしずくをこぼした。身体が震えている。
 それを見て僕は、ああそうかと妙に納得した。そうか僕は間違えたんだと。



気づいてあげられなかった話
20140530


prev next

[しおり戻る
×
- ナノ -