『美坂家の秘め事』84

 ようやく夕飯を食べ始めた。

 だが向かい合って座る直弥と優弥はまだ睨みあっている。

「そうだ!折角だから何か飲む?」

「お、いーねー」

 栞はこの場の雰囲気を変えようと席を立った。

(せっかくの直兄の料理なのに味分かんないって…)

 栞は冷蔵庫を開けながらため息を吐いた。

 直弥と優弥のケンカはしょっちゅうだったがこんなに気持ちが重いのは自分のせいだと分かっている。

 その理由を絶対にバレてはいけない事だと思えば思うほど自己嫌悪に陥った。

(やっぱり止めた方がいいのかも…)

「直弥もビールでいいのか?」

「おぅっ!」

 栞がチューハイに手を伸ばすと後から来た拓弥が栞の後ろに立って冷蔵庫を覗いた。

 ダイニングから冷蔵庫の位置は死角になっている。

「大丈夫。そんな簡単にバレないよ」

 拓弥は栞の耳元で囁くと手を伸ばして栞の手を握った。

 一瞬ビクッと体を強張らせた栞だったがホッとした表情で拓弥を振り返った。

「大丈夫だ」

 もう一度拓弥は囁くと栞は小さく頷いた。

 さっきまで不安で押し潰されそうだった心が和らいでいくのを感じた。


 拓弥は栞から手を離すとビールを2本掴んで顔を上げると栞の頭をチョンチョンと突付いた。

「ん?」

 顔を上げた栞の唇を拓弥がペロッと舐める。

 思わず声を上げそうになった栞は慌てて口を塞いだ。

「ソース付いてた」

 拓弥は小さく笑って先にキッチンから出て行った。

(もぉ〜どうしよぉ…)

 壊れそうに暴れる心臓を両手で押さえながら栞はその場にへたり込んだ。


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