『美坂家の秘め事』79
トントントン…とキッチンにリズムのいい包丁の音が響く。
直弥が慣れた手付きで野菜を刻んでいる。
「栞さー、無理してバイトすんなよー?」
「へ?」
「金の心配とかいらねーし、欲しい服とかあんなら俺や拓弥が買ってやるし」
「無理してないよ?」
栞は手を止めて直弥を見た。
直弥は手元から視線を上げずに手を動かし続けている。
「そうかー?なんか疲れてる顔してんぞー?」
(疲れてる…確かに疲れたというか体力使ったというか…)
口が裂けてもそんな事は言えるわけがなかった。
後ろめたさや罪悪感が栞を襲ったが気持ちを切り替えなくてはいけない。
何の事情も知らない直弥が心配してくれてる事は素直に嬉しかった。
「全然大丈夫だって!欲しい服とか買ってくれるの??じゃあ今度買い物行こうよっ!」
「なっ!お前きったねーぞ、俺が心配してやってんのに!」
「いーじゃん!直兄ぃデートしよっ!デート!」
栞は直弥の腕にしがみついた。
「うぉっ…あっぶねぇ!包丁持ってんだぞー」
直弥は包丁を置いて険しい顔で栞の額にデコピンする。
「痛い…」
「痛いようにしたからとーぜん」
地味に痛くて栞は額を手で押さえた。
その姿を見た直弥は笑いながら再び包丁を持った。
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